「自分にはどんな仕事が向いているのだろうか?」――求職者の頭をよぎることが多い疑問ではないだろうか。そんな時に試したくなるのが職業適性診断。質問に答えれば、浮かび上がってきた性格や価値観、行動特性をもとに、自分がどんな職業に向いているかを教えてくれる。

しかし、最近の職業適性診断の中には、脳波を利用したものも見られる。スタートアップやビッグテック企業なども参入するニューロテクノロジーはこんなところにも用いられているのだ。

神経を刺激して「ブレインケア」

ウェーブ・ニューロサイエンスは、米国を拠点とするスタートアップ企業だ。各人の脳が最高の能力を発揮できるようにと、最新のニューロモジュレーションを用いたテクノロジー分野をけん引する。ニューロモジュレーションとは、神経を刺激し、障害が出ている神経回路機能を回復させることだ。

脳波を測るところから始まる、ウェーブ・ニューロサイエンスの「ブレインケア」© Wave Neuroscience

10分間の定量脳波と心電図検査を行うだけでいい。脳波を独自の脳波測定装置(BMD)にかけ、長所や短所など、脳の状態や健康を読み取る。そして分析を行う。分析には、専門家が開発したアルゴリズムと、同社内で長年蓄積されたデータを組み合わせ、認知力のレポートを作成。これをもとに、「ブレインケア」、つまりブレイン・スティミュレーション・セッションを行い、脳の機能改善処置を進める。

ブレインケアの1つは「ソナール」を用いたものだ。ソナールとは音の伝搬を利用する技術。非侵襲的に脳波を再形成させ、脳の健康を効果的に改善し、全般的な健康を増進する。もう1つは、磁気療法である「MeRT」を用いたターゲット治療だ。ソナール同様、非侵襲的で、臨床医の監督下で医師が進め、脳の健康を飛躍的に改善することができる。

通常、ブレイン・スティミュレーション・セッションは毎日30分を週5日、計約1カ月間受ける。セッションを受ければ、睡眠・気分・集中力の改善を可能にすると同社は主張する。

エンジニアやCEOに向いていると言われた文筆業者

ウェーブ・ニューロサイエンスは、最初の段階で行われる定量脳波と心電図の検査を行えば、適職診断もできるという。同社内に蓄積されている、年齢が近かったり、同じ性別だったりする人の脳波のデータと照らし合わせた上で、簡単な脳波記録レポートが作成される。レポートには、「脳の同調性スコア」「脳の処理速度」「パフォーマンス・サマリー」などの項目が含まれている。

同社の脳波を用いた適職診断に挑戦したのが、偏りのない事実に基づいたニュースと分析を強みとするウェブメディア「プロトコル」の記者、ミシェル・マさんだ。ミシェルさんは、『ウォールストリート・ジャーナル』など著名な媒体に寄稿している。そんな彼女のパフォーマンス・サマリーに挙げられた強みは、処理能力、プレッシャー下での集中力、認知の柔軟性に優れていること。反対に改善の余地ありとされたのが、ストレス管理と自省だった。

ミシェルさんのアルファ波、ベータ波を分析したのは、同社の応用科学の責任者、アレックス・リングさんだ。アレックスさんは、ミシェルさんの脳の柔軟性を高く評価し、エンジニアが向いていると分析。本職である文筆業は挙がらなかった。

またアレックスさんは、ミシェルさんにはCEOの素質もあると言う。能動的で、活発な思考や集中と関連づけられているベータ波が多く出る人は企業などのCEOに向いており、業務を広範囲に把握する際に役立つのがベータ波なのだそう。その一方で、閉眼時や安静時と関係するアルファ波も決してないがしろにできない。社員の声に耳を傾けるなど、ゆったり構える必要もあり、アルファ波がある程度出ている必要もある。どうやらミシェルさんの脳波にはこうした傾向が見られたようだ。

脳波を利用した適職診断はインドにも

脳波を利用して適職診断を試みるのは、ウェーブ・ニューロサイエンスだけではないようだ。インドの研究機関、ブレイン・ビヘイビヤー・リサーチ・ファウンデーション・オブ・インディア(BBRFI)だ。脳と行動の相関関係から引き起こされる問題に取り組み、個人の人格を高め、その能力を最大限に引き出すためのトレーニングやトレーニングモジュールを提供している。

研究分野において、潜在能力は生まれつき備わった先天的なものという考えがある。そのため、従来、遺伝的・生物学的な面のみの検査で、潜在能力が評価されることが多かった。しかし、このような一元的な検査では、潜在能力に影響を及ぼす可能性が高い環境要因を見過ごしてしまう。

そこでBBRFIは「4Dブレイン・アナリシス(脳解析)」という総体的な評価モデルを開発した。脳波とfMRI(MRIの原理を応用し、脳が機能している際の活動部位の血流変化などを画像化する方法・装置)の神経学的な検査に加え、生物学、遺伝学、心理学の4つの観点から個人の潜在能力を検査。さらにカウンセラーが過去にあったケースや、個々人の関心などを考慮した話し合いを行った上で、その人の潜在能力を評価する。そして、それを最大限に引き出すためにはどうすればいいかまでの情報も提供する。

投資額は前年比156%のニューロテクノロジー分野

金融関係のデータとソフトウェアを扱うピッチブックには、新興分野の市場状況を紹介するカテゴリーが設けられている。そこで取り上げられたのが「ニューロテクノロジー」。投資額は、前年比約156%の伸びを見せている。

ニューロテクノロジーとは、電子工学が神経系とインターフェースする方法やデバイスのことだ。急速に発展していると同時に、長期的な取り組みが必要な分野とも捉えられている。

ジョンズ・ホプキンス大学開発のロボット義手。自分の意志で完全に制御可能だ

神経活動のモニター・調整、さらには脳の機能を回復・改善・変化させることも可能。ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)、神経移植、神経モニタリング、神経刺激、神経機能代替などが含まれる。

ピッチブックの調査では、前年比で、ニューロテクノロジーの中央値取引規模は500%増、外部資金調達後の評価の中央値は264%増となっている。同分野に最も積極的に投資しているのは、米国保健福祉省。世界的なベンチャーキャピタルであり、アクセラレーター企業でもあるSOSVが続く。そして、3番目には米国国防総省が挙げられる。

スタートアップもビッグテックも、BCI分野へ

ニューロテクノロジー分野における注目株の企業にはどこがあるだろうか。ピッチブックによれば、その多くがスタートアップだ。

しかし、ビッグテック企業も負けてはいない。例えば、求人情報を見ていると、アップルがブレインコンピュータ・インターフェース(BCI)分野の研究を進め、ビジネス拡大を狙っていることがわかると、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスの情報を集めたウェブサイト、マイ・ヘルシー・アップルは指摘する。

BCIとは、脳からの電気信号で、コンピュータやロボットを操作するインターフェースだ。マウスやキーボードなどの操作の必要なく、考えるだけで用を足すことができる。

BCIを取り入れるのは、アップルウォッチなどの既存の商品なのだろうか

同社内にはすでに神経科学チームがあり、BCIや先端技術の調査・研究が進んでいることが推測されるという。神経科学研究、アプリケーション、機械学習ソフトなど、複数の各チームを擁し、それらにまたがる研究を行っているようだ。複雑な神経信号や生理信号に対して推論を行うための高度なアルゴリズムの構築も視野に入れているらしい。

バイオメカニクス研究センターは、人間の感覚的知覚、特に触覚と熱的知覚に関する知識や人間の生理学や心理学の知識を用い、消費者向け製品の開発に応用しようとしているようだ。

しかし、「マイ・ヘルス・アップル」は、求人情報をもとに推測しても、神経科学と高度なアルゴリズムを用いた新機能を持つ新製品の開発を進めているのか、それら機能が既存の製品に追加されるのかはわからないという。

今年、人を対象とした臨床試験を計画するニューラリンク

テスラやスペースXなどの創設で知られる、イーロン・マスク氏らが2016年に設立したのが、ニューラリンクだ。

同社は、短期的には重い脳疾患を治療するための機器を開発することを目標に、四肢麻痺患者にチップを埋め込み、考えるだけでコンピュータのマウスや携帯電話などの機器を操作できるようにするための開発を続けている。2020年にブタ、昨年にサルでの実験を終えている。今年は、人間を対象にした臨床試験を行うべく、米国食品医薬品局(FDA)に許可の申請を済ませているとみられるが、治験者の脳への危険性が指摘され、いまだ許可は下りていない。

ニューラリンクの試みは一般人の目を引くものの、神経科学者たちにとっては、特に目新しいところはないらしい。聴覚障がい者への人工内耳装着がまさにそれで、1960年代初頭に行われたことだからだ。

動物福祉の面でも配慮が欠けていると指摘される。実験動物であるサルの扱いに対し、米国のフィジシャンズ・コミティ・フォー・レスポンシブル・メディシン(責任ある医療のための医師会。PCRM)が同社を非難している。

マスク氏は長期的にニューラリンクのチップを使って人間の意識とAIを融合させることが可能であるとするが、専門家はこれに懐疑的だ。自閉症、統合失調症、耳鳴りを治すとも主張している。

メタはBCIは諦めても、EMG利用の手首装着型XRコントローラ開発

フェイスブック(現メタ)は、自社内のフェイスブック・リアリティ・ラボ(FRL)を通じて、ニューラリンクと違い、非侵襲型で装着可能なBCIデバイスの開発に、2017年から取り組んできた。言いたい言葉を想像するだけでタイプできる、サイレントスピーチ・インターフェースを目指していた。

一方、カリフォルニア大学サンフランシスコ校は、脳幹梗塞や脊髄損傷、神経変性疾患など、重度の脳損傷で話せなくなった患者のためのコミュニケーションデバイスを開発しようとしていた。互いによく似た目的だったため、両者は、脳の活動からリアルタイムで音声を解読することが可能かどうかを実証しようと協力関係を結んでいた。

しかし、完全非侵襲型ウェアラブルデバイスを用いて、脳からの信号を読み取ることは困難であり、想像した言葉を認識できるようシステムを開発するのには、今後膨大な時間がかかると、昨年この研究を中止した。

FRLは、より早く市場投入できる筋電図(EMG)にBCIの概念を置き換え、手首に装着できるデバイスの開発を行っている。脳は運動ニューロンを介して腕に信号を送り、タップやスワイプなどの動作をさせるように指示。EMGは手は指の動き(信号)を手首で拾いデコードし、デバイスへのデジタルコマンドに変換する。ARやVR入力用だ。

メタは今月上旬、手首装着型XRコントローラのプロトタイプを披露した。2024年までに4つの新しいVRヘッドセットをリリースするとしている。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit

ニューロテクノロジー
脳神経科学のなかでも、技術の応用に特化した分野のこと。臨床の現場やAIの開発に応用されるほか、さまざまな産業で発展を遂げている。