山梨大学大学院総合研究部発生工学研究センターの若山清香助教、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の鈴木智美研究開発員、量子科学技術研究開発機構、日本宇宙フォーラムなどからなる研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)を利用した生物学実験では史上最長となる5年10か月間ISSに保存したマウスのフリーズドライ精子から健康なマウスを多数作出することに成功したと発表した。
宇宙放射線に長期間被ばくした精子で受精した胚は、地上で同期間保存した精子で受精した胚に比べ、わずかに質が低下する傾向が見られたが、次世代には影響がなかったとのことだ。
実際に被ばくした宇宙放射線量と地上でのX線照射実験の結果を合せて考えると、理論上フリーズドライ精子は国際宇宙ステーションで約200年間保存できることになるという。
このような知見は、今後、月近傍有人拠点ゲートウェイにおける深宇宙環境での放射線研究などに向けた活用が期待されるとしている。
マウスなどの哺乳類は宇宙での飼育が難しく、これまで哺乳類の宇宙生殖実験はほとんど行われたことがなかったという。
そこで研究代表者らが開発した“フリーズドライ精子”を用いて、宇宙放射線が精子および次世代へどのような影響与えるのか調べる研究を、JAXAの「きぼう」船内実験室第二期利用(2009年)に応募。
フリーズドライ精子を用いれば、液体窒素を使わなくても国際宇宙ステーション(ISS)内で精子を長期間保存できること、小さくて軽いため打上げコストが安いこと、難しい実験を宇宙飛行士に依頼する必要がないことが同研究の強みだという。
同研究は「きぼう」搭載候補テーマとして選定後、宇宙実験を行うための様々な条件をクリアし、2012年に最終審査に合格、そして2013年にH-IIBロケットでISSに打ち上げられた。
4種類のマウス系統から合計66匹のオスマウスを用い、それぞれの個体から30本以上のフリーズドライ精子が入ったガラスアンプルビンを作製し、ロットチェックにより成績上位12匹を選んだとのことだ。
それぞれの個体のフリーズドライ精子は6グループ(箱)に分け、3箱は「きぼう」内の冷凍庫で9か月間(以降1年間保存とします)、2年9か月間(3年間保存)および5年10か月間保存し(6年間保存)、残りの3箱は地上保存区(対照区)として、JAXAの筑波宇宙センター内の冷凍庫で、宇宙保存用と同じ条件(同温度・同期間)で保存。
宇宙保存用の3箱は2013年8月4日にH-IIBロケット4号機/宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機で打ち上げられ、第1回の回収となる1箱目は2014年5月19日にアメリカのスペースX社のドラゴン補給船運用3号機にて地上に回収。
第2回目は2016年5月12日に同8号機で、第3回目は2019年6月4日に同16号機で回収。
また、フリーズドライ精子の放射線耐性の限界を明らかにするため、この実験と並行して地上で、フリーズドライ精子および新鮮精子にX線を0から30Gyまで照射したという。
結果、X線照射実験により、フリーズドライ精子のDNA損傷度は被ばく量が増加するにつれて増加したが、放射線耐性は新鮮精子に比べ非常に高く、最大で30Gyまで照射した精子からも産仔を得ることができたとのことだ。
これは新鮮精子の約10倍の耐性があることになるとしている。
次いで、ISSで6年間保存した精子の宇宙放射線被ばく量を、JAXAが開発したPADLES線量計(注5)を使って測定したところ、合計被ばく量は吸収線量869.8mGy(線量当量1302.9mSv)。
これはJAXAの筑波宇宙センターで保管した地上保存区(対照区)の約170倍の線量に相当。
フリーズドライ精子の宇宙保存の影響については、宇宙で3年間、および6年間保存した精子のDNAダメージを、地上で3年間および6年間保存した精子と詳細に比較。
その結果、細かいDNAダメージや受精能力については、宇宙3年間と宇宙6年間の間だけでなく、宇宙区と地上区の間にも全く差が見られなかったとしている。
しかし重度のDNA損傷を示す染色体分配異常は宇宙保存で増える傾向が見られたとのことだ。
次に宇宙保存精子を用いた受精卵の正常性について比較。
胚盤胞への発生率については全く影響が見られなかったが、宇宙で6年間保存すると若干、胚盤胞の細胞数が低下する傾向が見られ、またアポトーシス陽性細胞数が宇宙保存全体で増える傾向が見られたという。
同研究では宇宙で6年間保存した精子から合計168匹の産仔が生まれたが、いずれも外見は正常であり、網羅的遺伝子発現解析でも異常はみられなかったとしている。
一部のマウスについては性成熟後に交配し、健康な仔および孫が生まれることを確認された。
同研究は、宇宙でも保存精子を使った生殖が可能であることを初めて示したものだとしている。
同研究で明らかになったフリーズドライ精子の放射線耐性(最大30Gy)と、実際に被ばくした宇宙放射線量(0.41mGy/日)から、フリーズドライ精子はISSで理論上約200年間保存できることもわかったとのことだ。
フリーズドライ精子の技術を用いれば、2024年から建設が始まる月周回有人拠点「ゲートウェイ」内で深宇宙放射線の研究も可能になるとし、同研究者らはJAXAと共同で、ゲートウェイでの研究に採択されることを目指した予備実験を開始しているという。