“日本は世界トップレベルの技術大国である”。それも今は昔の話になりつつあるようだ。ITトレーニング企業として世界トップ20に選出され、「IT人材育成で世界を変える」というビジョンのもと、世界15の国と地域でIT人材育成支援を行うトレノケートホールディングスの代表取締役社長である杉島泰斗氏は、日本が他国に遅れをとっている現状に厳しい表情を崩さない。

経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省が人材需給の試算をした結果、“このままいけば”、2030年には日本のIT人材は最大で79万人の不足が予測されている。世界に遅れをとりつつある日本が再び世界をリードする国になるためには、IT人材の育成は喫緊の課題だ。

日本のデジタル競争率は過去最低を記録

トレノケート社は、アジアやアメリカを中心に15の国と地域でITトレーニングによる人材育成事業を展開している。GoogleやMicrosoft、Amazonなど世界有数の企業からも高い評価を獲得しており、トレーニングパートナーとして数々の受賞歴を誇る同社は、DX・リスキリング市場においても日本のみならずグローバルに展開・拡大している企業だ。

同社が提供する研修を受講し、新たな一歩を踏み出すIT人材の数は年間15万人。そのうち国内の受講者数はおよそ5万人。国際経営開発研究所(IMD)の発表によると、2022年世界のデジタル競争力ランキングにおいて日本は29位と過去最低を記録。また、デジタル・技術スキルにおいては62位、ビックデータやデータ分析の活用においては63位と、諸外国と比べて非常に低い水準に甘んじている。日本はすでにIT先進国とは言えず、むしろ他国に遅れをとっているという現実を受け止めなければいけない。

デジタル化はできてもDX対応が遅れている日本

テレビが地上アナログ放送から地上デジタル放送に完全移行したのは2011年だったが、日本が“デジタル元年”を声高々に唱えだしたのはそれから10年が経過した2021年、デジタル庁が発足したことを記念してからだ。

デジタル化という言葉を耳にしない日は少なくなったが、「DX」という言葉についてはどうだろうか。ここ数年で市民権を得たとまでは言えないものの、一般に使われる機会も増え、聞いたことがあるという人も少なくないだろう。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、“デジタル技術を駆使してビジネスモデルを変革、企業価値を高めるための取り組みのこと”を指す。DXで大きな変化を見せたのは「CDを売る」から「サブスク」への転換に成功した音楽業界が挙げられる。音楽業界の変革を良い例に、さまざまな業界においてデジタル化への対応は進みつつあるが、その先にあるDXへの取り組みがうまく進んでいると感じられることは多くない。

杉島氏「企業の生存競争というものは、デジタル前提になっており、それを前提として物事を進めていかないといけない状況です。しかし、日本のDXへの取り組みにおいて、結論からいくとまだまだ発展途上にあるのかなと思っています」

独立行政法人情報処理推進機構のDX白書2023によると、日本企業のDXへの取り組みは2021年から22年にかけて13.7ポイント増の69.7%の日本企業がDXに取り組んでいるという結果を見せた。

しかし蓋を開けてみると、その内容は業務効率化に偏りがちで、DXの本質であるビジネスの変革という分野においては諸外国と比較して大きな差がでており、約8割の企業において真の意味でのDXには至っていないと杉島氏は冷静に分析する。

DXはここ数年で一気に盛り上がりを見せ始めているがそれでも“遅い”

現在、日本企業のデジタル化、DX化の波を官民一体となって推進していく動きが活発化している。日本国政府においても2019年の「DX推進指標策定」から2022年には「マナビDX」をスタート。自治体でもDX推進のための助成金を交付する取り組みが行われている。

また、大手小売業企業においては、これまでSlerに任せきりだった企業が自社で情報子会社を新設したり、情報系子会社を親会社に吸収合併することでスピーディーな対応が可能になりつつある。一見すると物事は順調に進んでいるように思えるが、そこにはまだまだ課題があると杉島氏は指摘する。

杉島氏「他国と比べて日本は人材育成支援に関する予算規模が小さく、申請に必要な事務手続きも煩雑を極めます」

杉島氏が指摘する通り、DXを推進するためのIT人材育成において、日本は2023年度の政府予算比における人材育成支援の金額が占める割合はわずか0.06%に留まっている。マレーシアの2022年度実績の0.60%と比較して10分の1とあまりにも低い。

日本は2024年にリスキリング予算を3割増の2,000億円としているが、この中には「キャリア相談」や「転職支援」も含まれている。仮に予算の半分の1,000億円が人材開発支援に使われることになったとしても、政府予算のたった0.1%となる。人口1人あたりで換算するとわずか526円と、他国(マレーシア:1629円、シンガポール2365円)と比較しても非常に低額に留まってしまっている。

さらに杉島氏が指摘するように、他国では申請が電子化されているのが基本だが、日本はいまだに窓口への提出が主な手段であり、申請のための提出書類や要件等が多いことも課題だ。

カギとなる人材育成には課題が山積み

日本において、政府からもその取り組みの重要性が発信され、メディアでも目にする機会が多くなってきた“リスキリング”(学び直しや業務において必要なスキルを獲得することを指す)。ここでも海外とは大きな差がついてしまっているという。

少々古いデータとなってしまうが、2018年に厚生労働省が公開した「労働経済の分析」によると、2014年時点でアメリカでは、企業の人材育成投資額がGDP比で日本の20倍となっており、杉島氏は現在の投資規模はさらに多くなっていると推測する。

また、アメリカでは97%もの企業が従業員のリスキリングに取り組んでいるのに対し、日本では60%未満に留まっている。社員全員に実施している割合を見ると、日本企業はアメリカの3分の1以下というのが現状だ。

杉島氏「日本では非正規雇用の方が多く、トレーニング対象からは外れてしまっているという状況が起こっています」

日本では雇用形態として非正規雇用が増加していることもあって、訓練の対象とならないケースも多い。また、正規雇用におけるOJTでの教育方法について、杉島氏は非常にいい制度だと思うとする一方で、既存技術の継承に留まってしまい、新しい技術の習得には向いていないとも指摘する。

人事部門においても、日本では管理部門としての役割が多く、バックオフィスの業務を担う形が多い。一方、海外では経営会議において経営戦略と人事戦略が密接に関わり合っており、人材育成に対して優先度が高い構造であるとした。

「日本人は勤勉である」は過去の話? 他人任せの国、日本

「日本人は勤勉である」とはよく耳にする言葉だ。海外でも「日本人は勤勉な人々」というイメージが強く、日本人自身もそう自負する人が多いだろう。

しかし、パーソル総合研究所が2022年11月に行ったグローバル就業実態・成長意識調査によると、日本では「社外学習・自己啓発を行っていない人」の割合が52.6%と、他国と比べても突出して高い数字に。これは2位のオーストラリア(28.6%)のおよそ2倍にも上っている。

世界が下した日本の評価と、日本人が考える自国の評価には大きなズレが存在している。トレノケート社が独自に行った「日本のデジタル競争力に関する調査レポート」(2022年10月)において、『「デジタル・技術スキル」について⽇本は世界と比べ、どの程度のレベルだと思うか』という問いに対し、58%の人が標準以上と回答。

しかし、自分が対応できているかという問にはおよそ7割の人が「対応できていない」と答えている。つまり、日本人は“自分はできていないが、日本全体ではできている”と他人事のように考えている人が多く、これはまさに危機感が欠如している状況にあるという。

国際競争力が高まりつつある現在の世界において、日本は国際競争力の低下により、危機的状況に瀕しているといっても過言ではない。日本政府、民間企業は、世界との競争力を高めるためにDX・リスキリング市場の活性化に力を入れて取り組んでいる真最中だ。世界のDX予算は、2030年までに現在の3倍になると言われており、それに伴い人材育成の規模も2倍以上に広がりを見せると杉島氏は予測している。

DX化の波が押し寄せつつある日本において、最前線に立つビジネスパーソンたちや非IT人材は今後どうしていくべきか、杉島氏にアドバイスを頂いた。ビジネスパーソンらに対しては、経済産業省が推奨するDi-Liteの推奨資格の取得を目指すことが非常に有効だという。また、非IT人材においては、まずは予備知識なしで初歩的なデータベースに実際に触れることで、未知のものに対する障壁を下げることがIT人材となる一番の近道であると確信を見せていた。