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空気は無色透明で、においがするわけでも、味がするわけでもない。私たちの身の回りに常にありながら、意識しないと、その存在さえ忘れがちだ。
しかし、空気も立派な資源だ。空気中の酸素を使って、私たちは食べたものからエネルギーを作り出している。また、私たちが吐く二酸化炭素(CO2)は、植物が太陽からエネルギーを得て、それを食料に変えるために必要なものだ。つまり、「生命と成長を維持する」「燃焼させる」「温度を保つ」「エネルギーを供給する」「光合成をする」のに不可欠な資源といえる。おまけに無料であり、再生可能でもある。放っておく手はない。
そんな空気を利用した商品の話題が聞かれるようになってきた。と同時に差し迫った気候変動のニュースも。空気製アイテムとはどんなものなのか。そして気候変動にどう立ち向かうのか。
エア・ファームで作られる、粉末のタンパク質
「空気からできた肉」というと、すぐにはどんなものか想像しにくい。しかし、今までまったくなかった話ではないという。
1970年代の宇宙開発で、NASAの科学者が、長距離を移動する宇宙飛行士が吐くCO2から、宇宙飛行士に供給する食糧を得られないか研究していたことがある。途中で棚上げになったこのアイデアをヒントに、空気で「肉」を創り出したのが、米国のバイオテクノロジー企業、キヴァーディの子会社、エア・プロテインだ。キヴァーディはCO2変換の科学を利用して開発した製品・システムを通し、循環型経済の実現を目指し、他企業と協働する。
空気製の肉は、エア・プロテインが「エア・ファーム」と呼ぶシステムで作られる。これは、より効率的でサステナブル、かつ規模の拡大が可能な点が特長だ。必要なのは、植物成長の条件である、CO2や酸素、固定窒素などを含む空気、水、再生可能エネルギー。
ヨーグルトやワイン、チーズ同様、空気を培養液に加え、栄養を与えると、タンパク質ができる。空気中のタンパク質は数日で採取でき、それを精製し、水分を除去の上、乾燥させる。すると、動物性タンパク質と同じ特性がある粉末のタンパク質ができあがる。それを味や歯ごたえなど、チキン・ビーフ・ポーク・シーフードなどが持つ特徴通りに加工する。
フィレ、細切り、ひき肉、ソーセージなど、さまざまな形状に作れる。製造過程上、温室効果ガスは一切発生しない。「エア・ミート」は、カーボンネガティブなのだ。
栄養面、環境面で代替肉をしのぐ、エア・ミート
エア・ミートには、従来の動物の肉類はもちろん、その問題点を解決するために創り出された代替肉を超える利点が数多くある。
まず、食べる側として重要視したい栄養価は、非常に高い。ビタミン・ミネラルのほか、9種類の必須アミノ酸すべてが、大豆と比べれば2倍、ほかのどの肉より多く含まれているそうだ。遺伝子組み換え作物、農薬・除草剤・ホルモン剤・抗生物質は一切使用されていない。
また環境面では、気候変動緩和に貢献している。気候変動に関する政府間パネル(ICPP)によれば、世界の総排出量において、農業・林業・その他の土地利用が占める割合は約24%。CO2換算量でいえば80億トンだ。この排出量は2050年までに80%増加すると見込まれている。現在の世界人口は79億人だが、国連(UN)は2050年には、97億人にまで増加すると予測する。肉類などの需要の増加は避けられない。
人口増加に合わせて、食糧供給を増加させる点でも、エア・ミートは優秀だ。ほかの肉と比較して、非常に少ない土地・水・天然資源で育成が可能。従来の食肉生産と比較し、1キログラムあたりの土地使用を52万4000分の1、水の使用を11万2000分の1に抑えられる。また、時間も大幅に短縮可能で、私たちの食卓に上るまでに、ビーフでは2年、チキンでは5カ月、大豆では3カ月かかるところだが、エア・ミートならわずか4日で済む。
エア・プロテインは気候変動緩和に貢献しているだけではない。現在危ぶまれている食糧危機にも対処可能と、その商品化に期待が寄せられている。
CO2を除去するために、CO2を利用
近年、洗練された、妥協のないデザインのサステナブルな消費財を発表しているのが、エア・カンパニーだ。同社の商品はすべて空気から創り出されている。「地球をより良くしたい」という共通の気持ちで結び付いた2人が創設しただけあり、現在すでに自然災害という形で私たちの生活を脅かす気候変動を念頭に、空気を用いた商品を開発した。
同社は空気、正確にいえば、温室効果ガスとしても問題になっているCO2をできるだけ多く除去するために、CO2を再利用。光合成を模倣し、CO2を取り込み、酸素と水のみを副生成物とする、不純物のないアルコールに変換する炭素転換炉を開発した。この機器は太陽光発電で稼働する。すでに特許取得済みのエア・カンパニー独自の技術だ。同社の製品はすべてこのアルコールが原料になっている。
テイストはGQ誌も太鼓判を押す、カーボンネガティブ・スピリッツ
エア・カンパニーがまず最初に発表したのが、アルコール度数40%という「エア・ウォッカ」だ。英国のGQ誌が「光の一片のようにクリーンでさわやかな」「水のような純粋な」味わいと評している。同社によれば、オンザロックや、マティーニならぬ「エアティー二」といった、すっきりしたウォッカ自体の味わいを損なわないカクテルで飲むのがお勧めだそうだ。
おしゃれなボトルに入ったエア・ウォッカは、750ml入り1本で、CO2を約454グラム除去する。ビバレージ・インダストリー・エンバイロメンタル・ラウンドテーブル(BIER:飲料業界環境円卓会議)による、ウォッカを含む蒸留酒750ml入りボトルのCO2排出量は約3キログラムというのと、好対照だ。BIERは飲料業界におけるサステナビリティ推進を目的に、世界の主要飲料メーカーが協力する技術連合だ。
エア・カンパニーが「世界で最もクリーンで質が高く、サステナブルなスピリッツ」であり、「世界初の『カーボンネガティブ・スピリッツ』」と謳うのも、納得がいく。値段は高めで79.99ドル(約1万円)。同社のウェブサイトなどから購入可能だが、送付先は米国に限られる。
フレグランスも、ハンドサニタイザーも空気製
エア・カンパニーの商品には、ウォッカ以外にフレグランスと、ハンドサニタイザーがある。どちらも米国内向けの商品だ。
世界で初めて空気から作られたフレグランスは、地球の四大元素に含まれる空気・水・太陽からインスピレーションを得た。ジェンダーフリーで、220ドル(約2万8000円)。トップノートは、オレンジピール、イチジクの葉、ミドルノートはジャスミン、スミレ、ツツジ、ラストノートはムスク、タバコという、フレッシュ・シトラス系の香りだ。
そして、新型コロナウイルス蔓延の真っただ中に、ウイルス感染対策として作られたのが、ハンドサニタイザーの「エア・スプレー」だ。速乾性でエチルアルコール80%。スプレーすると、手や指の除菌だけでなく、私たちが吸う空気の質も改善されるという。1本50ml入りで、3本セットで25ドル(約3000円)となっている。
フレグランスとハンドサニタイザーの製造方法は最後の1段階が違うだけで、残りは共通している。炭素転換炉に、CO2を水素ガスと共に取り込み、不純物のないエタノール・メタノール・水に変換する。蒸留する工程で3つをそれぞれ分離。エタノールと水を手作業で混ぜ合わせ、フレグランスは香りを加えて、またハンドサニタイザーは精製水、グリセロール、過酸化水素を入れる。
「エア・オード・パルファン」は1つで大気中のCO2を36グラム、「エア・スプレー」は1セットで、214グラム除去することができる。
航空燃料もロケット燃料も開発済み、すでに未来は手中に
エア・カンパニーは、製造工程を見てもわかる通り、炭素転換炉を利用し、エタノール・メタノールも製造している。同社製のエタノール1キログラムに対し、CO2を1.91キログラム、メタノール1キログラムに対し、CO2を1.38キログラム除去可能だ。
また、CO2を原料とした航空燃料の開発にも余念がない。昨年、国際航空運送協会(IATA)は2050年までに温室効果ガス排出ゼロを目指すことを明らかにした。同社は独自の炭素転換炉を用いて、CO2と水素ガスをパラフィンに変換。これを精製し、サステナブル航空燃料の1つ、ケロシン系燃料、Jet-Aを作っている。
ロケット燃料も同様だ。火星から宇宙飛行士を帰還させることを想定し、CO2が約95%を占める火星の大気と、地球の地上の大気からのCO2をロケット燃料に変換する技術も開発済みだそうだ。
シリーズAラウンドで各社42億円、38億円を調達
エア・プロテインは、インタラクティブのプロジェクトや製品を対象としたSXSWインタラクティブ・イノベーション賞、世界経済フォーラム・テクノロジーパイオニア賞などの賞を受賞している。昨年には、ADMベンチャーズ、バークレイズ、GVなどが主導したシリーズAラウンドで約3300万ドル(約42億円)を調達した。この資金で、同社はイノベーション研究開発ラボを立ち上げ、製品の開発と商品化を加速させている。
一方、エア・カンパニーは今年4月に、シリーズAラウンドで、3000万ドル(約38億円)を調達した。カーボン・ダイレクト・キャピタル・マネジメントが主導し、トヨタ・ベンチャーズ、ジェットブルー・テクノロジー・ベンチャーズなどが参加したこのラウンドで、同社の資金調達総額は4000万ドル(約50億円)超となっている。資金を利用し、エア・カンパニーは3番目となる工場建設を行い、CO2由来のアルコール生産を拡大する予定。同時に、CO2を有効利用するための新システムを設置し、エタノールとサステナブル燃料の生産量も飛躍的に増加させる。
エア・カンパニーはNASAと共同で、同社のアルコールから糖類やタンパク質を生成し、宇宙探査へ応用できることを実証している。同社の独自技術は、さまざまな分野への応用ができ、世界の排出量の10.8%(年間46億t以上)に相当するCO2を削減できる可能性がある。
すでに、世界のさまざまなところで気候変動が引き起こした自然災害が起こり、人々が苦しんでいる。2社の製品の商業化を私たちは今や遅しと待ち受けている。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)