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新型コロナウイルスがヨーロッパを再び席巻している。一部の国や地域ではすでにロックダウンに入っており、レストランやカフェは閉鎖。夜の外出時間も制限される事態となっている。
ヨーロッパは暗く、寒い季節に突入しており、ただでさえ閉塞感や孤独感が強まる時期。今回のロックダウンは、春先よりも人々の心理に深刻な影響を与える可能性がある。そんな中、約1年前から始まったスウェーデンの実験的な共同アパートが注目されている。
老人の孤独問題と難民の社会問題を解決
老人の孤独問題は、ロックダウンよりもずっと前から世界各地で顕在化している。特に、若者がヨーロッパのどの国よりも早くから自立し、社会保障も厚いスウェーデンでは、家族や公的施設に頼ることなく自宅で1人暮らしをする老人が多く、彼らの孤独が2016年頃から問題視されてきた。
ある調査では、老人たちが「社会から切り離されていると感じている」との結果が伝えられたほか、彼らのコミュニケーションが同年代の老人の間だけにとどまっていることが明らかになった。
一方、ほぼ同時期に問題視されたのが難民問題。増え続ける難民に住宅を提供し、彼らをスウェーデン社会に馴染ませることが各自治体の緊急課題となっていた。そこで、この2つの問題を同時に解決すべく、2019年11月、スウェーデン南部のヘルシンボルグで共同アパート「Sällbo(セルボ)」が生まれた。これはスウェーデン語の「Sällschap=社会」と「Bo=生活」を組み合わせた名前だという。
老人とZ世代が共同生活
老人ホームを改装して作られた同アパートは、4フロアから成り、全51室。2020年9月現在で72人が入居しており、このうち過半数は70歳以上。残りは18~25歳の若者で構成されている。若者の約半分は生粋のスウェーデン人で、彼らが老人と移民の「橋渡し役」にもなっているという。
入居前には面接があり、経歴や性格、宗教、価値観などで偏りがないよう配慮されている。また、入居時の契約書には、1週間に最低2時間、アパートの住民たちと交流することが明記されている。
部屋のサイズは36~49平米で、1カ月の家賃は4650~5410クローナ(約5万5000~6万5000円)。スウェーデンの同程度のアパートの家賃(8万4000~12万円)に比べて割安だ。家賃には電気、水、暖房、地下貯蔵が含まれている。アパートは市がサポートする非営利不動産業者「Hersingborgshem」が運営している。
得意技を生かして助け合い
「ここは今まで住んだ中で最高の住居ですよ」
「こういうライフスタイルが大好きです」
と言うのは、アパートに住む老人、エリック・アールステンさんとマンフレッド・バカラックさん。アパートが立ち上げられてから約1年が経過したが、英『ガーディアン』によれば、住民たちの満足度は非常に高いという。老いも若きもそれぞれの特技を生かして、互いに助け合って生活している。
92歳の元教師は、移民の若者たちに英語を教授。また、老人たちは忙しい若者に代わって料理や壊れ物の修理を担当したり、車の運転の仕方を教えたりもしている。一方、若者たちは新しいテクノロジーやソーシャルネットワークの使い方を老人たちに教えたり、アプリのインストールやオンラインでの情報収集を手伝ったりしている。ガーデニングを楽しむ活動や、土曜夜の「ムービーナイト」も盛況だ。
アパートの共有スペースは、大きな共同キッチンや、ヨガルーム、図書室、アート・クラフト・スタジオなど、500平米以上。1階の大きなラウンジではWifiが使えるほか、テーブルサッカーや住民が寄付したピアノも設置されている。新型コロナウイルスが流行る以前には、誕生会やパーティもしょっちゅう開かれていたという。
「コロナ禍」でも効果を発揮
新型コロナウイルスの拡大を受け、同アパートでは老人へのウイルス感染が懸念されたが、これまでのところ感染者は出ていない。老人たちは自らを部屋に隔離したり、若者たちに買い物を代行してもらったりしながら、「コロナ第1波」を切り抜けた。若者と老人との共存は、コロナ禍でもうまく機能していたという。
ロックダウン中は老人だけでなく、世界中で若者の孤独感や閉塞感も問題視された。学校や職場が閉鎖され、家族や友人と会う機会も制限され、カフェ・レストラン、コンサートやスポーツ観戦に行くこともままならない状況で、多くの若者が精神的に鬱状態に陥った。スウェーデンの世代を超えた共同アパートは、老人のみならず若者の孤独問題解消にもつながるだろう。
一方、老人の孤独問題を発端に、他国でも若者と老人の共同生活を試みる動きがみられる。フランスでは独居高齢者と住まいを探す若者をマッチングするNPOが設立されたほか、住居シェア・マッチングのためのプラットフォームを開発するスタートアップも生まれた。「Cette Famille(セット・ファミーユ)」という同スタートアップ企業は、専門家によるトレーニングを受け、政府の認定を得た受け入れ家族と、独居に不安のある高齢者をマッチングするサービスを提供している。
アメリカでもメイン大学と、東部地域のNPO「Eastern Area Agency on Aging」が「プロジェクト・ジェネレーションズ」を立ち上げ、大学生が地域の1人暮らしの老人を訪問し、小さな雑用をこなしたり、安い家賃で部屋を借りる代わりに家事を代行したりする試みが行われている。
世界が注目する実験結果
コロナ禍が始まる前、Sällboにはカナダ、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、韓国などから視察団が訪れていた。大学や研究機関による視察も多く、同アパートの実験結果を世界が見守っている。
スウェーデンのルンド大学で住宅開発を研究するイーベッテ・アロヨ博士によると、スウェーデンにはこうした集合住宅(Collective House)が50軒ほど存在するが、「社会の統合」を前面に打ち出した集合住宅はSällboが初めて。これまでのところ、こうした住宅の研究はまだ少ないという(スウェーデンのテレビ「SVT」より)。
アロヨ博士は「老人が多様な住民たちの一部であるという事実は、統合のための成功要因だと思います」と述べ、住民の多様性が重要であることを示唆している。今後は、アパートの若者が果たした役割や、移民がスウェーデン社会とのコンタクトを得ることについても評価する意向を示している。
『ガーディアン』によると、スウェーデン国内では、すでに3都市が同様のコンセプト導入を計画している上、ほかの多くの都市でも似たようなアイデアが生まれているという。
コロナ禍で人々の孤独問題が改めてクローズアップされる中、老人の隔離や公共サービスへの依存によらない、「第3の道」が模索されている。老人と若者の共同生活という古くて新しいライフスタイルは、1つの解決策として、今後世界で広がっていくのかもしれない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)