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拡大する米国と日本の経済格差
世界トレンドは、経済力と軍事力を持つ強い国の意向が反映されるのが常だ。
現時点の世界最大の経済大国は米国。IMFの推計では、2021年米国のGDPは22兆6700億ドル(約2480兆円)に達する見込み。2位の中国は、16兆ドルと米国との差は6兆ドルある。
3位は日本で、GDPは5兆3781億ドル(約588兆円)。米国の4分の1ほどにとどまるとの予想だ。
世界銀行のデータによると、1995年米国のGDPは7.64兆ドルで世界トップだったが、日本は5兆4400億ドルで米国との差はわずかだった。当時、世界トレンド形成への日本の影響力は小さくなかったものと思われるが、現在は他国の追随もあり、日本の影響力は相対的にかなり弱くなっている。
つまり、現状日本を含めた各国は、この先の世界トレンドを予想する上で米国の意向を注意深く読み解く必要があるということだ。より具体的には、米国現政権であるバイデン政権が何を考え、どのような規模で投資を行おうとしているのかを知ることが重要となる。バイデン大統領が何を目指しているのか、同大統領の公式ホームページで明文化されている。
バイデン大統領が目指すのは米国を「クリーンテック超大国」にすることだ。その布石として「グリーンニューディール」を仕掛け、環境に関する取り組みや環境テクノロジーに膨大な投資を行っていくことが記載されている。
これまで一時的なバズワードとして扱われてきた「クリーンテック」「ESG」「SDGs」など環境関連の取り組みに本格的に資金集まってくることを示す文言といえる。
実際、クリーンテック投資に計10億ドル(約1100億円)を投じるアマゾンの「ベゾス・アース・ファンド」やアップルがこのほど発表した2億ドル(約220億円)の森林保護プロジェクト「リストア・ファンド」、イーロン・マスク氏による1億ドル(110億円)の二酸化炭素貯蔵技術コンテストなどは、そうした資金の流れの一端を反映するものだ。
ネットゼロやネットポジティブ達成に欠かせない「ブルーカーボン」
多くの資金がクリーンテックや環境取り組みに流入しつつある中、今特に注目を集めているのが「ブルーカーボン」だ。
ブルーカーボンとは、海洋生態系が吸収・固定する二酸化炭素のこと。地上の森林より二酸化炭素の吸収効率が高く、カーボンオフセットの観点から保全・再生する取り組みが増加している。
The BlueCarbon Initiativeによると、ブルーカーボンを吸収・固定するのは沿岸部の海洋生態系で、具体的にはマングローブ、海藻、沼地(氾濫原)の3つ。地球上にある沿岸部の面積は全海洋面積の2%に過ぎないが、沿岸部のマングローブ、海藻、沼地は、海洋に吸収される二酸化炭素の50%近くを吸収・固定しているという。
しかし現在、沿岸部の海洋生態系の破壊に伴い、そこに堆積していた二酸化炭素が大量に放出されており、温暖化を加速させる要因になっているといわれている。
たとえば、世界のマングローブは毎年2%ずつその面積を減らしている。地球上のマングローブ面積比率は0.7%と小さいものだが、森林破壊に伴う二酸化炭素排出に占める割合は10%に達するという。
また海藻も海洋に占める面積比率は0.2%だが、海洋全体が吸収する二酸化炭素のうち10%を吸収している。この海藻も毎年1.5%ずつ面積を失っており、現在までの累計損失面積は30%に達した。
これらマングローブ、海藻、沼地の重要性が少しずつ知られるようになり、大手企業や国・地方自治体で保全・再生を進め、排出権取引につなげる取り組みが増えているのだ。
アップル、P&G、グッチなど大手企業が続々参入するブルーカーボンプロジェクト
ブルーカーボンの重要性に気づき、いち早く取り組みを始めた企業の1つがアップルだ。
アップルは2018年、環境保護団体コンサベーション・インターナショナルと共同で、コロンビア・シスパタベイにあるマングローブ再生プロジェクトの開始を発表。2万7000エーカー(約109平方キロ)のマングローブ林の保全・再生を通じて、100万立法トンの二酸化炭素を吸収する計画だ。
アップルに続きP&Gも2020年7月、フィリピン・パラワンにあるマングローブ林の保全・再生に乗り出している。同プロジェクトでは、11万エーカー(約445平方キロ)に及ぶマングローブ林の保全・再生を目指す。
2021年に入っても大手企業のブルーカーボン参入は続く。同年1月には、高級ブランドのグッチがホンデュラスのマングローブ林1万2350エーカー(約50平方キロ)の保全・再生プロジェクトの開始を明らかにした。
政府や地方自治体の取り組みも増えている。
オーストラリアのスコット・モリソン首相はこのほど、ブルーカーボンファンドを設立し、国内外のマングローブ/湿地帯保全・再生プロジェクトに資金を投じる計画を発表。政府主導の同ファンドには、3000万ドルが投じられる予定で、そのうち1900万ドルがオーストラリア国内のマングローブ保全・再生プロジェクトに、1000万ドルが太平洋地域のプロジェクトに、残りの100万ドルがカーボンアカウンティング手法の開発に充てられる。
このブルーカーボンファンドは、オーストラリア政府が2021年4月23日に発表した海洋保全100億ドルプロジェクトの一環で実施されるもの。ブルーカーボンや海洋保全プロジェクトは、太平洋諸国への影響力を高める外交ツールとしても期待を集めているようだ。
このほか福岡市が2020年9月、独自のブルーカーボン・オフセット制度を創設するなど、日本でもブルーカーボン関連の動きが出はじめている。
マッキンゼーは2021年1月29日のレポートで、世界中で「二酸化炭素排出ネットゼロ」を公約する企業の数は2019年の500社から2020年には1000社と2倍に跳ね上がり、これに伴い排出権取引需要も大きくなると指摘。同レポートの予測では、排出権取引市場は2030年に500億ドル(約5兆5000億円)に拡大し、その後2050年まで拡大速度をさらに加速させていく見込みだ。
CIAファクトブックによると、日本は沿岸の長さで世界6位に位置している。「ブルーカーボン」と「排出権取引」を活用することで、低迷する日本経済に何らかの刺激を与えることができるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit)