脅威の高まりと国民の防衛意識

最近日本のニュースメディアでも「対中包囲網」や「AUKUS」など安全保障関連の報道が増えており、日本国民の間でも国家防衛に対する意識が高まっている印象を受ける。

これは世界の趨勢を反映する動きでもあり、今後さらに加速・拡大することが見込まれる。

国民国家における国防意識の高まりは、スタートアップの世界にも影響を及ぼしつつある。国家防衛をミッションとする防衛スタートアップが登場、また政府主導で防衛スタートアップ向けの投資スキームが整備されているのだ。

以前、北大西洋条約機構(NATO)が中国やロシアの軍拡に対抗するために、防衛に転用可能なテクノロジーを開発するスタートアップの育成を目的とした投資ファンドを開設し、計10億ユーロ(約1300億円)を投じる計画を発表したことをお伝えした。

これは、AI、ビッグデータ、量子コンピュータ、バイオテクノロジー、超音速飛行などの分野で、スタートアップによるイノベーションを推進しようという試み。既存の防衛産業では、こうした新領域におけるイノベーションは難しくなっているとの認識から、スタートアップによるイノベーションを支援する格好だ。

米国防総省、防衛スタートアップに1600億円投入

この動きは米国でも加速している。

ブルームバーグのデータによると、米国防総省の民間企業に対する発注額は2020年に史上最高額の4450億ドル(約48兆円)となった。2016年の3070億ドルから45%の増加だ。

米国防総省から受注するのは基本的には、ロッキード・マーティンなどの大手5社だ。発注額4450億ドルのうち最大を占めたのは1547億ドルの米海軍。海軍からは「F35ライトニング」などの調達でロッキード・マーティン社に239億ドル、また「バージニア級原子力潜水艦」関連で90億ドルの契約を発注している。

興味深いのは、大手5社以外に発注される小規模発注の件数が過去最高になった点だ。シードファンディングを求めるスタートアップなど1635社に対し、計15億ドル(約1642億円)の発注が実施されたのだ。1社あたり約1億円の計算となる。

国防総省は「National Security Innovation Capital(NSIC)」という防衛テック向けのベンチャー投資スキームを開始しており、このスキームを利用すれば防衛テック市場に参入したばかりのスタートアップでも最大3万ドル(約3億3000万円)の受注契約が可能となってる。

ビジネスメディアFastCompanyは、米国におけるこうした動きはAIや量子コンピュータなど民間テクノロジーの軍事転用を急速に進める中国とロシアを意識したものであると指摘

米国務省のドキュメントによると、中国では「Military-Civil Fusion(軍民統合)」と呼ばれる戦略が進行中だ。

この軍民統合とは、軍事技術開発における民間と軍事産業の障壁を取り払い、イノベーションを加速し、2049年までに人民解放軍を世界クラスの軍隊にしようという試み。米国務省によると、中国はこの戦略で軍事的優位性を確立するため、国内における研究開発投資に加え、海外では先端テクノロジーの買収や窃盗を続けているという

時価総額5兆円以上、中国のスパイ活動を見破った米防衛スタートアップ

防衛テックや防衛スタートアップと聞いてもピンとこないかもしれない。どのようなテクノロジーやスタートアップが存在するのか、具体例を見ていきたい。

上記FastCompanyの防衛スタートアップ記事の中で、成功例の1つとして紹介されているのがビッグデータ解析のPalantir Technologiesだ。

ペイパルの共同創業者で日本でもよく知られる起業家ピーター・ティール氏らが2003年に設立。Palantirのツールは、米国情報機関が対テロ分析で利用しているほか、ヘッジファンドなどの金融機関でも利用されるなど、防衛分野と民間の両方で広く使われている

2009〜2010年にかけては、カナダ主導で実施された情報戦プログラム「Information Warfare Monitor」でPalantirのツールが利用され、中国のネットスパイ活動「ゴーストネット」や「シャドーネットワーク」を検知したといわれている。

ゴーストネットは103カ国・1295台のコンピュータをターゲットにしたネットスパイ活動。ダライ・ラマ氏のオフィスやNATOのコンピュータが狙われていた

Palantirは2020年9月に上場。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、IPO直前の推定評価額は410億ドル(約4兆4887億円)。2021年9月22日時点の時価総額は538億ドル(約5兆8901億円)だ。

VRヘッドセット「オキュラス」の創設者パルマー・ラッキー氏の防衛テックスタートアップAnduril(2017年設立)も注目株の1つ。

同社はAIとドローンを活用した監視・防衛システムを開発。直近では2021年6月にラウンドDで4億5000万ドル(約492億円)を調達し、評価額は46億ドル(約5000億円)に増加した

平和な福祉国家というイメージが強いスウェーデンでも、近年活発化するロシアの拡張主義に備え、2021〜25年の防衛予算を40%増やす決定を下したところ

中国やロシアの脅威に直面する日本も防衛テックやスタートアップ育成という視点から、防衛能力の強化を模索してもよいのかもしれない。

[文] 細谷元(Livit