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2013年に日本初のブリュレフレンチトースト専門店「forucafe」を早稲田にオープン。大学生起業家として注目された株式会社フォルスタイルの代表取締役・平井幸奈さん(28歳)は、グラノーラのオリジナルブランド立ち上げやドラフトコーヒーサーバーの卸売り事業など、ブームをつくりながら事業を展開してきた。
2020年、平井さんは長女を出産。パンデミックに初めての育児と大奮闘の1年になったのではと想像する。続くコロナ禍で大打撃を受ける飲食店の経営者として、どのように事業と家庭生活をマネジメントしているのか。怒涛の日々と現在の率直な思いを伺った。
店舗閉鎖で売上9割減。起業家人生初めての出来事
平井さんが率いるフォルスタイルは、都内に4店舗を構えるforucafeの運営、自社ブランドのグラノーラのオンライン販売、ケータリング事業などを展開する。昨年、彼女はこれまで経験したことのない試練に向き合うこととなった。昨年4月の緊急事態宣言で、当時経営していた3店舗のうち2店舗が施設側の要請により閉鎖に追い込まれたのだ。
「明日から2店舗の売上ゼロ、従業員の仕事がなくなるという初めての事態に直面し、相当なショックを受けました。当時、国の助成金は詳細が決まっていない状態だったため、銀行を回ってキャッシュを確保。当面は維持できる状態をつくりました」(平井さん)
当時、妊娠中でつわりがあったが、それどころではなかったとか。国からの休業手当の支給は明確になっていないが、スタッフの生活は守らなければならない。早稲田にある本店のみ営業しているなか、出勤するスタッフと休業中のスタッフに同額を支給すれば不公平も生まれてしまう。とはいえ他店のスタッフを早稲田に派遣しても、すぐに即戦力にはなれない。混乱と葛藤の気持ちが入り交じるなか、平井さんはさまざまな手を打った。
「まずは、スタッフ一人ひとりに『キャッシュを確保しているから、この会社はつぶれない。大丈夫』と説明し、社内の公平性を保つために、できるだけ平等に休業手当を出すと同時に店舗運営以外の新しい仕事をつくって、その労働に対して給料を支払いました」(平井さん)
スタッフの雇用維持を目的に、2020年4〜5月にクラウンドファンディングを実施。若手クリエイターたちが思考を凝らしたレモンケーキ「FORU LEMON」を開発し、336人から約240万円の支援を集めた。
「雇われている社員だったらどれほどラクだっただろうと思う日もありましたが、すばやく動いたことが功を奏し、なんとかこの時期を乗り越えることができました」(平井さん)
助成金で経営はできる。新たな課題は雇用の維持
1度目の緊急事態宣言が解除され、国内ではGo To トラベル・Eatキャンペーンの影響もあり人手が少しずつ戻っていった。しかし、まもなく再びの試練が訪れる。1月に発令された2度目の緊急事態宣言だ。今回も施設側の要請により4店舗のうち3店舗が休業、該当店舗の売上はゼロになった。
しかし、今回は国からの休業手当の支給が明確であり、以前ほどの混乱はなかったという。政府の対応について、平井さんの率直な思いはーー。
「今回は休業中のスタッフに休業手当を出し、教育訓練による雇用調整助成金も取り入れながら事業を維持できています。カフェの事業体では恩恵を受けづらいGo To Eatキャンペーンや初期の助成金申請の難しさに不満がなかったわけではありませんが、この助成金がなければ弊社は確実に事業を大幅に縮小せざるをえなかったと思います。個人的にはありがたいという思いが強いです」(平井さん)
一方で、耐えきれず廃業した飲食店も少なくない。平井さんも家賃の高い原宿で、次々と飲食店が消えていく光景を目の当たりにしたそうだ。
「forucafeが本店を構える早稲田では長く続けている飲食店が多く、地域の方のサポートなども受けながら継続できている店舗が多い印象があります。エリアによって経済状況が大きく変わることを肌で感じました。幸い、弊社は売上に応じて家賃が変わる契約で、閉店期間は家賃出費がかかりません。この契約にも救われました」(平井さん)
事業規模、エリア、契約形態などの好条件が重なったことで経済面の問題を乗り越えることができたが、新たな課題も見えてきた。
「休んでいても給料をもらえる状態で、ラッキーと前向きに受け止めるスタッフもいれば、働けないもどかしさや飲食業界の不安定さから転職を考えるスタッフも。実際に辞めていった人もいます。いつ再開できるか不明確な状態なので、スタッフのモチベーション維持が難しいですね」(平井さん)
育休のない起業家夫婦。育児と仕事の両立は?
2020年は誰にとっても変化を余儀なくされた1年だったが、10月に長女を出産した平井さんにとっては、目まぐるしい変化の連続だったはず。実際、ほぼ毎日現場に出ていた生活から出産後は一気にリモートワークに変化したという。
「コロナ以前はリモートワークとはかけ離れたスタイルでしたが、パンデミックによりオンラインが当たり前になったのは、出産後の私にとって良いタイミングだったかもしれません。いつ泣くかわからない爆弾を抱えながら仕事をしているような感じで、ベビーベッドを足で揺らしながらパソコンを打つ、授乳中に電話をするのも日常茶飯事。
真剣な話をしている最中に泣き出す、大きな音を立てていきむなんてこともあって、相手に事情を話して謝ったり(笑)。時にはミーティングを一時中断することもありますが、なんだかんだ仕事も子育ても楽しめています」(平井さん)
現在、週に3日のベビーシッターを依頼しているが、それ以外は夫婦2人のどちらかが育児を担う。平井さんの夫もまた起業家であり忙しい日々を送っているようだが、どのようにタイムマネジメントしているのだろうか。
「夜型の夫が深夜3時まで、朝型の私が3時以降に育児をするなどシフトを決めたり、Googleカレンダーで予定を共有して夫の仕事が入っていないタイミングにミーティングを入れたりしながら調整しています。
私たちは事業主で雇用保険に入れないため、育児休暇を取ることができません。しっかり育休を取って子どもにつきっきりでお世話しているお母さんのインスタを見てうらやましくなることはあるけど、社会とのつながりがあってよかったと思えることも。私にはマッチした両立スタイルなのかもしれません」(平井さん)
「お互い心に余裕がなくなることもあり、もっと感謝の気持ちを伝えたり、話し合ったりしていきたい」と今の率直な気持ちを語ってくれた平井さんだが、子どもの存在は大きな励みになっているようだ。
「娘の誕生により、大切なものを守るためにどう生きるべきかを深く考えるようになりました。私にとって生きる源のような存在で、消耗してしまう出来事があっても娘の寝顔を見て奮起することもありますね」(平井さん)
勝負は来年度以降。変化が試されている時代
現状、少しずつ感染拡大が落ち着きつつあるが、緊急事態宣言が解除されても以前の経済状態がすぐに戻るわけではない。専門家のなかには「コロナは終息しない」と主張する人もいる。このような状況を平井さんはどう見ているのか。
「コロナ以前、弊社では9割以上がリアルな店舗にひもづく売り上げで、閉店により全滅に近い事態に陥りました。この先再び開店しても、観光客がいない今、黒字化は依然として厳しい状態です。春からの来年度以降が本当の勝負かもしれません。
私は、お客様に『おいしい』と言葉をかけてもらえるリアル店舗がすごく好きで、やりがいを感じているので事業転換に複雑な思いはありますが、これからを見据えるとオンラインやテイクアウトの売り上げ増は必至。
今ちょうどテイクアウトの売り場強化を目的とした早稲田の本店とその隣のラボの改装を計画していて、イートインとテイクアウトの売り上げが半々になるよう改革を進めるつもりです。また、コロナ禍で食品D2Cが伸びているので、グラノーラのサブスクリプションサービス開始なども視野に入れて動き始めています」(平井さん)
経営者としての経歴8年目というだけあり、彼女の口から出てくる言葉は、いずれも具体的で堅実的。東京という変化の激しい街で飲食事業を経営する厳しさを身をもって体験してきたであろうことが伺えた。
「パンデミックは経営者として最大の逆境でしたが、起きてしまったことは仕方ない。これをチャンスと捉えて、どう変化していくかが試されている時代だと感じています。時間が止まっているこのときに大切なものを守れる基盤をつくりたい。そうすれば、この先時代が元に戻らなくても戦っていけるかなって」(平井さん)
平井さんは、あえて茨の道である飲食事業の経営者を続けるモチベーションについても触れた。
「お客様に『おいしい』と声をかけてもらえるのが何よりも楽しくて、『好きなことを仕事にしたい』という純粋な思いでスタートしました。お客様やメンバーとのコミュニケーションが、私の生きがいのひとつ。仕事を通じて生まれた宝物のような人間関係を大切に育んでいきたい。それが私の一番のモチベーションです。引き続き愛のある事業展開をしていきます」(平井さん)
写真提供:株式会社フォルスタイル
<取材協力>
株式会社フォルスタイル 代表取締役 平井幸奈
https://forustyle.com/
https://forucafe.com/
取材・文:小林 香織