NATO、防衛テックスタートアップに1300億円投資

FinTechやEdTechなど、各業界におけるテクノロジーの開発/融合を指す言葉を見聞きする頻度が増えている。次はどの業界のテクノロジー化が盛り上がるのか注目している人は少なくないだろう。

欧州では「DefenceTech(防衛テック)」への関心が高まる可能性がある。

欧米諸国を中心とした軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)が防衛・軍事に転用可能なテクノロジーを開発するスタートアップの育成を目的とした投資ファンドを開設し、計10億ユーロ(約1300億円)を投じる計画を明らかにしたのだ。

これは「the Defence Innovation Accelerator for the North Atlantic(DIANA)」と呼ばれるプログラムで、NATOがこのほど発表した最新アジェンダ「NATO2030」の一環で実施されるものだ。現在、枠組みやルールづくりが実施されており、2023年からの運用が計画されている。

以下では、NATOが防衛テックスタートアップの育成を目指す背景に触れつつ、注力分野など同プログラムの詳細をお伝えしたい。

NATO、中国の軍事投資拡大を危険視

NATOとは、ソビエト連邦共産圏に対抗するために米国や西欧諸国を中心として1949年に結成された軍事同盟だ。当初の加盟国は、米国、カナダ、英国、フランス、イタリア、ポルトガルなど12カ国であったが、その後スペイン、旧ソ連圏が加盟し現在は30カ国に拡大。本部はベルギー・ブリュッセルにある。

その名が示す通り、基本的には北大西洋を隔てる北米と欧州の軍事同盟であるが、アジア諸国を含め世界的にその影響力を拡大している。2018年に在ベルギー日本大使館にNATO日本政府代表部が開設されるなど、日本との関わりも深化しつつある。

1991年のソ連の崩壊以降、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボ紛争に関与することで存在意義を示してきたNATO、現在その脅威対象は急速な軍拡を進める中国に向いている。2021年6月に発表された新アジェンダ「NATO2030」にそのことが明記されている。

NATOが危険視するのは、中国が国を挙げ軍事テクノロジーの開発を急ピッチで進めているという点だ。特に、AIやバイオテクノロジー、宇宙関連テクノロジー分野が危険視されている。

この文脈で登場したのがDIANAだ。

このプログラムでは7つの注力分野が設定されており、その分野のテクノロジー開発を行うスタートアップに資金を投じていく注力分野は、AI、ビッグデータ、量子コンピュータ、自律制御、バイオテクノロジー、超音速飛行、宇宙。

アーリーステージやシードステージの企業に対し、年間約7000万ユーロ(約91億円)を上限に15年間に渡り投資を行う計画だ。また、信頼できるベンチャーキャピタルからの投資も募る考えという。

今回、NATOが独自にベンチャーキャピタルプログラムを実施する背景には、軍事産業ではイノベーションを起こすことが難しくなっているという危機感があるようだ。

Siftedによると、NATOのデビッド・ヴァン・ウィール氏は、30〜40年前は軍事産業の中でイノベーションを起こすことができたが、今では軍事産業内でイノベーションを起こすことが難しいと指摘している

NATOのVC、CIAが資金投じる米国の防衛テックVCを踏襲か?

NATOのベンチャーキャピタルプログラムDIANAの運用開始時期は2023年。現時点でその具体的な内容はまだ決まっていない状態だが、米国で実施されてきた同様のベンチャーキャピタルによる取り組み「In-Q-Tel」のような形になるのではないかとの見方が有力視されている。

In-Q-Telとは、ロッキードマーティン社のCEOだったノーマン・オーグスティン氏が1999年に立ち上げたベンチャーキャピタル会社だ。

主にCIA向けの諜報活動用テクノロジーに特化したベンチャーキャピタル。法律上はいかなる米国政府機関からも独立した存在とされているが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、2016年にはCIAや国防総省から少なくとも1億2000万ドル(約130億円)が投じられていたという。同紙は「CIAのベンチャーキャピタル」という言葉を使用しており、実質的に米国の防衛テックVCとして機能しているようだ。

In-Q-Telは、米国拠点かつデータ分析テクノロジーを開発するスタートアップや研究者に積極的にアプローチ。ワシントン・ポスト紙によると、そのようなスタートアップや研究者は、ほぼ必ずIn-Q-Telから電話を受けるか、In-Q-Telのウォッチリストに入っているという

法の秩序が守られ、戦争がない状態が続くのが理想だ。防衛テックへの投資拡大で、どのような防衛・抑止システムが登場するのか注目していきたい。

[文] 細谷元(Livit