アマゾンが提案する螺旋状のビル「Helix」

アマゾンが、バージニア州アーリントンに建設を予定している第2本社の計画概要を公表した。

2025年の完成を目標に、約2万5,000人のアマゾン従業員が働く22階建ての従来型オフィスビル3棟に加え、公園、250席の屋外円形劇場、緑と共存した螺旋状のビル「Helix」を提案し、注目を集めている。

「Helix」は、同社のシアトル新本社ビル前に2018年に建設された温室ビル「Amazon Spheres(アマゾン・スフィア)」に次いで、同社が提案する「バイオフィリア(biophilia)」型の建造物だ。

写真:NBBJ/Amazon

世界中から集めた4万本以上の木や植物が内部で育てられている「Amazon Spheres」も完成当時話題を呼んだが、今回の「Helix」は350フィート(約100メートル)とオフィスビル並の高さ。

地域土着の木々や植物を集めてつくるグリーンスペースが随所に埋め込まれ、アマゾン従業員のためのオルタナティブなワークスペースとして使用される予定だ。

人気の高まるバイオフィリックデザイン

1984年にエドワード・O.ウィルソンが提唱したバイオフィリアは、「人間は本能的に自然とのつながりを求める」という概念だ。

新型コロナウイルスの影響で室内で過ごす時間が増えるなか、気分転換に緑あふれる公園を散歩したときなど、短時間だったとしても身も心もリフレッシュされ、爽快な気分になった経験は、誰にでもあるだろう。

心身のウェルビーイングのためには、人間同士のつながりだけでなく、自然とのふれ合いが必要不可欠だというのがバイオフィリアの考え方だ。

世界中で急速に進む都市化と気候変動に伴う環境意識の変化もあり、バイオフィリアに対する関心は近年高まってきている。

「バイオフィリックデザイン(Biophilic Design)」という空間デザイン手法をオフィス環境に応用させ、従業員のモチベーションとパフォーマンスを向上させる取り組みを行うアマゾンのような企業も増え始めた。

GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)などの米国の大手IT企業は、すでに積極的にバイオフィリックデザインを取り入れトレンドを後押ししている。

オフィスから在宅勤務まで、パフォーマンスの鍵は個人のウェルビーイング

背景にあるのは、従業員の健康を重要な経営資源として捉える「健康経営」というコンセプトだ。

従業員のウェルビーイングに関する投資を行うことで、従業員の活力や生産性の向上など組織の活性化をもたらし業績につなげるという考え方で、日本では経済産業省などにより推進されている。

私たちは、エアコンの風やヒーターの熱、蛍光灯や液晶画面の光など、人工的に整えられた空間のなかで時間を過ごすことが多い。バイオフォリアの考えに則れば、これは私たちのウェルビーイングには適さない環境であるということになる。

写真:NBBJ/Amazon

自然光を積極的に取り入れ、風通しを良くし、植物を取り入れることで、湿度の管理や空気の循環がよくなる。空気の循環を促し、湿度を一定に保つ機能のある木材を使用した空間では、ウイルスの拡散防止や免疫力の増加も期待できるというデータもある。

在宅勤務が一般化する現在、オフィスに限らず住宅環境においても、バイオフォリックデザインが個々人のウェルビーイングに有用なようだ。

バイオフィリアは、今やトレンドではなく「必須」なものに

個人のウェルビーイングのためだけではなく、サステナビリティや環境に配慮した持続的開発のための建築デザインにも、バイオフィリアは注目されている。

スペイン・マドリードを拠点に活動するセルガス・カーノ(Selgas Cano)建築事務所は、「植物なしの建築はもはやあり得ない」と提唱している。バイオフィリアは今やトレンドではなく、建築や都市デザインにおける「必須」の考え方になりつつあるというのが彼らの考えだ。

セルガスカーノがアメリカ・ロサンゼルスに完成させたオフィス「Second Home Hollywood Office」では、集中力や創造力の促進のため、緑に囲まれた環境で従業員が仕事ができるデザインとなっている。

セルガス・カーノがロサンゼルスで設計した「Second Home Hollywood Office」は、円形の建築群の間に植物が密集する、森のようなデザイン(写真:ArchiDaily
(写真:ArchiDaily

多くの資材を要する建築・建設業は今まで、環境破壊と地球温暖化に深く関わってきた。環境省のデータによると、住宅・建築物部門は日本の全エネルギー消費の3割以上を占めており、省エネ対策の強化が求められている。

CO2排出量や解体後の廃棄物を考慮しても、建築部門でサステナビリティを意識し、バイオフィリアの考えを取り入れる傾向は、今後標準化していくだろう。

バイオフィリアは、単一の建物だけでは完結しない。都市のバイオフォリア化へ

写真:NBBJ/Amazon

もちろん、持続可能な未来のために、緑あふれる温室的な建物を複数作ればよいという話でもない。

生活習慣やワークスタイルが多様化する今、オフィスにかぎらず、住宅や公共空間など、人間が多くの時間を過ごす都市空間全域にバイオフィリックデザインを応用するべきだという考えもある。都市と自然が緩やかに共存する「バイオフィリック・シティ(Biophilic Cities)」という概念だ。

アマゾンの「Helix」周辺には、緑あふれる公園や庭などが広がる。人間が健やかに生活することができるバイオフィリックな都市空間の先駆けとして、今回の事例を捉えることもできるかもしれない。

写真:NBBJ/Amazon

文:杉田真理子
編集:岡徳之(Livit