自己責任論が強いと言われる日本。「ホームレスなどの貧困も例外ではない」という見方も一定数ある。ただ、まったく予想できなかった新型コロナウイルス感染症の影響で給料が下がるだけでなく、職を失う人も出てくるなど、外的な要因でいつ貧困に陥るかわからない状況を目の当たりにした。空き家を通じてホームレスなどの貧困問題の解決に取り組むRenovate Japan代表の甲斐隆之さんも「やり直せない社会にこそ問題がある」と話す。

では、自己責任論から脱し、貧困問題を解決するためにどうすればよいのか。甲斐さんご自身の活動も踏まえ、日本で起きる貧困問題の現状と解決策に迫る。

「たまたま日本という社会に生まれてきた」という気づきで貧困問題を自分ごと化

――まず、甲斐さんがホームレスなどの貧困問題に注目したきっかけを教えてください。

大学時代、人身売買や児童労働といった社会問題のドキュメンタリーを観てディスカッションを行う授業があり、それがきっかけでした。ニュースでは取り上げられない内容だったこともあり、その授業を受けたとき、これまでの自分と関連付けて考えることができたんです。

というのも、私自身、生い立ちとして6歳のときに父を亡くしました。ただ、母はもちろん、公的教育や遺族年金などのセーフティーネットに支えられたことで、リソースが限られている認識はありましたが大きな不自由はなく、希望する大学に進学できたんです。

Renovate Japan代表 甲斐隆之氏

そんななか授業を通じて、公的教育や年金などは私が準備したものでもなく、そこにすでにあった制度であることを改めて実感しました。これが万が一、生まれた場所が違い、公的教育や年金などがない環境で、自分の家計の担い手が6歳のときに亡くなっていたらまったく違う状況だったかもしれない。人身売買や児童労働に巻き込まれていたかもしれません。そこで、私のなかに当事者意識や当事者に対する共感が深まり、それらの問題を自分ごととして捉えるようになりました。

人身売買や児童労働も、貧困がまずは最初のスタート。多くの問題で貧困がボトルネックになっていることを知り、根本の原因である貧困問題に着目し始めたんです。

――そうはいっても、環境の違いにきちんと向き合い、当事者意識を持つことはなかなか難しいように感じてしまいます……。甲斐さんはなぜ、そこに目を向けることができたと思いますか?

幼少期にカナダで過ごしたことがあるのですが、これまでとは異なる文化圏に入ることで「ほかの文化圏を客観的に見る視点」が自然と生まれたように思います。日本社会こそが絶対的なものではなく、地球規模で見ると、社会は複数存在していますよね。そのなかで「たまたま私は日本という社会に生まれてきて、公的教育や年金などの制度によって救われた」ということに気づきました。

家がなくて困っている人と「空き家」をマッチング

――貧困問題に着目してから、Renovate Japanを起業するまでの経緯について教えてください。

貧困問題を解決するために、政策や制度設計などルールから変えるアプローチの影響力が大きいと感じ、公共政策のコンサルティングを行う会社に新卒で入りました。

配属の関係もあり、ホームレス問題などに直接関係のある政策に携わったわけではないのですが、政策の現場におけるルールや限界が少しずつ見えるようになりました。

貧困問題に対する公共政策の一つに、シェルターの提供があります。シェルターとは、親族からの暴力や、生活保護が必要な方々のための一時的な宿泊施設です。昨今、その質の低さが問題になってきています。特に、税金を使った施策であるため画一性が求められ、個別のニーズに対応することが出来ていないのです。まず、環境として相部屋が多く、ただでさえ心理的に余裕のない方々が厳しい規則のもと共同生活を強いられることで、より余裕を失ってしまうケースが散見されています。しかし、一部の人を優遇して個室を準備することは、先ほどの画一性の話から難しい。他にも、例えばペットを精神的なよりどころにしている方がいたとしても、そのような方だけに個室を提供することも出来ません。では、画一的に全てのシェルターの質を高めようとすると、そこに膨大な予算がかかってしまい、市民を含む様々な方々を説得する必要があるなど、腰が重くて動けません。

そこで公共ではなく民間の立場から何ができるかを考え、一軒ずつであれば質の高いシェルターを作っていけるのではないか、と。さらに、そのリソースとして何か活用できるものはないかと考えて「空き家」に着目し始めました。

空き家を持つオーナーの多くが抱える課題として、物件をどうにか活かしたい思いはあるものの、改修にかけるお金や時間は確保できないといった事情があります。

そこで、改修作業を行う代わりに家に住まわせてもらえれば、物件オーナーも家に困っている方も、お互いがWin-Winの形で問題解決できるのではないかと考えたんです。

――それが、現在のRenovate Japanの活動につながるわけですね。改めて、事業内容を教えていただけますか?

簡単に言うと、改修中の空き家と、家がなくて困っている人をマッチングする事業です。

まずはRenovate Japanとして空き家になっている物件をオーナーから有償で借り上げ、一部屋目の改修作業を行います。それが終わり次第、支援団体などと連携してその部屋に困っている方を受け入れます。その方は住んでいる家のなかで未着手の部分の改修作業を、生活費を稼ぐためのバイトとしてお手伝いすることができます。改修作業は表層リフォームと呼ばれるもので、特に資格も必要なくDIYの範疇を超えません。そしてもちろん、スタッフと一緒に作業をするので安心です。

住み込む方には、水光熱費などを加味して一泊500円をもらいます。お手伝いは時給1200円を出しており、週3時間だけでも改修のバイトに入れば、およそ一週間分の家賃が相殺される計算です。時間や資金の余裕をそこで少しでもつくることで、新しい家や仕事、必要・適切な制度を探す支援ができると考えています。事業としては、改修後の物件をシェアハウスやシャアキッチンなどの形で収益化することで、継続性を確保しています。

このように社会問題の解決だけでなく、どうやってマネタイズできるのか、事業性も大切にしながら活動しています。

ホームレスは自己責任ではない。「貧困のループ」を抜け出せない社会構造に問題がある

――ホームレスなどの貧困問題については「自己責任」という考えもありますが、甲斐さん自身は日本の現状をどう捉えていますか?

まず、貧困は必ずしも「自己責任」ではありません。傷病、死別、災害、虐待など外的な要因が絡むことも多くあります。最近では、コロナ禍の影響で世界的に経済が打撃を受け、給料が下がったり失業したりなど、誰も予測できなかった事態がたくさん起こりました。

また、私は例え「自己責任」の側面があったとしても、そこから「やり直せる社会」であることが重要だと考えていて、現状それが難しい社会の構造に問題意識を抱いています。実際に、一度貧困に陥ってしまうとそこからなかなか抜け出せない「貧困の罠」と呼ばれるループ現象があるといわれています。このループにはいろいろな経路があり、例えば「家が確保できない→安定的な仕事に就きづらい→収入が確保しづらい→家が確保できない」というループ、あるいは「収入水準が低い→十分な教育を受けられない→収入が安定した仕事に就きづらい→収入水準が低い」というループなどがあります。このような貧困のループを食い止めるために、社会構造そのものを見直すアプローチを国も市民も考えないといけないのではないか、と。

「自己責任」と片付けて問題から目をそらしてしまう方を少しでも減らすために、いかに貧困問題を自分ごととして捉えるきっかけを増やせるかが大事だと私は思うわけです。

一方で現状、例えばSDGsと聞くと、全体的に環境問題に寄せて考えている方が多く、貧困は遠い問題として見ている方が多いように感じています。しかし本来、貧困問題はSDGsの最も大きなテーマの一つなんです。事実、「貧困をなくそう」が17の目標のうち一番目に掲げられている。それが忘れ去られ、「地球環境を壊さない」「資源を大切に使う」といったニュアンスが含まれる「サステナブル」というワードばかりが一人歩きしているように見えます。もともと、SDGsの前身である「MDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)」を知らない人もまだまだいて、その大きな目標も「極度の貧困と飢餓の撲滅」、つまりは貧困の話がメインでした。

ただ、貧困の話だけをしていると、なかなか先進国の意識を巻き込みづらい背景もあり、サステナブルという言葉を強調し、国連も環境問題の方をより大きくPRしているような潮流があると思われます。

――最近では、街中や公園の寝そべったり長時間の滞在が難しい「座りにくいベンチ」が、「排除アート」という括られ方をされ社会問題となってきています。これについて甲斐さんは、どうお考えですか?

これは正直、まったくの悪手だと思っています。

公園で過ごせないようにするのではなく、どうしてその場所で過ごすことになったのか、まずは原因を考えてほしい。家庭環境の悪化や親族からの暴力などで、どうしても家に戻れないケースもたくさんある。さらには社会保障の制度の側に、何か繋がることが難しい原因があるのかもしれません。そういった原因に対処せず、住む家に困っている人たちをより苦しめる方向に持っていくことに私は反対ですし、物理的に排除するような建築は問題だと感じます。

こうした動きのせいで「貧困の罠」がさらに助長されてしまう可能性はありますし、問題に対する当事者意識が欠如してしまっているのではないかと懸念します。

――貧困問題について当事者意識を持ってもらうために、何が必要だと考えていますか?

考えてもらう、触れてもらうきっかけを増やすことだと思っています。例えばスタートアップに関心のある人たちが、私たちみたいな企業があることを知って、貧困問題に触れる。他にも、建築やまちづくり、いろいろなテーマと貧困を掛け合わせるなかで、巻き込む人を増やしていくことができると、活動を通して感じています。

それこそ、今回のコロナ禍で、仕事を失うリスクを感じた方も多いかもしれません。すぐに貧困に強い関心を持てなくても、そのように別の問題・テーマを入り口に、自分にも無関係ではないと当事者意識を持ってもらいたいんです。

時に社会問題は複雑に絡み合っており、根本的な問題が貧困でも、そこから派生してDVや教育の問題に触れて、解決の糸口を考える際にはもっと別の要素が混ざってくることも。私たちの活動も始まりは貧困問題ですが、結果的には空き家問題にもアプローチしています。

そのような場合には、問題Aに興味がある人たちが、同時に問題Bにも触れることで問題Bの理解を示し始める傾向があると感じています。逆に言うと、私たちのようにあえて社会問題同士を掛け合わせて活動することで、双方の問題において当事者意識を持つ人たちを増やせるのではないか、とも。

家があってもホームではない「潜在的ホームレス」も。日本に残る貧困の課題

――貧困問題に関連する公共政策として「生活保護」もありますが、その選択肢が選ばれない理由は何だと思いますか?

私が関わったわけではないのですが、「一般社団法人つくろい東京ファンド」が生活保護の利用を妨げている要因について当事者らにアンケート調査を実施しており、いくつか理由が浮かび上がってきています。特に「扶養照会」に関する意見は多く見られていました。親族に頼れる人がいないからこそ生活保護の窓口に来ているのに、「本当に頼れる人はいないんですか?」という調査が始まってしまうんですよね。事情があって頼れる人もいない方からすると、これってものすごく苦痛だと思うんです。

ただ、最近では扶養照会の運用も改善傾向にあります。例えば、厚生労働省が2021年2月26日に出した通知では「DVや虐待のある場合は親族に連絡をしない」ことを明確化。一定期間、音信不通が続いていたり、親族から借金を重ねていたりなどの事情がある場合にも扶養照会を行わなくてよいことになりました。

調査の中では、公共サービスとして提供されているシェルターの環境があまり良くないことも指摘されています。酷いケースでは、生活保護の申請者を行政が半ば強制的にシェルターへ入れてしまうため、それが怖くて窓口に行けないという意見もあります。

また、世の中全体の雰囲気として税金に頼ってはいけない無言の圧力が存在し、それを自分の価値観として吸収してしまっている人も。だからこそ、扶養照会の運用が改善されたように、まずは生活保護を選択しやすい社会的な環境づくりが大切だと考えています。

――また、女性のホームレスは男性に比べて少ない傾向にあるといわれますが、どういった背景があるのでしょうか?

日本では、父親や長男など一番年上の男性が家のなかで一番偉い人という「家父長制」の風潮が昔からありますよね。例えば、「主人」という言葉がありますが、無条件に男性側が家の主という意味が込められている。それが、社会的な価値観の形成につながっていると思われます。

これは逆に、主になりきれなかった男性は家を無くしやすいとも捉えられるのではないでしょうか。だから男性にホームレス状態の方が多いのだと私は思っています。

一方で女性の場合、なんとか屋根は確保できていたとしても、例えばDVや性的搾取の被害があったときに「そこは本当の意味でホームですか」という視点もあります。家の主である必要はなく、男性より屋根は確保しやすいのかもしれないけれど、広義の意味ではホームを失っているかもしれません。物理的な家のあるなしにかかわらず、外からは見えづらい、潜在的なホームレスの方がいる可能性はあるのではないでしょうか。

税金を使った制度的な価値観のなかにも、ジェンダーによる差が潜んでいるかもしれません。例えば、当事者の方が生活保護や就労支援の窓口に来たときに、男性であれば「働けるでしょう」と思われ、女性であれば「働くのは難しいよね」といった偏見にあう可能性もあるわけです。

昨今ジェンダーに関する問題は以前より盛んに議論されるようにはなりましたが、まだまだこういった部分でも偏見や固定観念が残っているなと感じます。

――ありがとうございました。最後に、甲斐さんが今後取り組んでいきたいことを教えてください。

Renovate Japanの活動にはなりますが、今、改修の現場をマネジメントできるようなファシリテーターとなる人を増やし、事業を拡大させていきたいと考えています。人材は内部で育てるだけでなく、外部にも輩出していき、地方進出もしながら社会現象と化していく。Renovate Japanの活動に共感し、私たちのような事業を展開する人を一人でも多く増やすことで、空き家問題とホームレス問題の解決策をより全国に広めていきたいです。実際、山梨の方でも同様のビジネスモデルで、支援対象をDV被害の女性に絞った事業の立ち上げも進んでいます。自分自身が男性ということもあり、例えば男性恐怖症の女性に対してはアプローチしづらい課題もあったので、別で立ち上げてくれている方がいるのはすごく心強い。私はボランティアとして後方からお手伝いしています。

実は社名の「リノベート」には、家のリノベーションという意味だけでなく、日本を立て直したいという想いも込められているんです。私たちの活動が全国に広まることで、まずは日本の貧困問題を解決していきたいと考えています。

文:吉田祐基
写真:西村 克也