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10月10日は「世界メンタルヘルスデー」。メンタルヘルスへの理解を深める「シルバーリボン運動」の一環として、銀色にライトアップされた東京タワーを目にした人もいるかもしれない。
メンタルヘルスに問題を抱える人は世界中で増加しており、失業や休職を伴ったり、長期にわたることも少なくない治療を要する人びとをどのようにサポートするか、各国政府は模索している。
フランス政府が取り組むメンタルヘルス治療アクセス改善
欧州では先日、仏マクロン大統領が、来年から始まるメンタルヘルス関連施策の一環として、2022年に5,000万ユーロ、2023年にはさらに1億ユーロを投じて、メンタルヘルス治療費の一部を政府が負担。また、関連する研究に8,000万ユーロを投資すると発表した。
フランスといえば、福祉や医療に手厚いサポートがあるイメージがあるが、これまでメンタルヘルス治療は地域、施設によって例外はあるものの、一部または全額が自己負担となり、特にカウンセリングに関しては自由診療に委ねられる部分が大きかった。
しかし、今回の施策により、3歳以上の国民は、一定回数のカウンセリングを無料または一部負担のみで受けられるようになる。
そのねらいは、主に学生や失業者といった、経済的理由で医療へのアクセスに困難を抱える可能性の高い人たちに、なるべく早い段階でメンタルヘルスの治療へのアクセスを保証すること。
さらに、治療費用の法定化によって、精神医療従事者の収入の安定化をはかり、予約まで何カ月も待たされるような状態を改善することも期待されている。
イギリスやドイツ、欧州各国で進むメンタルヘルス治療の無償化
このフランスの取り組みは先進事例というわけではない。欧州で広まりつつある、メンタルヘルス治療を無償化し、アクセスを改善する各国のプロジェクトに続くものだ。
イギリスでは、国民保険サービス、通称NHSによりメンタルヘルス治療は無料で受けることがすでに可能。
2008年に始まったIAPT(Improving Access to Psychological Therapies:心理療法へのアクセス改善)プログラムは、特に成人の不安障害とうつ病治療の改善に焦点を当てたもので、2024年までに年間190万人の成人がトーキングセラピーなどの治療を受けられるようにサービスを拡大している。
ドイツにおいても、すべての精神疾患や障害に関して、行動療法など3種類のカテゴリーに分類される心理療法に原則として限定されてはいるが、法定健康保険が診察費や治療費を全額カバーしている。
厳格なロックダウンによるメンタルヘルスへの影響
フランスがメンタルヘルス治療の支援にようやく本腰を入れ始めたのは、政府のこれまでの取り組みの不十分さを、コロナ禍で直視せざるをえなくなったからだろう。
パンデミックによる打撃を欧州で最も大きく受けた国の一つであるフランスでは、これまで3度の厳しいロックダウンが行われ、ほんのわずかな時間しか外出できない状態が長く続いた。
その間に募る孤独感や不安感は多くのフランス人にとって耐え難いものだったが、一方で、メンタルヘルスをサポートする体制は十分とはいえなかった。
昨年3月、3,000人のフランス人を対象に行われた調査では、通常の2倍にあたる回答者の10%が「過去1年間に自殺願望を持った」と回答。また、不安や抑うつの訴えも多く報告された。
また、初回のロックダウン後に公衆衛生機関「Santé publique France」が行った若年層を対象にした調査では、3分の1近くの回答者が入眠困難を訴えていた。
これを受け、フランス保健当局は昨年、軽度から中等度のメンタルヘルスの問題を抱える国民が、20回まで無料で診察を受けられる4年間の試験的な取り組みを、4つの行政区でスタート。今年に入ってからは、3歳から17歳までを対象とした同様の取り組み「chèque psy」を全国的に開始している。
メンタルヘルス医療へのアクセス改善、課題は山積
メンタルヘルス治療の無償化の流れは、治療へのアクセスを改善するための一歩にすぎず、他にも課題は山積みだ。
前述したフランスの取り組み「chèque psy」は、開始から2カ月間で905人の学生しか利用しておらず、費用以外の面でも解決すべき課題があることが伺える。
その課題の一つは、初診を受けられるまでの長い待ち時間だ。ドイツではメンタルヘルスの治療を始めるのに、数週間から数カ月かかることがあり、イギリスでも、最長18週間の待ち時間、カウンセリングの場合は1年以上待たされることもある。
また、メンタルヘルスの治療を受ける人に対するスティグマも、適切な治療へのアクセスをはばんでいる。
例えば、アメリカでも、精神疾患を持つ人の半数以上は治療を受けていないが、それは高額な医療費だけが理由ではない。米国精神医学会によると、「精神科の治療を受けることで差別を受けるのではないか、仕事や生活を失うのではないか」という不安から、患者は治療へのアクセスを避ける傾向があるという。
若年層の死因1位が自殺、先進国では日本だけ
もとより自殺やひきこもりを重大な社会問題として抱える日本においても、メンタルヘルスの問題は深刻さを増しており、政府による積極的な取り組みが期待されている。
2011年より、がん・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病と並び、五大疾病の一つとして位置づけられている精神疾患は、実はこの5つの疾患のなかで患者数が最も多く、2017年のデータでは、糖尿病患者数が約330万人だったのに対し、精神疾患患者数は420万人と上まわっていた。
諸外国と同様、コロナ禍で国民のメンタルヘルスはさらに悪化し、2020年の自殺者数はリーマン・ショック以降、11年ぶりに増加。特に女性や若年層の自殺が目立っており、若年層の死因1位が自殺なのは、先進国では日本だけという。非常事態と呼んでいい状況となっている。
日本でも求められるメンタルヘルス治療へのアクセス改善
諸外国と比較し、抜群のアクセスを誇ると言われることの多い日本の医療だが、メンタルヘルスの治療に関してはどうだろうか。
費用負担に関しては、精神科の施設で治療を受ける場合、入院費をのぞく医療費の一部を支援する自立支援医療(精神通院医療)制度や、医療費(入院費含む)が高額になった場合、後日払い戻しを受けられる高額療養費制度といった、治療費を一部負担するサポートが充実しており、初診の待ち時間も欧州と比べると短い。
しかし、このところは、コロナ禍でメンタルヘルスが悪化する人びとの増加や感染対策などの影響を受け、初診までの待ち時間が1カ月を超える状況も生まれており、なんらかの対策が求められている。
費用負担についても、医師の診断書が必要な中・長期的な治療をサポートする現状の制度に加え、学生や求職中の人びとなど、初診の費用が心理的なハードルとなる人たちを支援する取り組みも必要なのではないだろうか。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)