INDEX
昨今アメリカのエンタメ産業で、ニューロダイバーシティで多様な人びとを登場させる取り組みが活発化しているようだ。
Apple TVで今年7月に放送されたコメディドラマ『Little Voice』では、実際に自閉症を持つ役者が自閉症の役を演じた。近年ドラマや映画界の状況も大きく変化し、インクルーシビティを求める声が高まる中、Little Voiceの配役が可能となった。
今回は、Little Voiceの事例を参考に、アメリカのドラマ・映画界で起こっているニューロダイバーシティの拡大を紹介し、その成功の裏側を探る。
ニューロダイバーシティの発端と拡大
ニューロダイバーシティとは、英語で「Neurodiversity」と記載され、「Neurological(神経学の)」と「Diversity(多様性)」を合わせた混成語である。つまり、日本語で「(脳の)神経(構造)の多様性」というと分かりやすいかもしれない。
この言葉は、1988年に自閉症をもつオーストラリアの社会学者、Judy Singer氏が彼女の論文に初めて起用したのが起源だ。1990年代後半には神経学的多様性は本質的に病的なものであるとする通説に対抗する形としても表現された。出版物に初めて掲載されたのは1998年で、ジャーナリストのHarvey Blume氏が雑誌「The Atlantic」にこの言葉を掲載した。
The Atlanticでは、「神経多様性は、生物多様性が生物にとって重要であるのと同じように、人類という種にとって重要な概念かもしれない。どんな神経配線がその時々に一番適しているか、なんてことを言える人などいるだろうか?例えば人工頭脳学やコンピュータ文化においては、いくらか自閉的であるマインドが向いているのかもしれない」とBlume氏が1998年に語っている。
翌年Singer氏は、「神経学的に異なることは、階層やジェンダー、人種などのよく知られた政治的カテゴリーに新たに追加されるべきもので、障がいの社会モデルの洞察を強化する」と書いている。言い換えると、ニューロダイバーシティは、脳内の違いおよび神経学的な違いとして人種やジェンダー、性的指向や障がいなどと同様に、一つの社会的カテゴリーとして認識され、尊重されるべきだとするアプローチといえる。
また、ニューロダイバーシティは「ASD(自閉症スペクトラム)」や「ADHD(注意欠陥多動性障害)」といった発達障害の方を含め、多様な人材を組織として活かそうとする取り組みのことでもある。アメリカの保健社会福祉省のデータによると、現在アメリカで54人に1人の子どもが自閉症スペクトラムがあり、彼ら成人の失業率は85%にも達している。
こうしたニューロダイバーシティの考え方やムーブメントが広がる中、企業や社会においても、自閉症やADHDなどの神経疾患を持った人を活用する動きが進んでいる。ドラマ・映画業界も例外ではない。
ドラマ映画業界でのニューロダイバーシティ
歴史的に、ニューロダイバーシティの配役には通常、活躍する俳優たちが使われてきた。『フォレストガンプ』のトム・ハンクスや『レインマン』のダスティン・ホフマンなどのスターたちが良い例だ。アカデミー賞の歴史の中で障がいのあるキャラクターを演じている61人のオスカー候補者と27人の受賞者のうち、障がいのある俳優によって演じられたのは2人だけ、という数値もある。
だが近年の動きを受け、Apple TVで7月10日放送されたコメディドラマLittle Voiceでは、自閉症の役Louie King(ルーイ)が登場し、この役を務めたKevin Valdez氏は実際に自閉症を持つ役者だ。
同ドラマの共同ディレクターJessie Nelson氏は、2001年のショーン・ペンが知的障害のある父親を演じた大作『I am Sam(アイアムサム)』を執筆および監督を務めた人物だ。彼女がアメリカのメディアCNETに語ったところによると、アイアムサムの制作において、実際に障がいを持つ役者を起用したいと考えていたが、当時はそれが許されなかったという。
そして現在でも、自閉症以外の役を演じる自閉症スペクトラムの俳優は、まだほとんどいないのが現実だ。
Little Voice制作の裏側と、監督の声
では実際、Little Voiceはどのように配役決定やプロダクションを行っていったのだろうか? ルーイ役を務めるValdezの配役が、簡単に決まったわけではなかったようだ。
番組制作チームは、ルーイの配役に非営利組織「Futures Explored」を起用したが、配役は難航していた。ジョントラボルタの兄弟が後援するFutures Exploredの「Film and media workshop」は、発達障害のある人が映画製作・マルチメディア開発・映画およびメディア業界での潜在的な仕事に求められる演技スキルを学べる職業プログラムだ。
その中でもNelsonたちは100人以上の候補者を見たが、適役が見つからなかった。発注大本のアップルは、番組の開始日を延期しチームへもう少し時間を与えた。その後、Valdezがオーディションに推奨され、監督はValdezをすぐに抜擢し、やっとプロダクションが始まった。
プロダクションの撮影現場では、心理学者や福祉指導員、障害者のコミュニティで演劇を制作するコンサルタント、グループホームの調整に特化したコンサルタントなどを配置したという。その目的は、Valdezや他の自閉症者を、現場でできるだけ落ち着いて、リラックスできるようにすることだったという。
Valdezは、「なにか変更があるたびに、チームは最初に僕に教えてくれたので、僕はすべての情報を得ることができた。そして彼らはその体制を保ってくれた」と語る。彼の演技中の懸念は対話が多いシーンをどのようにクリアするかだったが、実際は問題なく、撮影はとてもスムーズにいったという。
Little Voiceではルーイだけでなく、彼の3人のルームメイトもニューロダイバーシティであり、実生活と画面の両方で自閉症をもっている。ニューヨーク・タイムズがコミカルであると批評した一方、監督のNelsonは、彼女自身や他の役者にとって、彼らはキャストで重要な役割を果たしているという。
「ユニークな能力のある俳優やスペクトルの俳優をキャストすることを躊躇し、彼らがプロダクションの工程を遅くするだろうと考える人たちもいます。しかし、実際はそれの反対です。彼らの仕事はすばらしく、まわりのすべての人からも最高の演技を引き出します」と監督の彼女は語る。
今までニューロダイバーシティ人材はコミュニケーションが苦手であることなどを背景に、現場でなかなか受け入れが進んでいなかったのが事実だ。しかし、Little Voiceの例は、特定の優れた能力を持つ人がその力を生かして働ける環境を整えることで、大きな戦力として活躍ができることを物語っている。
一方で、健常者にとって都合のよい、受け入れやすい秀でた能力を有する一部の軽症者だけを念頭においた、理想論であるというような批判もたしかにある。しかし、ニューロダイバーシティ人財をドラマ・映画業界に受け入れられていることはれっきとした事実であり、このムーブメントが多方面に向けて影響と変化をおよぼしていくのは今後必至だろう。
文:米山怜子
企画・編集:岡徳之(Livit)
参考
https://intelligence.wundermanthompson.com/2020/08/neurodiverse-television/
https://deadline.com/2019/12/hollywood-open-letter-increase-casting-of-actors-with-disabilities-1202815148/
https://www.cnet.com/news/apples-little-voice-showcases-actors-across-the-autism-spectrum/
https://the-art-of-autism.com/neurodiverse-a-person-a-perspective-a-movement/