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ロンドンを本拠地とし、世界各国で会計、税務、コンサルティングなどのプロフェッショナル・サービス事業を展開するサービス企業、アーンスト・アンド・ヤング(EY)。日本においてはEY Japanを中核とし、EY新日本有限責任監査法人、EY税理士法人、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社など、10の法人が相互に連携しながら、クライアントの課題解決と成長を支援している。
2021年7月、EY Japanは、顧客企業の題決を支援 し、イノベーションを促進するための体験を提供する環境として、「 EY wavespace™ Tokyo」を新たに拡張オープンした。
この拡張オープンは、従来のオフィスの一部を全面改修し、自社オフィスを顧客企業との「共創の場」として新たに位置づけたもの。同社はこの改修の目的について、「リアル空間とバーチャルのハイブリッドでイノベーション創出体験を提供する体制を構築すること」と説明している。
新型コロナウイルスの感染拡大により、経営課題の複雑性や不透明性は増している。その一方、リモートワークが浸透し、以前に増して柔軟なワークスタイルやそれに対応した環境の整備が求められている。そこでEY Japanは自社オフィスの一部を、顧客企業との「共創の場」として位置づけ、顧客企業のイノベーションやデジタルトランスフォーメーションの実現を支援するために、「EY wavespace™Tokyo」を拡張オープンしたのである。
今回の拡張オープンにあたり、同社は2021年7月6日、『ニューノーマルスタンダード時代のイノベーションハブ「EY wavespace™ Tokyo」拡張オープニングセレモニー』を開催。ゲストにJAPAN CRAFT SAKE COMPANY CEOである中田英寿氏を招き、「日本酒×ブロックチェーン」の現在と将来性などを語るトークセッションも行った。
「 Studio-X」など、リアルとオンラインによる情報発信を推進
セレモニーの第1部では、まず、2021年7月にEY JapanのCEOに就任した貴田守亮氏が、「 EY wavespace™ Tokyo」について紹介した。貴田氏は、「EY Japanは従来、監査、税務、ストラテジー&トランザクション、コンサルタントの4つの柱で事業を展開してきました。しかしコロナ禍の影響で、職員のリモートワークが進み、オフィスに集まることが難しくなりました」と現状を解説。そのため、活発な議論やイノベーションの機会を生み出す場が必要との考えから、「EY wavespace™ Tokyo」を拡張オープンした。
貴田氏は「EY wavespace™ Tokyo」の機能として、ニューノーマルスタンダードに対応した情報発信やコラボレーション 環境を解説。AIカメラと大型 4Kディスプレイを備えたスタジオ設備「 Studio-X」を新設 し、リアルとオンラインによる情報発信を推進することを述べた。
続く第2部では、チーフイノベーションオフィサーの松永 達也氏が登壇し、「wavespace™ 」は現在、世界 26カ所のフラッグシップ拠点、 30のサテライトを有しており、それぞれの拠点が AI、 IoT、ブロックチェーン、ロボティクスなどの専域を持ちながら連携していることを説明。特に「EY wavespace™ Tokyo」は、アジアパシフィックエリアで初めて開設された拠点として、EY Japanの知見やノウハウを新たなアセットとして開発する組織である「クライアント・テクノロジー・ハブ」と連携を進めていくことを述べた。
JAPAN CRAFT SAKE COMPANYが日本酒の常識を変えた
そして第3部では、既出のお二人に加え、JAPAN CRAFT SAKE COMPANY CEOである中田 英寿氏を交えたトークセッションを開催。中田氏が推進する「日本酒×ブロックチェーン」の取り組みや、将来的な可能性などについて話を進めた。
中田氏はサッカー選手を引退後、世界各地を訪ねながら、自己を探究した。そのなかで、「もっと日本を知るべきだ」と自覚。7年以上もの年月をかけて日本全国を訪ね歩きながら、各地の文化、伝統、農業、モノづくりに直接触れた。そんななかで体感したのが、「世界に誇れる日本の文化や技術を世界に発信することの重要性」だった。
特に中田氏が着目したのは、海外でも人気が高く、日本が世界に誇れる伝統産業である「日本酒」だ。
「かつては、国内に5000から6000の酒蔵があり、住んでいるところの近くに酒蔵がある、という状態が当たり前でした。そのような状態では、近くの酒蔵のことを地元の人はよく知っており、地元でお酒が消費されていたため、外に向けて情報を発信する必要はありませんでした」
しかし流通が発達すると、製品と情報が遠くに届けられるようになり、物流と情報が分かれてしまった。さらに、海外でも日本酒が販売されるようになると、外国人はお酒のラベルを見ても、名前が読めない。読めないものを買おうと思う人はほとんどいない。
「そこで、情報をどう扱うかを考えたき、思い浮かんだのが、アプリ『Sakenom』の開発でした」と、中田氏は、JAPAN CRAFT SAKE COMPANYの歴史について振り返る。
早速、中田氏が取り組んだのが、情報課題を解決するための日本酒アプリ「Sakenomy」の開発だ。これは、銘柄や酒蔵の名前で検索すると、味わいの特徴やおすすめの飲み方はもちろん、美味しく飲むための酒器からフードペアリングまでがわかるもの。ユーザーにレビューやフレーバーチャートも付き、自分の好みに合ったお酒を探せるようになっている。
生産社のリスク削減にも役立つブロックチェーン
その後もコールドチェーン構築による流通課題の解決など、画期的な取り組みにより、日本酒業界の国内・国外での繁栄を多岐にわたってサポート。さらに、中田氏が意欲を持って取り組んだのが、ブロックチェーンによるトレーサビリティの実現だ。
「ビットコインというものが出たときに、この技術は製品と情報を信頼できるデータとして結びつけ、消費者の元へ届けることに使えると思った」と、当時のことを振り返る中田氏。
「ワインも日本酒も、同じ銘柄でも、実際に飲んでみると味が全く違うことがあります。これは、生産者から出荷されて、消費者の元に届くまでの保管状態がバラバラなため。しかし、ブロックチェーンの技術を使えば、どこで、何日間、何度で保管されていたのか、すべてがわかります。ブロックチェーンによりトレーサビリティを実現することは、日本酒の価値を最大化するために役立つと思いました」
さらに、味覚の面だけでなく、マーケティングや生産者のリスク削減という面でもブロックチェーンはおおいに役立つ。
「酒蔵は、前年の出荷数などを元に原料の仕入れを行うので、常に先行投資が発生しています。いってみれば、常にリスクを背負っている状態。しかし、海外のディストリビューターやレストランも巻き込んでブロックチェーンを活用すれば、どのレストランに何本入荷して、何本売れたか、皆で状況を把握できる。さらに、各国の各レストランで、どんな料理にどの日本酒が合わせられ、どんな味が好まれているのかまで、細かくわかる。『在庫が少なくなってきたら出荷をする』といったことが可能になれば、酒蔵にとっては機会損失を減らすことができ、また、コストの削減にもつながるでしょう」
「Sakenomy」で消費者にとってわかりやすい日本酒のデータベースを提供するとともに、コールドチェーンとブロックチェーンで日本酒の流通販売を管理する。これにより、世界規模で日本酒の流通データを把握できるようになり、たとえば、海外に進出したいと考えている酒蔵に対しても、きちんとしたマーケティングデータと販売ルートを提供することができるのだ。
次なる一手は「お茶」
中田氏が現在、日本酒の次のプロジェクトとして目下取り組んでいるのは、「日本茶」のブランド化だ。
「国内でも、ペットボトルのお茶はよく売れていますし、商品名を知っている人は多いと思います。しかし、茶葉のブランドを知っている人は少ない。コーヒーと違い、食事中に飲めるのがお茶の強みですし、水出しをすると、『テアニン』という旨み成分が強く出て、食事に合うお茶になります。しかし現在、お茶の需要はあるはずなのに、生産地である日本や中国のお茶の銘柄はほとんど知られていない。だから私たちは、今度は日本茶をブランド化して、世界に進出していこうというプロジェクトを考えています」
一度、日本酒を通して構築した仕組みは、お茶など他の製品にも応用できる。次なる「お茶プロジェクト」でも、もちろん、ブロックチェーンの仕組みを使用する考えだ。
そもそも中田氏が活用しているブロックチェーンは、EY JAPANが準備した日本酒のトレーサビリティシステム「SAKEブロックチェーン」だ。そしてこの大元は、EYが提供する「ワイン・ブロックチェーン」である。
2018年より EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングは、ブロックチェーンを活用し、商品バリューチェーンを管理する「ワイン・ブロックチェーン」の実証実験を日本で始めたが、貴田氏によれば、元来、この仕組みはイタリアのミラノで開発されたものだという。
開発当時は、偽造ワインの流通を阻止することが目的だった。なぜなら、ワインは消費者に届くまでに多様な業者が介在しているため、偽造品が紛れ込んだり、劣悪な保管環境によって品質が劣化したり、といった問題が後を絶たなかったからだ。一説では、年間1~5億ドルの偽造ワインが流通していたとされている。
そうした状態を改善すべく、ブロックチェーンを使ったワインのトレーサビリティが進められた。そのブロックチェーンの仕組みをアレンジし、日本用に体裁を整えたのが、今回、中田氏が活用している日本酒のブロックチェーンだ。
「自分たちには、アイデアはありますが、実際のノウハウはありません。その点、EYのシステムは各国の状況に基づいて開発されているため、さまざまな国の知見が盛り込まれています。国が変われば文化も法律も違います。そうした点でも、各国の現状を踏まえて開発されたEYのシステムは、当社のように、世界に進出していく企業には、非常に価値があるものだと思います」
中田氏は、EYのブロックチェーンについてそう語る。
今回、拡張オープンした「EY wavespace Tokyo」は、今後のさらなるイノベーションの拠点となるか。企業のイノベーションやデジタルトランスフォーメーションの実現を支援するためのイノベーションハブとして、「EY wavespace Tokyo」の可能性に注目だ。