米国では多くの大学で新学年がスタートする季節を迎えている。それに先立ち、8月末、ジョー・バイデン大統領が、連邦政府による学生ローンの未返済者を対象に、1人あたり1万ドル(約140万円)分の返済を免除することを明らかにした。未返済金は総額1兆7000億ドル(約240兆円)にも上るといわれ、学生の負債を軽減することは2020年の大統領選挙時、バイデン大統領が掲げた公約の1つだった。

今回の返済免除策は、学生とその家族はもちろん、エリザベス・ウォーレン  マサチューセッツ州上院議員、ナンシー・ペロシ カリフォルニア州下院議長をはじめ、民主党の重鎮に歓迎されている。しかし、これで学生ローンの問題は解決したことになるのだろうか。ローンなしで学生が高等教育を受けられる日は来ないのだろうか。

バイデン大統領の学生ローン返済免除策とは

© Gage Skidmore (CC BY-SA 2.0)

学生ローン返済免除策は、コロナの大流行による経済的影響を緩和するためのものといわれている。年間所得が12万5000ドル(約1760万円)以下の独身者、25万ドル(約3500万円)以下のカップルが対象。連邦政府が出す大学生向けの返還不要の奨学金「ペル・グラント」の支給を受けている者には、1人あたり2万ドル(約280万円)、通常の連邦学生ローンを使って大学に行く者には1人あたり1万ドル(約140万円)分の返済を免除することになった。

ペル・グラントは、家族の収入、資産、大学に入学している子供の数などを学生がFAFSAという書類に記入して申し込む。受給者はFAFSAの情報をもとに決められる。年間所得が6万ドル(約840万円)以下の世帯の子弟が受けるケースがほとんどで、受給者の3分の2は年間所得が3万ドル(約420万円)以下の世帯の子弟だという。

さらに連邦学生ローンの支払い一時停止が今年12月31日まで延長される措置が取られる。学部生向けローンがある人は、返済の上限を月収の5%に設定することができるようになる。

学生ローン返済免除策で、4300万人が恩恵を被る

バイデン大統領によれば、95%もの債務者、数にして4300万人がこの策の恩恵を被ることになるという。このうちの60%以上がペル・グラントの受給者だそうだ。また2000万人、45%近い債務者の債務が完全に帳消しになると、大統領はコメント。債務がなくなる2000万人はようやく、家を購入したり、結婚したり、ビジネスをスタートさせたりと、今後の人生設計に着手することができるというわけだ。

免除策は、米国の上位5%を占める所得者は対象外。対象はあくまで低・中所得者層に絞られている。教育省の試算では、90%近くの費用が、年間所得7万5000ドル(約1100万円)以下の債務者に充当されるとしている。

返済免除策が助けるのは、連邦学生ローン債務者であれば、年齢は問わない。債務者の21%が25歳以下、44%が26~39歳だ。40歳以上の債務者もおり、全体の3分の1を占める。このうちの5%は高齢者に当たるそう。

また人種間の経済格差を是正する狙いもあるようだ。アフリカ系は、白人より学費を支払うためにローンを組む可能性が高く、額も大きい。アジア系・ヒスパニック系もアフリカ系と同様の傾向がある。

学生ローンを抱えるのは、国民の約5人に1人

連邦政府の学生ローンを抱えるのは、国民の約5人に1人だ。債務者の半数以上が2万ドル(約280万円)以下、約3分の1が1万ドル(約140万円)以下を借り入れている。10万ドル(約1400万円)以上を借りている人も7%いる。教育省の「連邦政府学生ローン・ポートフォリオ」の情報だ。

連邦準備銀行の経済学者によれば、ローン額が最も少ないのは、学位を取得できずに退学した人に多い。仕事に就くことが難しいため、返済も困難というわけだ。反対にローン残高が多い人は、教育レベルが高く、それに収入も伴うため、返済が滞ることはないのだそう。

学生ローンなしで進学したくても、上がる授業料にはかなわず

© Xbxg32000 (CC BY-SA 3.0)

国立教育統計センター(NCES)によれば、2020~2021年の年間の授業料は、公立4年制大学で9400ドル(約130万円)、私立の非営利4年制大学で3万7600ドル(約530万円)、私立の営利4年制大学で1万8200ドル(約260万円)だ。10年前と比較すると、各々約10%、約19%、約1%高くなっている。授業料に加え、諸経費、宿泊費、食費の支払いも加わると、公立4年制大学で約1万9400ドル(約270万円)、私立の非営利4年制大学で4万9200ドル(約700万円)、私立の営利4年制大学で2万7500ドル(約390万円)だ。

連邦準備銀行によれば、学生ローンを借りている世帯の収入の中央値は7万6400ドル(約1100万円)。子どもなどを大学に進学させようという、まだ学生ローンを組む前の一般的な世帯収入はどうかというと、2020年の中央値は6万7500ドル(約950万円)で、2019年の中央値から2.9%減少していると、国勢調査局が報告している。特筆すべきは、学生ローンを借りている人の7%が、貧困線以下の生活を送っていることだろう。

学生ローンで負債を抱えてまでも、大学に行くメリット

労働統計局(BLS)によれば、2021年に高校を卒業した16~24歳のうち、大学や専門学校に進学した人は、前年とあまり変化なく、約62%に上った。学生ローンの返済が決してた易いものではないとわかっていても、ローンを組み、大学に進む人たちは多い。

それは、就職のことを考えているからだ。BLSによれば、20~29歳のうち、2021年に学士号を取得した人の約75%が就職している。労働参加率を見ても、学士以上の学位を持つ人が最も高く、男性では約95%、女性では約92%。最終学歴が高卒以下の場合、最も低く、男性では約63%、女性では約54%と、労働参加率は最も低い。

失業率からも同じことが言える。2021年10月現在、16~24歳の若者の場合、学士以上の学位を持つ男性の失業率は9.4%、女性は3.7%だった。それと比較して、高校卒業資格を持っていない若者の場合、失業率は男性で14%、女性で約19%だった。

免除額1万ドル、2万ドルでは「焼け石に水」という関係者

今回の免除額は1万ドル(約140万円)と2万ドル(約280万円)だった。しかし、これ1度きりで免除策はおしまいになるのだろうか。

学生ローンの平均残高は約3万ドル(約420万円)。加えて、10万ドル(約1400万円)以上のローンを抱えている人は300万人以上いるという。こうした人たちからは不満の声が上がっている。白人以外の人種の社会的・経済的地位向上のための活動を行う全米黒人地位向上協会(NAACP)も、1万ドル(約140万円)では焼け石に水と捉えている。

民主党内でも、学生ローンの借り手全員を対象に、最低でも5万ドル(約700万円)を帳消しにという声が上がる。しかし、これには9000億ドル(約127兆円)もの費用がかかる。仮にこれが実現できたとしても、10万ドル(約1400万円)以上の債務を抱える人には、意味がない。

州政府の高等教育機関への積極投資で、学生ローンをミニマムに

連邦政府は、今回の学生ローンの返済免除策を実行しながら、既存の学生ローン制度を改革しようとしている。しかし、これはローンを組まなくては大学に行けないという事態の解決にはなっていない。いわば「対症療法」だ。

高等教育機関において学生を中心とした公共政策を実行するための調査などを行う、インスティチュート・オブ・カレッジ・アクレス・アンド・サクセス(TICAS)や、ニューヨーク連邦準備銀行といった組織の調査では、州政府が高等教育機関にどれだけ投資を行っているかが、学生ローンに影響を及ぼしていると指摘されている。また「ワシントン・ポスト」紙も、州政府が積極的に公立大学に資金提供を行っている州は、学生ローンの利用者は多くても、1人あたりの平均債務額が比較的低く済んでいると報じている。例としては、カリフォルニア州やニューヨーク州などが挙げられる。

州政府が大学などにさらに投資を行っていくことが、学生ローンに対する「原因療法」といえそうだ。ローンなしで学生が高等教育を受けられる日にほんの少しだが、近づけたかもしれない。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit