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2021年1月7日、東京では新規感染者が2,447人と過去最多を記録。同日実施された東京モニタリング会議では、医療関係者から医療体制の危機的状況を訴える声が多数あがった。
日本では2020年11月頃から1日あたりの感染者数が右肩上がりに増え続けている。米国や欧州でも感染者が増えているとの報道が頻繁になされているが、そのような報道によってそれが世界的なトレンドで、日本で感染者が増えているのも不思議ではないと錯覚する人が増え、危機感の希薄化と感染増につながっている可能性もある。
人間の特性の1つに、ネガティブな情報に過敏に反応するネガティブバイアスというものがある。多くのメディアにとって「感染者増」は視聴数を稼ぐキーワードになっていることが考えられる。人々は、このようなニュースに日々さらされ、慣れることで、危機感が鈍っているのかもしれない。
国内外を含め新型コロナに関して「感染者増」に関するニュースが多い一方で、感染抑制に成功した国々の状況や成功した理由に関するニュースは少ない印象だ。
日本や欧米諸国で感染者が増えている一方で、抑制に成功し、この数カ月間感染者の増加数を非常に低い値に抑えている国はいくつか存在する。
たとえば筆者が住むシンガポール。執筆時点の直近データ(2021年1月7日)によると、1日の感染増加数は33人。このうち国内感染は2人で、残りの31人は海外からの入国者という内訳だ。2020年4月頃に、寮に住む海外労働者の間で感染が急増したが、今ではゼロに抑制されている。
このほかジョン・ホプキンス大学がまとめた1月6日のデータを見ると、ベトナムの新規感染者は1人、ニュージーランドで2人、台湾で2人と、「優等生」とされる国々ではクリスマス休暇後も少ない値を維持している。
日本の感染者が爆発的に増加している今こそ、こうした事例を注意深く観察し、見習うべきところは見習い、それに応じ具体的策を講じていくことが求められるのではないだろうか。
以下では、これらの国々がなぜ新型コロナ感染の抑制を維持できているのか、各研究や分析を参考にその理由を探ってみたい。
「マスク着用はマスト」違反者には罰金、シンガポールと台湾
感染者抑制に成功しているシンガポールでの筆者の経験とニュージーランド、ベトナム、台湾に関する情報分析から指摘できるのは、少なくとも感染抑制にはマスク、危機感、罰則、データ、国境管理が重要であるということだ。
まずマスク、危機感、罰則に関して。
2020年7月に発表された米バージニア・コモンウェルス大学の医学研究者らによる論文では、198カ国のデータを用い、年齢、性別、ロックダウンの有無、検査、喫煙有無など様々な要素と、新型コロナによる死亡率の関係を調べたところ、死亡率低下に最も強い関係を持つのが「国全体でのマスク着用ルール/規範の有無」であることが明らかになった。
アルジャジーラ紙がまとめた早期にマスク着用を義務化した国のリストには、ベトナムが入っている。同国では2020年3月16日にマスク着用が義務化された。
一方、シンガポールでは2020年4月15日から外出時のマスク着用が義務化され、ルール違反の初犯には300シンガポールドル(約2万3,000円)の罰金、2回目から1,000SGDドル(約7万8,000円)の罰金が科せられることになった。
台湾では、2020年1月末すでに政府はマスク需要の急騰を見込み、配給対策を開始。その後、指定の薬局で週ベースでマスクを購入できる体制が整えられた。地元紙によると、新規感染の危機感の高まりから8月、12月など数回に渡りマスク着用ルールの発表が行われている。12月に施行されたマスク着用ルールでは、違反者に3,000台湾ドル(約1万1,000円)〜1万5,000台湾ドル(約5万5,500円)の罰金が科せられることになった。
日本もマスク着用率が高いことで知られる国。しかし、感染者が増えているのはなぜか。
考えられるのは、着用率が高いといわれているだけで、実際は高くないということ。2020年12月末、西村経済再生相は12月に入りマスク着用率が低下傾向にあるとし、着用の徹底を呼びかけたとの報道があった。また、いくつかのメディアでも、最近になりマスクをしない人を見かけるようになったと指摘されている。
一方、シンガポールのマスク着用率はほぼ100%。「ほぼ100%」というのは、ランニングなどの負荷の高い有酸素運動の場合、マスクは着用しなくてもよいため。ウォーキングやショッピングを含め他のアクティビティでは例外なくマスクを着用している。
マスク着用率が低下する理由は、危機感の希薄化やマスクの重要性の認識不足などが考えられる。また台湾やシンガポールと比較すると、罰則の有無がマスク着用率に影響していることも考えられるだろう。
マスク着用に関して、今でも賛否の意見が飛び交っている状況のようだ。否定論には、マスクは自身の飛沫飛散を防ぐことはできても感染予防には役立たないといった意見も見られる。しかし、いくつかの研究では、マスクが感染増を大幅に抑制できることを示唆するものもあり、今一度エビデンスベースでマスクの有用性を議論することが求められる。
トロント大学、インド理科大学院、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らが実施した分析によると、飛沫と一言にいってもそのサイズで感染力が異なる可能性がある。感染力が高いのは、10〜50マイクロメートルの飛沫で、もしマスクによって飛沫のサイズを5マイクロメートル以下に抑えられる場合、感染増のカーブをフラット化することも可能と研究者らは指摘している。
シンガポールでは、どこに行ってもQRコード
マスクと並び、台湾やシンガポールの感染抑制の重要要素として挙げられるのがデータと国境管理だ。
Middle East Instituteは2020年11月10日に公表したレポートで、台湾が感染抑制に成功した要因を分析している。
同レポートが指摘する主な抑制成功要因は、早期の国境管理とデータの活用だ。
国境管理に関しては、WHOや中国からの警告情報が発せられる前から、台湾政府は、武漢での動向を察知し、2019年12月末には武漢からの直行便に搭乗している乗客の検査を開始。また翌月末には、湖北省、広州省からの入国を禁止、2月11日には中国、香港、マカオからの入国禁止に踏み切っている。その後も厳しい入国制限を設けており、新型コロナの流入の阻止に成功している。
またデータに関しては、徹底したコンタクトトレーシングによる管理を実施していることが低い感染率・死亡率につながっていると指摘している。
このことは、シンガポールやニュージーランドにも共通して言えることだ。
シンガポールでは、モールや飲食店に入る前には必ずスマホアプリ「SafeEntry」でQRコードを読み取るかIDカードの提示が必要となる。もし、感染者がその場所に訪れていることが分かれば、入店データから接触した可能性のある人々に当局から通知が送られる仕組みとなっている。
感染抑制と経済成長は両立できるノンゼロサムの関係
多くの国で、シンガポール、台湾、ニュージーランドのような取り組みができない理由の1つに「感染抑制と経済成長のどちらをとるのか」という二項対立の議論がはびこっていることが挙げられる。
ロックダウンなど感染抑制のための規制を強化すれば経済に影響が出るとの「感覚」を多くの人々が持っており、支持率を懸念する政府は抜本的な施策に打って出れないという状況があるように思われる。
しかし、感染抑制と経済には確固とした関係性は観察されておらず、こうした主張はエビデンスに裏付けられるものでない「感覚的」な杞憂である可能性が高い。
オーストラリア国立大学のマイケル・スミソン教授がOECD45カ国のデータを用い、新型コロナの死亡率と2020年第2四半期の経済指標(GDPや消費者支出など)を分析したところ、死亡率と経済成長には上記の主張が想定する正の相関は確認されなかった(2020年11月26日)。
上記の主張通りであれば、死亡率が高い(規制が緩い)ほど、経済が循環しているはずだが、分析の結果は死亡率が低いほど経済指標が高くなる傾向が観察されたのだ。
つまり、死亡率が低い(規制が厳しい)ほど、経済状況は良いということだ。この分析結果を踏まえ、スミソン教授は感染抑制のための規制と経済成長は、ゼロサムの関係ではないと指摘している。
新型コロナは初の感染者が出てからすでに1年以上が経過し、感染抑制の成功事例に加え、関連するデータや研究も増えてきている。日本でもデータやエビデンスをベースとする議論や施策が増えてくることを願いたい。
文:細谷元(Livit)
参考
VCU
https://news.vcu.edu/article/Early_face_mask_policies_curbed_COVID19s_spread_according_to
アルジャジーラ
https://www.aljazeera.com/news/2020/8/17/which-countries-have-made-wearing-face-masks-compulsory
Middle East Institute
https://www.mei.edu/publications/taiwans-model-combating-covid-19-small-island-big-data