爆発的に拡大したリモートワーク

2020年は誰にとっても激動の年だったと推測するが、パンデミックがもたらした多くの「ニューノーマル」のうち、ワーキングスタイルに最も大きな影響を及ぼしたもののひとつがリモートワークだろう。世界各地で定着しつつある、主に自宅から仕事をするスタイルはある種の緊急措置として私たちの生活に導入された。

しかし、終わりの見えないパンデミックにより筆者も含め多くの人が、いまだ様々なメリット・デメリットを発見しつつ、より良いリモートワークの可能性を試行錯誤しているのではないだろうか。

通勤に費やす時間も体力もセーブでき(特に毎朝のラッシュ通勤を経験していた人にとってこの意義は大きいだろう)、労働時間もフレキシブルになる。またオフィスの人間関係によるストレスを軽減できるし、自家用車通勤が減れば渋滞緩和や省エネにもつながるなど、リモートワークの恩恵は大きい。

その一方で、家には子どもがいたりと集中しづらい条件がそろっていて、リモート勤務の環境整備に苦労した人も少なくないだろう。

世界経済フォーラムは、通勤が不要となったことで多くの人が通勤によるカロリー消費や職場と家とのモード切り替えの機会を失っていると指摘。また35%のアメリカ人が「今まで通勤していた時間に、結局だらだらと仕事してしまっている」と回答したことを受け、明確に線引きをした仕事の初めと終わりの時間に家を出て散歩をする「バーチャル通勤」をする習慣を勧めている。

家はそもそも、仕事をする場ではない(画像:pixabay)

そして最近はそんな私たちのために、そしてこれからのより良いワーキングスタイルの追及のために、リモートワークの影響を様々な視点から分析する調査も増えている。

スラック調査では「7割がハイブリッドを希望」の結果

その中の1つ、10月に世界経済フォーラムによるオンラインサミットにおいて米Slack社から発表された調査結果「RemoteEmployeeExperience Index」において、リモートワークに関する興味深い数々の傾向が明らかになっている。

現在、利用中の人も多いSlack(画像:unsplash)

米国、英国、フランス、ドイツ、日本、オーストラリアから9,000人以上の現在リモート勤務中のビジネスパーソンのデータを収集した同調査によれば、最も大枠の結論として「多くの人が今後のワークスタイルとして『ハイブリッド型』を望んでおり、時折オフィスを含め自宅以外で働きたいという人が多数派」ということが判明した。

また、今後のどのようなワークスタイルを望むのかという質問においては、ハイブリッド型がグローバル平均で72.2%、自宅のみが13%、オフィスのみが11.6%という結果に。現代的な会社組織が定着してから何十年もほぼ唯一の選択肢として順守されていた「オフィスのみ」が、たった数か月のパンデミックにより最も不人気なワークスタイルに失墜したのも感慨深いが、その一方で「自宅のみ」への支持もなかなかの不振ぶりを見せている。

詳しい内容は?

データをもう少し詳しく見てみよう。

同調査はリモートワークの最大のメリットを「『通勤』の廃止による経費削減とワークライフバランス向上」と前提づけた上で、先述のように日本を含む6か国9,000人以上のリモートワーク中のビジネスパーソンを対象として、以下の5つの面からリモートワークの満足度を数値化することを目的とした。

  1. 生産性:仕事のクオリティを保ちつつ遂行する効率性
  2. ワークライフバランス:仕事と私生活のバランスのとりやすさ(切り替えの容易さ)
  3. ストレスと不安の管理のしやすさ:オンライン勤務におけるプレッシャーと不安のコントロールのしやすさ
  4. 帰属意識:自分の作業チームの他の人に受け入れられ、評価されているという感覚
  5. 在宅勤務環境:リモートワーク体験を支えるインフラストラクチャとサポートへの満足度

これらの項目の中の各質問に、-100(職場で仕事する方が絶対的に良い)から100(自宅勤務の方が絶対的に良い)の間で回答を求めた結果、「帰属意識」(-5)以外の4項目で総合ポイントとして「在宅勤務の方が満足度が高い」という結果に。

最も高い値が出たのは「ワークライフバランス」(+26)、次いで「在宅勤務環境」(+20)、「ストレスと不安の管理のしやすさ」(+17)、「生産性」(+11)の順で在宅勤務への満足度がフィードバックされた。

分析で同社は「従来の働き方に戻りたい人は少数派」であるとしながらも、在宅勤務で若干悪化したと言われる「帰属意識」に注目し、「労働者の帰属意識はチームの長期的な健康さに不可欠な要素なので、これからの組織はメンバー間のつながりを築く新しい手段に投資する必要がある」としている。

総合スコアは「帰属意識」以外おおむね良好(画像:Slack)

調査結果が明かすリモートワーク5つの「ウソ・ホント」

同調査ではこのほか、「リモートワークへのシフトは順を追って遂行する余裕がなく、短時間での抜本的な構造的変化を必要とするため、反感や違和感を持たれやすい」と指摘。世間一般的に人々がリモートワークに対して抱きがちな5つのイメージ(偏見)を挙げ、その真偽をデータから確かめている。

  1. 労働者には9時から5時の「決まったリズム」が必要 ―ウソ

データによれば、リモートワークでも9:00-17:00の「勤務時間」が規定されていた人に比べて、自分で勤務時間を決められるフレックス勤務をしていた人は全ての項目において高い満足度を示している。生産性の上げ幅がほぼ2倍(+13.1%)であり、さらに興味深いことにリモートワークの最大の課題である「帰属意識」の下げ幅がどういうわけか-0.2と小さい(勤務時間規定群は-5.8)。

  1. 「定例ミーティング」への参加は帰属意識を高める ―ウソ

Slack社の副社長Brian Elliott氏は結果を踏まえ、「定例ミーティングは帰属意識を高めるのに大して役に立っていないかもしれません」と述べている。

現状報告・確認のための週1回の定例オンラインミーティングに参加しているリモートワーカーは、同じ内容を全員で共有するためのデータを一方的に受け取っている群よりも帰属意識の下げ幅が大きい。つまりこのデータに限れば、「定期的に顔を合わせる」「その場で発言する権利を与えられている」ことは、意外なことに労働者の帰属意識に寄与していないのだ。

では逆に、オンラインでメンバーの帰属意識に貢献する活動は何なのだろうか。今回の調査によれば帰属意識と有意な関連性が見られたのは、隔週の成績優秀者やチームの成果をフィードバックするお祝いイベント、月に1度のオンラインゲームなどチームビルディング活動、メンバーによる自主的な(職場主導でない)交流活動の3つだった。

  1. 子どもがいるメンバーにリモートワークは不利 ―部分的にホント

同Elliot氏は自身が米国人であるせいか、アメリカの子どもを持つ女性リモートワーカーの満足度の低さに注目している。特に生産性、在宅勤務環境、ワークライフバランスの上げ幅が米国以外の5カ国に対して有意に低いことを指摘。

「公的資金による育児などに対する強力な社会的セーフティネットの欠如が、子どもを持つ米国の女性に不公平な影響を及ぼしていることをデータは明確に示しています。この分野に関する改善を政府には期待できないので、民間企業がこのニーズを埋めるための取り組みを一歩先に進めない限り、私たちは無視できない量の人的資源を活用できずに無駄にし続けることになるでしょう」とコメントしている。

子持ちは男女問わずリモートワークで帰属意識が上がっている点も興味深い(画像:Slack)
  1. マイノリティグループに属する人は、リモートの満足度も低い ―ウソ

私たち日本人には比較的意識に新しいが、米国では長年に渡り累積し、今年特にフィーチャーされた人種問題。

Elliot氏は今回の総合スコアで有色人種ほど高い上げ幅を記録(最も高いのはアジア系の+16.6%)し、特に帰属意識の項目でマイナス1.3ポイントとなった白人グループに比して、アフリカ系+8.4、アジア系+7.6、ヒスパニック系+5.2と、マイノリティグループにおいてはむしろリモートワークによって組織への帰属意識が上がった事実に注目。

今回のパンデミック以前から有色人種のオフィスワーカーたちが感じていたオフィスでの不公平さや、マジョリティである白人メンバーが無意識に感じていたかもしれない仲間意識に言及し、「この件に関してはもっと詳細な調査が必要」と主張するとともに、「リモートワークへの移行は、私たちが目指すフラットな社会への大きな原動力となり得る」と強調している。

  1. 経営幹部・マネージャーはリモートワークに順応しにくい ―ホント

年齢的な要素もあるかもしれないが、「管理職がリモートへの移行に難色を示した」という現象は私たち日本人にもなじみ深い。

6か国を対象とした本調査でもその傾向は明確に表れている。特に人事関係の管理職の場合、総合スコアの上げ幅(+10.5)がその他のそれ(+15.2)より有意に低く、特に生産性の低下(人事系管理職 –9.4に対し、それ以外は +14.8)、帰属意識やストレスと不安の管理のしやすさの上げ幅の少なさなどが指摘されている。特に経営幹部よりも中間管理職にこの傾向が強いとも。

Elliot氏はこの原因を、リモートワークとオフィスでの勤務における管理職の役割の違いに求める。

「リモートワーク社会において管理職に求められる役割は『管理』ではなく、コーチングやネットワーキングです。非管理職から管理職への移行には、まったく新しいスキルセットの獲得が必要とされるようになるでしょう。これからの組織は、人事管理者がチームを導き、つながりを築けるようになるための新しい手段を開発できるよう、時間とリソースを投資する必要があります」と見通している。

調査は四半期ごとに更新予定

Slack社はこのパンデミックによるリモートワークへの移行を、「各組織がオフィス文化のいい部分は残しながらも、悪い習慣や非効率的なプロセスから解放されるように運営方法を再発明するユニークな機会」と定義している。

今後も四半期ごとに調査を繰り返しながら、国や仕事内容による違いなど、調査内容を拡張していくという。

日本の住宅事情とリモートワーカー

今回のSlack調査では、経験者はおおむねリモートワークに好意的な声を寄せたといっていいだろう。

一方、日本独自の調査のひとつによれば、30~40代の子育て世代を中心とした回答者のうち約6割がリモートワーク中だが、その中の4割がリモートワーク用の部屋を持たない。多くの人がリビングやダイニング、ベッドルームに「間借り」して仕事をしているとのことだ。

本Slack調査でも、日本はハイブリッド勤務希望が65%、「自宅勤務のみ」希望が8%と、6か国中最も低い数値を示した(かといって『職場のみ』は13%と最も高いわけではなく、他の選択肢に拡散した結果)。

わが国の住宅事情を鑑みれば、「仕事場難民」のような状態の人も少なくない。カフェなどの飲食店で仕事をする人の増加も指摘されているが、レンタル・コワーキングスペースなど独自の仕事場ビジネスの発展も進んでいる。

みんなが効率的で居心地のいい安住の仕事場を得られる日まではもう少し時間がかかるかもしれないが、少なくともこのパンデミックがその突破口となるディスラプションを起こしたことは間違いない。世界は理想の仕事環境を手にする道のりを歩み始めたばかりなのかもしれない。

「理想の仕事場」を求めて(画像:unsplash)

文:ウルセム幸子
企画・編集:岡徳之(Livit