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ロックダウンで伸びた楽器需要
日本国内で巣ごもり需要により楽器の売り上げが伸びているといわれているが、海外でも同様のトレンドが起こっている。
米ワシントン・タイムズ紙7月9日の記事が伝えたヤマハ米国法人のトム・サムナーCEOの話によると、このところギターの売り上げが急増、5〜6カ月分に相当する本数が2カ月で売れたという。
同国の楽器オンライン販売最大手Reverb.comでも、ギターやウクレレの検索件数と販売数が急増。ウクレレに関しては、検索数が99%増加したとのこと。
また、同じく楽器オンライン大手Sweetwater.comでも、ブラックフライデーとサイバーマンデーに匹敵するほどの売り上げを記録。これに対応するため配送センターで100人を新たに雇用した。
インドでも楽器の売り上げが急増している。
地元紙The Times of India6月28日の記事では、都市部の若い世代の間でロックダウン下の時間の過ごし方として、新たなに楽器演奏を始める人が急増していることを伝えている。楽器の需要増にともない、インド最大の楽器製造ハブといわれるコルカタ・ラルバザールは活況の様相だという。
インドでは米国同様にギター、ウクレレ、電子ピアノなど西洋楽器の人気が高いとのことだが、シタールなどのインド古典楽器への関心も高まっている。ヴィーナ・スリバニ氏(YouTubeフォロワー98万人)など、シタール演奏インフルエンサーの影響が大きいようだ。
楽器演奏が脳に与える影響、ストレス低減の可能性も
他にも様々なアクティビティがある中で、なぜ人々は楽器演奏に向かうのか。
その理由の1つとして考えられるのが「本能的な選択」というもの。ロックダウンでストレス度が高まる中、楽器演奏によってストレスを軽減し、ウェルビーイングを高めようとする脳の本能的な行動が、楽器需要増に結びついている可能性があるのだ。
楽器演奏や音楽視聴が脳に与える影響に関して、これまで様々な研究が行われているが、脳にポジティブな影響を与えることを示唆する研究は少なくない。
音楽視聴の効果に関しては「米国科学アカデミー紀要」2019年2月に掲載された論文「Dopamine modulates the reward experience elicited by music」が話題となった。
このフランス・リヨン大学の研究者らによる共同論文は、薬理学的アプローチで、人が好きな音楽を聞くと脳のドーパミン放出量が高まること示している。ドーパミンは、モチベーション、注意力、集中、学習、クリエイティビティなど心身の重要な機能に影響する物質として知られている。
音楽視聴だけでなく、楽器演奏も心身にポジティブな影響を及ぼす可能性がある。
音楽療法の学術誌「Journal of Music Therapy」で2002年3月に掲載された米ウィラメット大学の研究者による論文によると、楽器演奏によってストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量が減少することが観察されたという。
脳科学分野の学術誌「Brain and Cognition」で2017年2月に掲載されたカナダ・モントリオール大学の研究者らによる論文も興味深い傾向を伝えている。それは、長らく楽器演奏のトレーニングを受けてきたミュージシャンの脳の反応速度はそうでない人に比べ速く、また複数の感覚器官から得た複雑な情報をまとめる能力が高いという傾向だ。
この実験は、モントリオール大学・音楽学部の学生16人と音声言語病理学部の学生19人を対象に実施。音楽部の学生らは3〜10歳の間に楽器演奏を開始、楽器演奏歴は10年前後となる。
実験では、被験者は片方の手をコンピューターマウスの上に、もう片方の手を振動デバイスに置き、3パターンの合図でマウスをクリック、それによって脳の反応速度を計測した。3パターンの1つ目はノイズの発生、2つ目は振動デバイスの振動、3つ目はこれら2つの同時発生。つまり、聴覚(ノイズ)と触覚(振動)の反応速度と、それらが複合された場合の反応速度を計測したことになる。
実験の結果、音楽部学生の反応速度は、音声言語病理学部の学生の速度を大幅に上回った。
研究者らはこの結果を受け、長期間の音楽トレーニングが演奏以外の状況においても素早く反応できる脳をつくりだす可能性を示唆するものだと指摘している。
若い頃の音楽体験と脳の柔軟性
学術的な研究ではないが、若い頃の音楽視聴や楽器演奏が脳の柔軟性を高める可能性を示す調査もある。
米国退職者団体AARPの調査によると、小学校時音楽に触れる頻度が高くなるにつれ、調査対象者(18歳以上)の新しいことを習得するスキルに関する自己評価も高くなることが判明。小学校時に音楽によく触れていたグループの間で、習得スキルが高いと評価する割合は68%となった一方、小学校時音楽に全く触れていないグループでは50%にとどまるものとなったのだ。また同調査は、現在音楽レッスンを受けている人は、そうでない人に比べ、認知能力について自己評価が高い傾向も示している。
夏が終わり秋冬シーズンが到来したが、米国などでは感染増加が収まる気配はまだ見えない。楽器熱はまだまだ上がっていくのかもしれない。
[文] 細谷元(Livit)