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企業の経営者たちはすでに約1年間、パンデミックへの対応に多くの時間と労力を費やしてきた。
最新のEYによる長期価値およびコーポレートガバナンス調査で、欧州企業のCEOと経営幹部の59%が、「パンデミックは、長期的な成長に注力する企業の能力を試した」と回答した。Financial Times の2月末の記事『短期的な世界で長期的な見方をする方法は?』という投資家視点の記事でも、内容にオーバーラップする部分が多くある。
ビジネスと資本市場を正しいと思われる方向に舵を切るには、多くの短期的な圧力に抵抗する底力が必要だと、これらのレポートでは捉えられている。
今回は、パンデミックが引き起こした経営幹部層やステークホルダーへの影響と、不穏なリスク下でも長期的な成長を支える企業のガバナンスや組織構造を紹介する。
コロナ危機が引き起こした経営者への混乱
コロナパンデミックはこの1年間で、長期的な価値創造に焦点を当てる企業の取り組みを弱体化させ、経営者間でも意見の違いを引き起こした。
それが分かる統計として、EYによる長期価値およびコーポレートガバナンス調査では具体的に、
- 欧州企業のCEOと経営幹部の半数以上(59%)が、パンデミックが財務に与える影響を鑑みながら、長期的な成長に集中する能力を試された
- そして彼らの過半数(60%)が、短期的な危機対応と長期的な投資のバランスをとる方法について、経営層内で意見の大きな違いがあった
と述べたという結果が出た。
各国が緊急事態宣言、さらに厳しいロックダウンを決行し、国境をも封鎖した。市場が下落し、経済の落ち込みに関する残酷な予測を見たとき、経営者たちは、この短期的な深刻なプレッシャー下で「来月も自社はもつのか、どうか?」と本気で悩んだ。
これは、従業員を含むすべてのステークホルダーの利益のために会社を経営することを数か月前に約束したアメリカCEO181人が、コロナ危機によってその数カ月後、無残にもこの嵐を乗り切るために人員を大幅に削減しなければならなかった事実にも、色濃く表れている。
独立行政法人労働政策研究所によると、日本でも完全失業率が2021年1月では男女計2.9%と、コロナが発生した2020年初期と比較して約0.7%増加していることがグラフでも分かる。経営者たちは短期的な財務赤字を減らすために、人員削減に踏み切ったとも言える。
パンデミック下でステークホルダーが企業に求めたのは戦略的で長期的なアプローチだった
従来の企業では、株主に対する短期的な義務は明確で、それは株価を上げることだった。ただ四半期ごとの収益予測を出すことには代償も伴う、とサラ・ウィリアムソン氏は警鐘を鳴らす。
彼女はマッキンゼーが主体となる長期経営推進イニシアチブ団体のCEOであり、「ある幹部や企業が、来四半期は1株1.27ドルから1.30ドルに上げると言った場合、彼らはその数字を作る義務を感じる。そして彼らが成功しない場合、何度も目にするのは、通常人件費や研究開発費を削減するという、簡単なことから着手してしまうということだ」とその弊害を語る。
世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主であり、日本でも「伝説の投資家」で有名なウォーレン・バフェット氏も、事実、2018年に四半期の決算報告(特に収益予測)は、「短期的な利益へとつながる不健康な焦点」の起因となるとして、嘆いている。
では、コロナ危機で株主をはじめとするステークホルダーが懸念したのは、株価の低落だったのだろうか?
答えはNOである。Financial Timesの『短期的な世界で長期的な見方をする方法は?』の記事によると、ウェリントン・マネジメントの持続可能な投資の担当ディレクターであるウェンディ・クロムウェル氏は、「投資家は、四半期目標を上回るか逃すかの質問の代わりに、コロナ危機が戦略的(中長期)計画にどのように影響したか、そしてコロナが過ぎた後にどのような機会を生じる可能性があるかという、より戦略的で長期的な質問を企業に尋ねている」 という。
投資家がパンデミック下で目を向けたのは、その企業の四半期決算の上下ではなく、むしろその企業が持続可能な価値を構築するための、長期的なアプローチを知りたがったのである。
持続可能な成長を支える長期的なアプローチの鍵:組織構造とガバナンス
そのためEYレポートでは、取締役会は短期的リスクおよび長期的成長のバランスをとるために、5つのガバナンス関連分野に焦点を当てることを奨励している。
- 属性:スキル・人種やジェンダー・価値観など取締役会のダイナミクス
- リスク:リスクガバナンスと監視
- (役員)報酬:長期的な価値と環境・社会・ガバナンス(ESG)主導の指標の中心的な役割に焦点を当てることを奨励する報酬決定方法
- エンゲージメント:主要なステークホルダーを定義し、フィードバックの循環を含む、両者(企業とステークホルダー)を直接結ぶエンゲージメント戦略
- 信頼性:長期的な価値目標および主要業績評価指標(KPI)に対する進捗状況に関する、明確な説明責任を備えた透明性と信頼性の高いレポートの開示
1の属性は、様々なステークホルダーを理解するために多様な価値観を持って考えることの大切さ、2のリスク管理は、長期的に存在するリスクと成功の関係性をよりよく理解するために、リスク評価と管理能力を改善する必要性を説明している。
3の報酬に関しては、Financial Times では、デンマークのバイオテクノロジー企業であるノボザイムズを例として紹介している。
同社では、持続可能性をビジネスおよびイノベーション戦略に統合する責任を負う新しい企業持続可能性委員会を設立している。そして、経営幹部の長期的な報酬の5分の1を、持続可能性の目標に結びつけている。
同誌の読者は、そのような長期的な目で見る給与戦略が、より一般的になることを期待しているという。
4は企業にとっての主要の利害関係者、そして間接的な利害関係者すべてを挙げ、彼らにとってなにが重要であるかを理解することから始まり、PDCAで改善をまわしていく重要さを説明している。
そして最後の5では、長期的な価値指標に対する効果的で信頼性の高いレポートが、説明責任の鍵となることを伝えている。
加えて、前述の短期的な四半期決算に対するプレッシャーに対し、ウィリアムソン氏は構造的な改革も提唱する。
それは、各四半期の業績を、次の四半期(3カ月、6カ月、9カ月、そして通年)において構築を目指すものに基づいて報告する「累積レポート」と呼ぶもの。規制当局に定期的に報告すべき透明性を保つと同時に、短期的な行動を助長する四半期ごとの比較を回避できるからだ。
持続的な成長に注力できる企業とは、誠実に、長期的に、ステークホルダーに本当の「価値」を与えられる企業である。パンデミックは意外にも、株主などステークホルダーに企業の真意を求める機会となった。
日本の企業も、ステークホルダーに支持され、長期的に成長するために、5つの組織構造とガバナンスの指標を取り入れてみてはいかがだろうか。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)
参考
https://www.ey.com/en_gl/long-term-value/sustainable-corporate-governance
https://www.ft.com/content/5bc1580d-911e-4fe3-b5b5-d8040f060fe1
https://longtermstockexchange.com/listings
https://maonline.jp/articles/long-term-stock-exchange
https://www.ft.com/content/e61046bc-7a2e-11e8-8e67-1e1a0846c475