航空機メーカーとして世界一、二を争う企業にエアバス社がある。2020年の第二四半期には、新型コロナウイルスのパンデミックによる規制が影響し、14億4000万ユーロ(約1878億円)の損失を出している。航空業界の堅調な推移に同調し、今年の同時期には、18億7000万ユーロ(約2440億円)の純利益を計上した。確実な立ち直りを見せているが、これに拍車をかけ、将来の成長を促すために、エアバスは社内にイノベーション部門「エアバス・スケール」を立ち上げた。

コロナという世界的な危機を乗り越え、企業が成長するのに不可欠なのがイノベーションだ。マッキンゼー・アンド・カンパニーが2020年に発表した記事「イノベーション・イン・ア・クライシス:ホワイ・イット・イズ・モア・クリティカル・ザン・エバー」には、2008年の世界金融危機がその例として挙げられ、解説されている。世界金融危機のさなかでも、イノベーションへの注力を保ち続けた企業は、市場平均を30%以上上回る業績を残し、その後3~5年の間に加速度的に成長を続けたそうだ。

エアバスによる社内外におけるイノベーションへの活動に、今回のエアバス・スケールが進化をもたらすことが期待されている。イントラプレナーシップとスタートアップを集約・多様化させ、双方からの出資による収益性の高いビジネスを構築・成長させる。それを武器に、エアバス社は他社との競争で優位に立とうというのだ。

企業の新たな価値としてのイノベーション

© Airbus 2021

エアバス・スケールには、同社のイノベーションとスタートアップへの取り組み、そして、新企業設立を包括した役割がある。社内のイノベーション環境を向上させ、エアバス社におけるほかのイノベーションセンターを補完する。特にエアバス社の最高技術責任者であるサビーヌ・クラウケ氏は、イノベーションが持続可能な航空宇宙産業の中核を成すものだと話す。

航空宇宙分野のスタートアップ・アクセラレーター「エアバスBizLab」など、社内で長年蓄積された知識やノウハウを用い、十分に活用されていない資産から、今後は新しい企業を立ち上げ、数を増やしていく予定だ。そのために、社内にある数々のイノベーションの中から、開発を重ねれば社外で発生している問題の解決法になり得るものを見極める。そして市場に投入。スピンオフを後押しする外部投資を誘致する。これがエアバスの価値になる。

並行して目指すのが、外部のスタートアップと提携し、技術革新や製品の円熟だ。コラボレーションは双方に利益をもたらす。エアバス・スケールは関係者が関与し合い、絶え間なくイノベーションが生み出されるよう運営される。つまり、より効果的なイノベーション・エコシステムを促進・構築するというわけだ。同社のコアビジネスではない、ゼロエミッションへの試みなどのエコシステムが、エアバス・スケールから生み出されることになるだろう。

親会社の存在が大きいイントラプレナー

クリスチャン・リンデナー氏は2019年から、エアバスBizLabのトップとして指揮を執っている。リンデナー氏はエアバス・スケールからスピンオフした企業への投資に関する考えを、ヨーロッパのスタートアップ関連の情報を発信するWebサイト「Shifted」で明らかにしている。

それによると、スピンオフ企業において、エアバス社が保有する株式は少数に抑えられることが予想されるという。事業拡大を進めるのには、外部のベンチャーキャピタル(VC)からの投資を活用するそうだ。

将来性を考慮した場合、VCはスタートアップよりスピンオフを選ぶ傾向が強い。それはスピンオフには、親会社がついているからだ。親会社の実績や評判、インフラが明らかになっているため、VCにとってリスクが少ない。特に親会社が有名企業であれば、なおのことだ。

スピンオフは、親会社が持つ業界の専門知識を生かし、どこにビジネスチャンスがあるかを判断したり、自らの製品やサービスに市場が存在するかを確認したりできる。より多くの実績を効率よく積んだ上でVCにアプローチをすることも可能。将来の業績の予測もしやすい。VCにとって、スピンオフは魅力ある投資先だ。

企業全体の士気を向上させるイントラプレナーシップ

企業がイントラプレナーを将来的にスピンオフさせるメリットは数多い。

イントラプレナーシップを通して、企業側は社内に存在する問題を発見・解決することができる。イノベーションのおかげで競走上、優位に立つことができ、収益は上がり、成長を遂げる。これには、従業員の勤勉さも大きく影響する。起業家精神を持つ従業員は熱心に仕事に取り組み、ほかの従業員を刺激し、モチベーションを上げ、企業全体の士気を向上させる。

活気ある職場環境は新たに優秀な人材を雇おうというときに役立つ。また、創造性に富んだ従業員はこの環境に満足するので、ほかの企業に移ることもなく、社内に残る。イントラプレナーシップでの活動を見れば、将来そのリーダーになるにふさわしい従業員が誰なのかを割り出すこともできる。

一方で、デメリットがあることも否定できない。イントラプレナーシップが社内にもたらす変革についていけない、ついていこうとしない従業員や上層部がいる可能性がある。

ビジネスの中核にイントラプレナーシップを構築しようという企業を支援する、米国の有限責任会社コーポレート・アントレプレナーズによれば、上層部のイントラプレナーに対する理解不足も問題だという。上層部の中でイントラプレナーの精神を持つ人はわずか4%だそう。リスクを嫌い、変革に抵抗する従業員や上層部の存在は、社内の調和を乱し、企業としての成長を妨げる。

「変革」は最も理解されていないマネジメント手法の1つであると、コーポレート・アントレプレナーズはいう。取り組みもむなしく、60~70%の確率で企業が社内変革に失敗していることは、多くの研究で明らかになっている。

イントラプレナーだけでは、イノベーションは成功しない

革新的なイノベーションを開発し、育て、拡大していくのは、イントラプレナーだけでは不可能だといわれている。「イノベーション・マネジメント・システム」と呼ばれる、全社的な体制づくりの必要性があるのだ。

『ビヨンド・ザ・チャンピオン』を共著したアンドリュー・C・コーベット氏は、「フォーチュン100」に選ばれた企業を実際に訪れ、600以上のインタビュー調査を行った。その結果、イントラプレナーはアイデアを管理し、優先順位をつけ、検証するというプロセスに支えられていなければ、画期的なイノベーションを生み出し、市場に送り出すことはできないことが判明した。

コーベット氏は、「ハーバード・ビジネス・レビュー」に、「ミス・オブ・イントラプレナー(イントラプレナーの神話)」というタイトルで寄稿している。

そこで氏は、「優秀な人材を採用しても、企業内を何も変えないまま、『うまくいきますように』と願っているだけでは成功しない。企業全体で、イノベーションを専門化・制度化するための戦略が必要だ。これが、企業の将来に貢献する、画期的なイノベーションを育成するための唯一の方法だ」と指摘する。イントラプレナーというヒーロー1人では、イノベーションを生み出すことはできない。

イントラプレナーはスーパーヒーローではない。頼り切りでは、イノベーションは創出できないのだ。企業自体も協力し、体制を整えてこそ、将来の成功がある。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit