英国「インターネット安全法案」が注目の的、炎上した改正とは?

あなたは今までに、インターネット上でふと目にしてしまったコンテンツで気分的にダメージを受けたことはあるだろうか?もしくは自分の子どもや高齢の親がそういった内容に触れていないか心配になることは?

あったとして、それはクリックしてしまった本人の責任だろうか。それともきちんと見守っていなかったあなたのせい?それとも、そんなコンテンツを掲載し放題にしていたSNS運営者の管理責任だろうか――。

近年なにかとお騒がせなイギリスで、今度は「Online Safety Bill」(インターネット安全法案)に関する議論が紛糾しているようだ。

同法案は2021年5月に草案が公開されてから、その内容をめぐって動向が注目されてきた。今回明らかになった改正では「合法だが有害なコンテンツ(legal but harmful content)」の扱いが変更され、批判を浴びている。

その変更は「平たく言うと」、FacebookやTwitter、TikTokといったソーシャルメディアの企業に対する、「合法だが有害なコンテンツ」の削除義務を軽くするというもの。

細かく見るとニュアンスは複雑なのだが(後述)、ざっくり言うと大手SNS運営企業は有害なコンテンツを監視し削除する義務から免れることになり(2021年当初の草案では「世界売上高の10%」の罰金が提案されていた)、これに「それでは法案が骨抜きになる」との批判が集まって無視できない声となっている。

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「合法だが有害なコンテンツ」の厳しい中身

ちなみにここで言及されている「合法だが有害なコンテンツ」とはどんなものかと具体的に見ると、筆者としてはかなり基準が厳しいなという印象を持つ。

政府発表に目を通すと、まず「テロ」と「児童ポルノ」は明確に「違法」の筆頭にあげられている(それはそうだ)ので対象外。

「合法だが有害なコンテンツ」として彼らが挙げている具体例は、「虐待、いじめや嫌がらせ、または自傷行為や摂食障害を助長するコンテンツ」など。

たとえばどの程度が「助長する」とみなされるのかというと、例えば同国大手子ども福祉団体NSPCCは、「自殺や自傷行為を助長するコンテンツ」の中身を以下のように説明している。

  • 個人アカウント
  • 自傷行為や自殺の方法に関するヒントを共有する画像や動画
  • 自殺や自傷行為を考えている人のためのオンライン コミュニティ
  • 自殺や自傷行為について話し合うニュース記事
  • 自殺で亡くなった人々の追悼ページ
  • 他者に危害を加える可能性のある活動への参加を促す可能性のあるオンラインチャレンジ、またはデマ

「え、それもダメなんだ」と思った項目が一つや二つなかっただろうか。この法案がそもそもインターネットの悪影響からの子どもの保護を最優先の目的としているのでこのレベルを想定していると考えていいだろうが、これに抵触する可能性のあるコンテンツを全て削除するのがSNSの運営会社の義務かどうかという部分に関して今回の改正で議論が紛糾しているようだ。 

その他にも、詐欺関連やフェイクニュースの類、またいわゆる「リベンジポルノ」などはこの法律により、個別に犯罪化される(つまりこの法律の整備にともない、イギリス刑法にも大幅に手が加えられることになる)。

また性的な成人向けコンテンツなどは成人には有害ではないが子どもには有害とみなされており、そういったサイトや商品の広告は実際に子どもがアクセスできないように有効な対策をとらなければならない(つまり私たちが現在よく目にする『18歳以上ですか?』と形式上訊くだけのワンクリックのようなものは『対策』として認められない)。

改正の「微妙なニュアンス」 

そもそも今回炎上した改正も、この法案が「言論の自由」と「インターネット上の害からの国民の保護」のきわどいバランスを綱渡りする中で、若干「言論の自由」に振れた動きだったようだ。

両者の「正しいバランス」を模索する中で、法案は今回SNS大手運営会社が「合法だが有害なコンテンツ」の削除義務を怠った場合の罰則規定を削除した。しかし代わりに、

  1. 「削除義務は一応残す」
  2. 「削除対象のコンテンツはSNSプラットフォームが独自に定義し利用規約で明確にする」
  3. 「成人のSNS利用者が自分の目に入って来てほしくない差別や暴力などのコンテンツが自分のスクリーンに表示されぬよう設定できるユーザー・エンパワーメント・ツールの導入」

の「三重の盾」を導入すると、英国デジタル・文化・メディア・スポーツ相のMichelle Donelan氏は説明した。

昨年4月政府発表のファクトシートにも「(この法案は)過剰な規制や国によるコンテンツの削除を課すものではなく、大手SNS企業がユーザーの安全を確保するためのシステムとプロセスを整備することを目的としている」と明記がある。

これはもちろん、かねてより国民から上がっていた「この法案でインターネット上の言論の自由が弾圧されるのではないか」という不安の声を受けてのものだ。

今回の改正はこのポリシーの通りに内容の検閲から国家権力が手を引くことで言論の自由を保証し、代わりにSNS運営会社と利用者に有害なコンテンツを拒否する権利をゆだねる方向に動いたわけだが、それが逆に「法案骨抜き」という批判につながった。

バランスというか、クリエイティビティというか、絶妙なところが求められそうだが、これから来年にかけてまた何度か活発に議論が起きつつ落としどころを探っていくことになるのだろう。

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そもそもこの法案の内容と方向性は?

そもそもこの法案は、「表現の自由を守りながら、英国をオンラインで世界で最も安全な場所にする」という現イギリス政府のマニフェストにより実現したもの。「言論の自由を維持しつつ」という前置きは常にありつつ、その目的は大きく分けて、

  1. インターネットの害からの子どもの保護
  2. オンライン犯罪の撲滅
  3. テクノロジー企業のユーザーに対する説明責任の保証
  4. 成人利用者がインターネット上で目にする情報を自分で管理できるようにするシステムの構築

の4つ。

対象は主に大手ソーシャルメディアプラットフォーム、掲示板やメッセージアプリ、人気オンラインゲームを含む利用者の交流が起きうるオンラインサービス、有害な情報への入り口となるケースが多い検索エンジン、の3つをを想定している。

法案は2023年8月の施行に向けて現在、イギリスの下院にあたる庶民院で評議中だが、2022年から2023年にかけての年末年始あたりに上院に持ち越される予定。進捗状況についてはこちらで随時確認できる。言論の自由と利用者の保護をめぐるイギリスの「落としどころ」が気になる人はチェックしてみてほしい。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit