英国テック企業の給与事情

欧米ではインフレや人材不足など複数の要因により賃金が上昇傾向にある。米国に関しては、以前お伝えした理系新卒の年収データやテック人材関連データにその傾向を見ることができる。

英国でもテック人材やプロフェッショナル人材の賃金が上昇中だ。

英テック人材の給与に関する最新動向は、英ロンドンを拠点とするテック求人サイトOttaの調査データにみてとることができる。

Siftedが伝えたOttaのデータによると、この1年、全体的に英テック人材の給与は増加傾向であり、特にデータサイエンティスト、エンジニア、プロダクトマネジャーの給与上昇が顕著だったことが明らかになった。

データサイエンティストの中でも、上昇率が高かったのがミッドレベル人材の給与だ。上昇率は16%増と、Ottaに掲載されている求人情報データの中で最大の上昇率を示した。給与額の中央値は、5万3500ポンド(約836万円)から6万2000ポンド(約969万円)に増加した。Ottaは、3〜4年の経験を持つ人材をミッドレベル人材と定義している。

次いで上昇率が高かったのがシニアデータサイエンティストの給与。中央値は7万2500ポンド(約1133万円)から8万500ポンド(約1259万円)と11%の増加となった。ここでは、5〜8年の経験を持つ人材をシニア人材としている。

テック企業が提供するプロダクトやサービスにおいて、機械学習を活用することが標準となりつつある現在、テック企業間で優秀なデータサイエンティストを囲い込む動きが加速していることが背景にあるとみられる。

このほか、ミッドレベルのエンジニア、ミッドレベルのプロダクトマネジャーの給与がそれぞれ9%の増加となった。

Ottaのウェブサイトでは、ロンドンのテック人材給与の中央値を経験年数ごとに示している。

データサイエンティストのデータを見てみると、5年の経験を持つデータサイエンティストの給与中央値は、6万5000ポンド(約1016万円)。一方、9年以上の経験を持つ場合、中央値は10万2000ポンド(約1595万円)となる。

英国、データサイエンティストの給与(Ottaウェブサイトより)

エクイティなど株価連動インセンティブへの関心縮小傾向

給与の上昇という変化に加え、英国テック界隈ではもう1つ興味深い変化が観察されている。

テック企業では一般的を人材を魅了するため、アマゾンのRSU(Restricted Stock Unit)のような株式やオプションなど株価に連動する金融インセンティブを付与する傾向があるが、最近その状況が変わりつつあることがデータに示されているのだ。

Ottaの調査によると、同ウェブサイトに掲載された1万7000件の求人のうち株価連動型のインセンティブ付与に言及している割合は25%にとどまるものだったという。

米国でもアマゾンなどが株価連動型のインセンティブではなく、ベース給与を拡充するといった動きが報じられているが、英国でも同様の動きが出はじめていることが示されている。

Siftedが欧州全域で実施した意識調査でも、求職者が優先するベネフィット/インセンティブとして、株価連動型インセンティブを選んだ割合は23.5%と他の選択肢に比べ大幅に低いことが判明。一方、ベース給与は65.5%、フレキシブルワークは68.1%と非常に高い割合だった。

英プロフェッショナル企業の給与事情

英国ではテック分野だけでなく、会計・法律・金融などいわゆるプロフェッショナル分野でも大幅な給与増が予想されている。

英人材系メディアPeople Managementが伝えた人材会社Robert Waltersの英国2022年給与ガイドによると、英国のプロフェッショナル企業は人材の給与増を見越し人件費予算を10〜15%増やす計画という。

英国のインフレ率は5%ほどだが、人件費予算の上昇率はその3倍となり、2008年以来で最大の増加幅になる。

Robert Waltersの調査によると、調査対象となった企業のうち39%が2022年に賃金を上げる計画。また、プロフェッショナル人材のうち59%が今年の昇給を見込んでいるという。

Robert Waltersがまとめた具体的な給与レンジは、フィナンス分野のビジネスアナリストで5万2000ポンド(約813万円)~7万8000ポンド(約1219万円)、プロジェクトマネジャーで6万ポンド(約938万円)〜9万ポンド(約1407万円)などとなっている。

英国全体でも給与増の動き、ホスピタリティ産業では12%増

英国では、マクロ統計にも賃金上昇傾向があらわれている。

ガーディアンが2022年2月14日に伝えた英国家統計局のデータによると、2021年9〜11月期の平均週間賃金は前年同期比で4.2%増加したことが判明。2008年の金融危機以来で、最大の増加率という。

パンデミック不況からの回復に加え、インフレ、大退職トレンドなどが賃金上昇の背景にあるとみられている。

また特にホスピタリティ産業の賃金上昇は、ブレグジットによる影響が大きいとの指摘もある。

英ホスピタリティ産業は移民により支えられてきた側面がある。ブレグジットにより移民の流入が縮小したため、多くのホスピタリティ企業では、人材確保のため賃金を大幅に上げざるを得ない状況となっている。ガーディアンによると、ホスピタリティ産業の賃金上昇率は12%と平均を上回り、年収5万ポンド(約782万円)を上回る求人数は過去最多に達したという。

イングランド銀行は、同国のインフレは今後2年で2%ターゲットに収まると予想している。それに伴い英国の給与動向はどのように変化するのか、今後の動きにも注目したい。

文:細谷元(Livit