「スーパーヒーロー」「スーパーヒロイン」といって思い浮かぶのは、どのキャラクターだろうか。スーパーマンだろうか、ワンダーウーマンだろうか、はたまたスパイダーマンか、アベンジャーズか。これら超人たちは誰もが、「弱きを助け、強きをくじく」を実践している

しかし、2014年にコミックブックの主人公として誕生した、インド初のスーパーヒロイン、プリヤの使命は勧善懲悪だけではない。読者に「メッセージ」を伝えることも重要な使命だ。

最新作では新型コロナウイルスの予防に役立つと、私たちの日常生活にすっかり定着したマスクを中心にストーリーが展開する。ここでのプリヤのメッセージとはなにか? 世界中にはたくさんのスーパーヒーロー、ヒロインがすでにいる中で、プリヤはなぜ誕生したのだろうか?

インド初のスーパーヒロインはレイプの被害者

米『ウォールストリートジャーナル』紙が、「女性に対する暴力を阻止する闘いのために、インドでは新たな武器が登場した――それはコミックブックだ」と評したのが、プリヤを主人公としたコミックブック、『プリヤズ・シャクティ(強み)』というシリーズだ。

第1作目では、プリヤが女性の強い味方であるスーパーヒロインになるいきさつが語られている。タイトルは、シリーズ名と同じ、『プリヤズ・シャクティ』。プリヤはインドに住むヤングアダルトだ。

どこにでもいる、ごく普通の女性に見えるが、実は違う。プリヤはレイプの被害者なのだ。ヒンドゥー教のシヴァ神とその神妃パールヴァティーの助けを得て、スーパーヒロインになった。女性に対して暴力をふるう悪党たちを相手に戦う、強い女性だ。

第2作目はアシッド・アタック、第3作目は人身売買と、いずれも社会的スティグマになっている女性に関わる問題を取り上げる。プリヤはこれら問題を解決すべく、空飛ぶトラに乗り、東奔西走する。

世界中にはびこる、性とジェンダーに基づく暴力に対抗する

TEDxで、『プリヤズ・シャクティ』シリーズを紹介するディヴィニニさん(Priya’s Shaktiのフェイスブックより)

『プリヤズ・シャクティ』シリーズの生みの親は、インド系米国人のラム・ディヴィニニさんだ。映画製作者でもある。

ディヴィニニさんが、同シリーズを制作するきっかけとなったのは、2012年にデリーで起こった集団強姦事件だった。バスに乗車した23歳の女子学生が6人に男性に襲われ、負ったケガがもとで後に亡くなった。この事件を発端に国内各地では、性犯罪に対する刑事罰の強化などを政府に求める、大規模な抗議運動が展開した。ディヴィニニさんも抗議運動に参加したそうだ。

性とジェンダーに基づく暴力(SGBV)は、世界各国にはびこっている。世界保健機関(WHO)が3月に発表した報告書によれば、世界中の女性の3人に1人が、生涯を通じて、親密なパートナーから身体的または性的な暴力を受けたり、パートナー以外から性的な暴力を受けたりしているという。過去10年間その数はほとんど変わっておらず、問題の深刻さを物語る。

その根底にあるのは、家父長制だとディヴィニニさんは考える。インドでは、家父長制が原因となり、男尊女卑や女性蔑視がまかり通っているという。レイプにしても、悪いのは加害者ではない。被害者に落ち度があるから、被害に遭うという考えが通用している。レイプに加え、嘲笑を受けたり、村八分にされたりし、被害者は身体的にも、精神的にも苦痛を受ける。

『プリヤズ・シャクティ』シリーズの役目は、人々のSGBVに対する知識を増やし、意識を高め、各自の姿勢を変えていくことにあると、ディヴィニニさんは強調する。

コミックブックにARをプラスし、若い世代の心をとらえる

『プリヤズ・シャクティ』のAR ©Priya’s Shakti

『プリヤズ・シャクティ』シリーズのターゲット層はティーンエージャーからヤングアダルトまでの男女だ。人生の中でも、とても大切な時期に当たり、セクシュアリティやジェンダーの役割、性的暴力についてちょうど学んでいる最中の年齢だ。

そのため、SGBV関連の会話を始めるのには格好のタイミングだとディヴィニニさんは考える。この年齢層に常に人気のコミックブックを採用するのも、オーグメンテッド・リアリティ(AR)を取り入れ、各ストーリーを構成するのも、極力SGBV関連の会話を続けられるよう配慮するからだ。

同シリーズは従来の書籍やEブック、ネット上で見ることができるアニメと、楽しむ方法に選択肢がある。書籍は学校や非政府組織、コミックコンベンションなどを通して、またEブックはダウンロードし、アニメを見るにはウェブサイトにアクセスし、各々入手が可能。これらはすべて無料だ。

またEブックには、英語版、ヒンディー語版のほか4カ国語版が用意されている。社会からSGBVを排除するには、まず国を限定することなく、できるだけ多くの人々にメッセージを伝えることが大切だからだ。これまでに本は3万冊が配布され、ダウンロード回数は50万回に及んだそうだ。

ディヴィニニさんは同シリーズを制作・発表できたおかげで、SGBVの被害者の声を社会に広めることができたこと、またSGBVを乗り越えてきた被害者の存在に人々の目を向けられたことは非常に意義があると考えている。

コロナの影響で急遽制作されたプリヤの第4作目

『プリヤズ・マスク』のアニメ版。コミックブックと若干内容が違う ©Priya’s Shakti

『プリヤズ・シャクティ』シリーズの第4作目には、当初インドでの「名誉殺人」が取り上げられる予定だったという。しかし、コロナのパンデミックを受け、予定は変更になった。

ディヴィニニさんは、パンデミックとその影響が世界の女性たちに及ぼす影響は、取り上げるべき重要なテーマだと制作チーム全員、意見が一致し、『プリヤズ・マスク』が生まれたと、アラブ首長国連邦のアブダビの新聞『ザ・ナショナル』に話している。

『プリヤズ・マスク』のEブック版では、プリヤの冒険にミーナという少女が加わる。1人で留守番をしていたミーナは、病院で働く母親に会いたいという。そこでプリヤは、空飛ぶトラに女の子を乗せ、共に病院に向かう。

空を旅している最中に、ミーナの友達がおばあさんに会って抱っこしてほしいと寂しがる姿、またロックダウンで閉店になっているお気に入りのアイスクリームパーラーを目にする。人によっては、「コロナなんて存在しない」と、また別の人は「コロナは貧しい人だけがかかる」と言っているのも聞こえてくる。

このストーリーが読者に送るメッセージは、フェイクニュースに惑わされないようにすること、というものだ。

コロナに関しては、SNSで間違った情報が多く流されている。コロナのパンデミックについてはもちろん、違う国や宗教の人を悪く言ってみたり、貧困層の人を責めてみたりとどんどん広がっていったことを踏まえてのメッセージだ。

そして医療従事者への感謝を忘れないということ。そして、自分のためだけでなく、周りの人のためにもマスクを着用しようということだ。

助っ人のスーパーヒロインはパキスタンから

左がプリヤ、右がパキスタンのスーパーヒロイン、ジヤ(Priya’s Shaktiのフェイスブックより)

『プリヤズ・マスク』には、プリヤだけでなく、もう1人スーパーヒロインが登場し、ストーリーの最後に2人は協力してコロナのウイルスをまき散らす悪党をやっつける。それは隣国パキスタンの、『ブルカ・アベンジャー』のジヤだ。

ジヤは普段は女子校の教師だが、いざ汚職政治家や、タリバンの司令官に似たヒゲを生やした邪悪な魔術師と闘う段になると、ブルカをまとい、ブルカ・アベンジャーに変身する。正義と平和、そして教育のために、ペンと本を使った武術で闘う。

作者はシンガーソングライターのハールーン。2013年国内初の3Dアニメとして誕生した『ブルカ・アベンジャー』の狙いは、女性へのエンパワーメントだ。

テレビシリーズとして1エピソード22分で、52エピソード創られた。2020年4月現在で、パキスタン国内では10のチャンネルで、計2000回を超えて放映された。子ども用のテレビシリーズとしてトップを誇る。

インド、インドネシア、アフガニスタンでも各々の言語に訳されて放映。インドネシアでは視聴率が20%以上でトップ5に入る人気番組で、アフガニスタンでは、1週間に1度は必ず見るという子どもがいる家庭は全家庭の約72%に上る。インドでも、女性をエンパワーする番組として好意的に受けとられ、視聴されている。

『プリヤズ・シャクティ』シリーズのディヴィニニさんをはじめとするスタッフはすでに、コロナのワクチンについてのポジティブなメッセージを伝えるべく、将来の作品のプランニングを始めている。一方、『ブルカ・アベンジャー』は映画化に向けての準備を進めているという。

社会に男尊女卑や女性蔑視、SGBVなどの問題がなくならない限り、プリヤとジヤの活躍は続くことになるのだろう。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit