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嬉しくも混乱する「東京は世界一住みやすい都市」の評価
今度は日本の都市が世界一位である。どうなっているのか。上げたり下げたり忙しすぎだ。
何の話かといえば、海外の機関による世界ランキング。先日アメリカの経済紙グローバル・ファイナンスによる今年度版「住みやすい街ランキング」で、わが国の首都東京がナンバー1に輝いたのだ。
日本人としては、自分の故郷が世界一と称されるのはやはり嬉しい。一方、近年注目してきたランキングで日本が苦戦しているのを目にしてきただけに、少々の戸惑いもある。
国連の持続可能開発ソリューションネットワークの世界幸福度報告においては、日本は近年連続的に順位を落としている。最新の調査では対象国156カ国中58位という、率直に言って先進国としては少し寂しい順位に。ランキング表ではすぐ上(37位)のモーリシャスと、すぐ下(39位)のホンジュラスに挟まれている。
もう一つ、世界的に大きな調査のひとつであるUNICEFイノチェンティ研究所による「子どもの幸福度ランキング」では、日本は対象の38カ国中総合20位と「先進諸国の真ん中よりは下」の結果に。精神的幸福度に限れば37位とワースト2につき、これにはさすがに国内外から若干の驚きの反応が寄せられた。
最後に、今回のランキングと近いものを計っているようでいて全く異なる結果を示している、「子育てしやすい国ランキング」。グローバルファイナンスと同じアメリカを本拠とするファミリー向けメディアAsher & Lyric社が今年の夏に発表した同ランキングでは、日本は対象のOECD加盟国35カ国のうち25位にランク付けされている。
そこに今回の「東京は世界一住みやすい都市」の評価である。
つまり日本という国はここ1年足らずで、「先進国の中では大人の幸福度が低く、子どもの心の幸福度はほぼ最低で、子育てもしにくいが、首都の東京は世界一住みやすい街」という評価を受けたことになる。
いくら日本がいまだに「ミステリアスな国」のイメージを持たれているからといって、さすがにこれはミステリアスすぎではないだろうか。
各世界ランキング、内容を詳しく見てざっと比較することに
身もふたもない言い方をしてしまえば、一概に住みやすい国も住みにくい国も存在しない。確実にあるのは各調査が、どんな指標でランキングを算出したかという視点だけだ。
そこで、それぞれの調査がどんな視点で、どのような項目を立ててスコアを算出しているか、ざっとまとめてみることにした。
正直に言って他意はなく、単にこれらの国際ランキングの基準を簡単に俯瞰・比較できたら少しはミステリーも解け、日本がどんな部分では評価されていて、どんな人にとって住みやすいのか見えて面白いかなと思っただけなのだが。
「経済・シティパワー・パンデミック対策」重視のグローバル・ファイナンス
先に種明かしをしてしまうと、今回のグローバル・ファイナンスのランキングで東京がナンバー1とされた大きな理由の一つは、「コロナパンデミックによる死者の少なさ」だった。
今回の評価においては多くの人にとって「一生に一度」のパンデミック期をどこで過ごすべきか、という視点が重視された。そのため、スコア算出に利用された8つの指標のうち「人口100万人当たりの新型コロナウイルスによる死亡人数」に、他の7つよりも3倍の重みづけがしてあったのだ。
総評でも、文化的・QOL的な意味で高度に発達し、「従来の調査で高評価を得てきた」イタリアやスペインの各都市が、パンデミックによる人命被害の大きさにより大きくランクを下げたことに言及してある。
本調査の指標は大きく8つ。うち6つに関しては、日本の森記念財団による「世界の都市総合力ランキング」2019年度版から引用してある。
- 経済(市場の規模と魅力、経済と人材の集積、ビジネスの環境と容易性)
- 研究・開発(研究集積・研究環境・イノベーション)
- 文官・交流(発信力・観光資源・文化施設・受け入れ環境と外国人受け入れ実績)
- 居住(就業環境・居住コスト・安全安心・生活良好性と利便性)
- 環境(持続可能性・大気質・自然環境)
- 交通・アクセス(国際ネットワーク・航空キャパシティ・都市内交通・移動の快適性)
この6つに、
- 国民一人あたりGDP(世界銀行データベースより)
さらにパンデミックを受けたニューノーマルとして、
- 今年のCovid-19による死亡率の低さ(10万人あたりの人数より算出・ポイント3倍)
を加えてある。
発信元が経済紙であるグローバル・ファイナンスなので当然だが、元々「都市としてのパワー」を測り、経済的な側面も十分考慮してある都市総合力ランキングに、さらに別立てで国民一人あたりGDPを項目に加えてあるあたり、このランキングは間違いなく経済重視といっていいだろう。
つまりここで言う「住みやすさ」とは、ものすごく平たく言えば平均として経済的に豊かで、住環境が整っていて、コロナパンデミックがひどくないという意味である。
総評では東京は「ほとんどの指標で比較的良好なスコアを出していて全般的なQOLが高く、コロナ感染者の比率も少なく、高度に発達した交通機関には特別な助成制度まで始まり(GoToトラベル事業を指している)、2020年の時点で世界でもっとも住みやすい都市といえる」と言及されている。
ちなみに2位以降の都市は以下の通り。
- ロンドン(イギリス)
- シンガポール(シンガポール)
- ニューヨーク(アメリカ)
- メルボルン(オーストラリア)
- フランクフルト(ドイツ)
- パリ(フランス)
- ソウル(韓国)
- ベルリン(ドイツ)
- シドニー(オーストラリア)
個人的には、圧倒的な社会システムの充実で国際評価ランキングトップ常連の北欧の国が一つもランクインしていない点が興味深い。「パワーと経済」や「コロナ感染抑制」は、たしかに彼らの最優先事項ではないイメージだ。
「家族と幸福感重視」のAsher & Lyric社
これから比較のために引用するランキングを弾き出したAsher&Lyric社も、グローバル・ファイナンスと同じアメリカのジャーナリズム企業だ。つまり両者の間に根本的な文化や価値観の違いはないとみていいと思う。
しかしその結果の違いからも分かるように、「子育てしやすい国ランキング」になると先述のランキングとは全く異なる視点から各国を評価していることが分かる。
なお、都市ごとに評価をしていた前ランキングに対しこちらは国ごとに点数化されているため、少々の見比べづらさが出ることをお詫びしておきたい。
先ほどのランキングを忘れないうちに、2020年度版の「子育てしやすい国ランキング」からトップ10を書き出してみる。
- アイスランド
- ノルウェー
- スウェーデン
- フィンランド
- ルクセンブルク
- デンマーク
- ドイツ
- オーストリア
- ベルギー
- チェコ
全く違う顔ぶれといっていいだろう。この中で先ほどのグローバル・ファイナンスの「住みやすい都市ランキング」に国内の都市がランクインしていた国は、ドイツとオーストラリアのみだ。
そして、「住みやすい都市ランキング」で首都の東京が1位だった日本は、「子育てしやすい国ランキング」においては35カ国中25位。
同様に「住みやすい都市」ランキングのトップだった都市を擁する国の「子育てしやすさ」順位を見ていくと、ロンドンが2位だったイギリスは23位。本調査で対象外だったシンガポールを飛ばして、4位のニューヨークを擁するアメリカにいたっては、最下位のメキシコに次いでワースト2の34位と、揃って苦戦している。
こちらのランキングのスコア算出指標は以下の通り。
- 安全性(殺人事件率の低さ・国内における犯罪に対する国民の安全感・国際紛争や軍事に対する国民の安全感・学校銃乱射事件発生率の低さ・人権擁護率)
- 幸福度(自由さ・国民の主観的な幸福感の高さ・自殺率の低さ・LGBTQ+カップルの養子縁組に関する法整備・経済格差の小ささ)
- 子育てコスト(平均的な家庭における収入に対する子育て支出の割合の低さ・国家予算における子育て支援への割合・教育に対する家庭からの私的支出の低さ・医療費の家庭からの私的支出の低さ・購買力の高さ
- 健康(母親の出産時死亡率の低さ・5歳未満の幼児死亡率の低さ・家族計画の充実・大気汚染の低さ・平均寿命)
- 教育(15~19歳の就学率・20~24歳の就学率・15歳の国民の読解力・同数学的リテラシー・同科学的リテラシー)
- 子どもと過ごす時間(年間総労働時間の短さ・満額支給の産休日数(女性/男性)・病欠の取りやすさ・法的に保証される有給休暇の日数)
ランキングの主旨が「子育てしやすい国」なので当然、両親が子どもと過ごす時間の長さや教育の充実度など、子どもにとって重要な要素が入っているが、他にも、安全・健康・幸福度など、国民の体験視点で項目が立てられている印象が強い。
経済面に関しては「一人あたりGDP」という客観的な豊かさを指標にした「住みやすい都市ランキング」に対し、こちらは「国民の収入に対する生活に必要なコストの低さ」が評価されており、やはり生活者視点で主観的な「豊かさ」を算出しようとしているとみていいだろう。
そして、そういう視点に立ったこのランキングで日本があまり評価されなかったということは、子どもを持つ国民の主観的な暮らしやすさにおいて日本は少なくとも世界一ではないということを示している。
主観的な幸福感とメンタルヘルスにウェイトのある「幸福度」系ランキング
ついでに、先述の日本が苦戦した「世界幸福度報告」(国連・持続可能開発ソリューションネットワーク)と、「子どもの幸福度ランキング」(UNICEFイノチェンティ研究所)の内容もざっと見てみよう。
前者の説明変数は、
- 人口あたりGDP
- 社会的支援(ソーシャルサポート・困ったときに頼ることができる親戚や友人がいるか、など)
- 健康寿命
- 人生の選択の自由度(人生で何をするかの選択の自由に満足しているか)
- 寛容さ・気前の良さ(過去1カ月の間にチャリティなどに寄付をしたことがあるか、など)
- 腐敗の認識(不満・悲しみ・怒りの少なさ・社会や政府に腐敗が蔓延していないと感じるか、など)
の6つ。
後者は大きく分けて、
- 子どもたちの精神的幸福度(主観的生活満足度が高い子どもの割合の高さ・子どもの自殺率の低さ)
- 身体的健康(子どもの死亡率・過体重・肥満の割合の低さ)
- スキル(PISAによる読解力・数学分野の学力・社会的スキルの高さ)
の3分野でスコアを算出している。
国際評価の尺度は様々
ここまで「住みやすい国」「子育てしやすい国」「国民の幸福度」「子どもの幸福度」と、結果がある程度リンクしてもよさそうなのにそうでなかった4つの国際評価の内容を見比べてみた。
改めてスコア算出に利用する要素に大きな違いがあったことがお分かりいただけたかと思う。全ての評価で共通で考慮されていたのは寿命くらいだろうか。
もちろん絶対的にいい国も絶対的に悪い国も存在しないし、パーソナルな思い入れや都合など国際評価に影響しない要素も個人にとっては重要だ。
多くのデータを収集・精査・統計処理をしてくれた各機関のランキングを最大限楽しみ、知識の糧とするために必要なのは、自分の住む国や祖国が高評価を得ようが低評価を得ようが、一喜一憂せず、一つの指標として参考にしつつも、そのランキングがどんな視点で何を基準にスコアリングしているのか、ちょっと細部を見てみる好奇心だろう。
さて次は、どんなランキングのどんな評価が私たちを楽しませてくれるだろうか。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)