慶應義塾大学経済学部附属 経済研究所 王杰特任講師(教育社会学)、同学部赤林英夫教授(応用経済学)他からなる研究チームは、奨学金負債が若者の家族形成に与える影響を検証したと発表した。

貸与型奨学金は高等教育進学の下支えとなる一方で、負債としての側面から若年者のライフイベントへの影響が懸念されてきた。

研究チームは、上記研究所の「パネルデータ設計・解析センター」(PDRC)と「こどもの機会均等研究センター」(CREOC)が共同で収集した「JHPS第二世代付帯調査(JHPS-G2)」データを用いて、我が国で始めて、貸与型奨学金が婚姻および出生に与える影響を、全国データにより分析。

その結果、特に2年制高等教育を受けた女性において、貸与奨学金を受給したグループは受給していないグループに比べ、結婚のタイミングが遅く、子供の数も少ないなど、奨学金の家族形成への影響が定量的に明らかとなったとのことだ。

このことは、奨学金制度の設計において、家族形成への影響に配慮することの必要性を示しているとしている。

研究手法の説明

同研究で用いたデータは、こどもの機会均等研究センター(CREOC)が2017年に企画し、「パネルデータ設計・解析センター」(PDRC)を通して収集した「JHPS第二世代付帯調査(JHPS-G2)」。

対象者として、日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)の回答者を第一世代とし、その子供世代である第二世代うち18歳以上の人に調査の協力を依頼。

有効回収1006名のうち、771名が社会人。そのうち、高等教育を受けたことのある20-49歳の対象者(568名)が今回の分析対象者。

同調査の特徴の一つは、高等教育在学時点での奨学金利用に関する詳細な情報と、高等教育修了後の婚姻、出産などのライフイベントに関する情報を同時に利用できる全国レベルの家計調査であること。

同研究は、この調査の特徴を活用し、貸与型奨学金の受給とライフイベントの関係を分析。

貸与奨学金の受給と結婚確率との関係性を示すカプランマイヤー曲線

分析の結果

同研究では、貸与奨学金の受給と20歳以降の結婚状況との関係を生存分析のカプランマイヤー曲線、Cox比例ハザード回帰モデルで、子供数の分析に負の二項回帰モデルで分析し、次の知見を得たという。

1)貸与奨学金の利用は男性の結婚確率に有意な影響を与えていないが、女性の結婚、とりわけ2年制高等教育を受けた女性の結婚に負の影響を与える。
2)貸与奨学金の受給額が結婚確率に与える影響は検出されない。
3)貸与奨学金の利用は男性の「持つ子供数」に有意な影響を与えないが、女性の「持つ子供数」、とりわけ2年制高等教育を受けた女性の子供数に負の影響を与える。

今後の展開

上記の結果は、奨学金負債が若い世代の家族形成に与える負の影響の存在を示唆している。また、男性ではなく、女性の家族形成への負の影響がより明確に示されるとのことだ。女性の低賃金、大卒女性と短大等卒女性の賃金差、既婚女性への家事育児負担の集中の可能性を推測。

同研究の結果は奨学金制度の設計において、進学・就学環境への影響だけではなく家族形成への影響も考慮することの重要性を示しているという。同時に、少子化と非婚化が日本社会の最大の課題になりつつある中、その解決のためには、奨学金制度の改善も必要であることを示唆。

今回の研究は、我が国で始めて、奨学金の受給の有無が家族形成に与える影響を定量的に分析した結果を示しているが、現時点では厳密な意味での奨学金のもたらした因果的効果とはいえないとのこと。

また、統計的に有意な結果が得られない部分について、サンプルサイズが小さいことによる限界もある。研究グループでは、引き続きデータを蓄積し、奨学金政策がもたらす因果的効果や長期的な影響の究明に貢献することを目指すとしている。