大学入試でもプログラミングが導入?

2020年4月、日本の小学校では「プログラミング」が必修化された。しかし、新型コロナウイルスによる非常事態宣言の発令により大部分の小学校で休校を余儀なくされ、休校措置が解除されたいまでも現場の教員はその対応で手一杯になっている。

2021年度からは中学校の技術・家庭科の技術の分野においてプログラミングの要素が倍増し、2022年度からは高校で「情報Ⅰ」というプログラミングを含む科目が共通必修科目となることが決まっている。

2020年度から始まる大学入試の共通試験においても、2024年度からはプログラミングを含む科目を追加することが検討されている。つまりプログラミングは、いわゆる理系と呼ばれる人たちやソフトウェアエンジニアだけでなく、誰しもが身につけるべき基本的な教養の一つに含まれるようになったと考えてよいだろう。

今後、10年もすると、小学校の時から当たり前にプログラミングに触れてきた世代が社会に出ることになる。ゆとり世代が社会に出たときに社会問題のように取り扱われたが、プログラミング教育をうけた世代も同様に「新しい価値観」を持った世代になることは間違いない。どのような目的でどのような教育がされているのか正しく理解することは、今後の社会の変化を予測する上で必ず役に立つ。

「プログラミング」という科目が増えるわけではない

新しい時代の基礎教養のひとつとなったプログラミングであるが、小学校から中学校、高校と進むに連れ、内容や目的も専門性の高いものに変化している。ここでは小学校におけるプログラミング教育について、その導入の形と目的をみていく。

まずは「導入のかたち」である。プログラミング教育の必修化と聞くと「プログラミング」という科目が新設されたという印象を持つ人も少なくないだろう。しかし実際は科目が新設されたわけではなく、既存の科目の授業にプログラミングを組み込むかたちで必修化された。

プログラミングを通して「教科等で学ぶ知識及び技能等をより確実に身に付けさせること」が求められている形である。具体的な組み込み方についての指示はなく、各学校現場では状況と子供の発達段階に合わせて工夫した授業を作らねばならない。一方で、コンピューターなどのデバイスを用いることは明確に求められており、環境構築が必須となっている。

次に目的についてである。小学校におけるプログラミング教育の目的は大きく3つある。

1.「プログラミング的思考」を育むこと。

2.情報社会がコンピュータ等の情報技術によって支えられていることなどに気付き、コンピュータ等を上手に活用して身近な問題を解決したり、よりよい社会を築いたりしようとする態度を育むこと。

3.各教科等での学びをより確実なものとすること。

なかでもひとつ目の「プログラミング的思考」を育むことを強調される場合が多い。

論理的に考える力=プログラミング的思考

プログラミング的思考は2016年に文部科学省で開かれた「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」の議論で次のように定義されている。

「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つひとつの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」

端的に言うと手続き的で論理的な思考力である、例えば夕食を作る場合、必要な材料はなにか、料理のステップをどのように分割し、どういう順番で、何時から実行するか論理的に考える力はプログラミング的思考力である。

ここまででわかる通り、プログラミング的思考自体は実際のプログラミング力とはあまり関係がない。筆者のようにプログラミング教育を受けていない世代の人間でも、例えを聞けば「そんな能力はプログラミングを使わずとも身に付けられるのでは…?」と感じられるような能力である。そのため、「アンプラグド」と呼ばれるコンピューターを使わないプログラミングの授業を行っている学校もある。

プログラミング教育の実践例

ここまでに述べてきた指針を踏まえ、2018年度から移行措置期間が設けられ、一部の研究指定校などではプログラミングを組み込んだ授業が行われてきた。文部科学省はプログラミング教育の事例として以下のような物を示している。

算数「〔第5学年〕 の「B図形」の(1)における正多角形の作図を行う学習に関連して,正確な 繰り返し作業を行う必要があり,更に一部を変えることでいろいろな正多角 形を同様に考えることができる場面などで取り扱うこと」

【算数編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説329ページ

理科「〔第6学 年〕の「A物質・エネルギー」の (4) における電気の性質や働きを利用した道具があることを捉える学習など,与えた条件に応じて動作し ていることを考察し,更に条件を変えることにより,動作が変化する ことについて考える場面で取り扱うもの」

【理科編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説99ページ

小学校のプログラミング教育は現場の裁量でさまざまな取り組みを行えるが、まずは学習指導要領に例示された取り組みから実行している学校が多い。一方、例とは別の取り組みをしている学校もある。ここでは筆者の関わっている大阪府の小学校でのmicro:bitを使った取り組みを紹介する。

イギリス発のmicro:bit(マイクロビット)

現在、子供のプログラミング教育向けに作られたプログラミング言語やプログラミング環境は数多くあり、民間でさまざまな取り組みがなされている。一方で公立の小学校でよく使われている言語・環境はScratchやビスケットなどある程度限られており、micro:bitはその中のひとつである。micro:bitはプログラミング教育用に開発されたマイコンボードとプログラミング環境を指す言葉である。

マイコンボードという言葉を聞き慣れない人もいるかもしれないが、大雑把に「小さなコンピューター」と考えて問題ない。手元にあるコンピューターと同様にCPUが載っていて、マウスやキーボードのような入力の機能とディスプレイのような出力の機能をそなえた小さな基板である。

micro:bit

micro:bitはイギリスで開発されたマイコンボードで、世界中の教育現場で広く利用されている。2,000円程度と安価でありながら温度センサーや明るさセンサー、タッチセンサーなどさまざまなセンサーを搭載し、無線通信機能まで備えている。

ブロック型のプログラミング言語からテキスト型の言語まで対応しており、初心者から趣味でプログラミングや電子工作を楽しむ大人まで広く深く使うことができる。上で紹介した理科の電気の使いみちの授業でも活用できることから、導入する自治体が増えている。

プログラミングする様子

算数×体育×micro:bitプログラミング

例えば、小学6年生を対象に、自分の走る速さを計測できる「速度計」を作る授業がある。

算数の授業では6年生で速さを求める公式を学習するが、実際の物の動く速さを求める活動は行われない。一方で体育の授業では50メートル走のタイムの計測はするが、そこから速さを計算する活動は行われない。この2つにプログラミングを組み合わせ、算数で学習した内容を実際に役立てることで学びを深めることが目標である。場所の都合で20メートル走ったときの速さを計測する速度計を作製した。

まずは算数で学習した速さの求め方の復習をする。速さを求めるためには、距離と時間が必要なことを思い出したのち、それを盛り込んだプログラミングを行う。

micro:bitについているボタンを使って20メートル走のスタートとゴールのタイミングを取れば、あとは20メートルと決められている距離と一緒に計算して速度を求められるというのをプログラムに落とし込んでいく。

プログラムに落とし込む過程で「プログラミング的思考」を体験することができる。

実際に作ったプログラムの例
実際に20メートル走って速さを計測している様子

コロナ禍とプログラミング教育

2020年、コロナ禍による休校期間中は多くの学校では課題を配布し、家庭学習が行われた。ただ、千葉県教育委員会が行った千葉県内の公立小中学校を対象にした調査によると、家庭学習では学力が定着しなかったとした学校が全体の8割を超えたことが分かっている。

学校では現在、休校期間中の学習を取り戻すためのさまざまな措置が取られている。息子の学校(都内公立小学校)では入学式も開催されず、運動会も音楽会も作品展覧会も中止の方針である。加えて高学年では課外学習も中止となった。夏休みの期間はたったの3週間とかなり短縮された。プログラミング教育で学びを深めるどころか、通常の学習時間を確保することすら難しい状況だ。

保護者の立場としては学習面だけではなく、通常の学校生活に対しても不安を抱えている。筆者の息子は今年小学一年生になったが、休校が明けるまで一度も登校できず、先生とコミュニケーションを取る機会もなく、お友達も作れないままであった。

再開してようやく先生やお友達とのコミュニケーションの機会は得られるようになったが、給食の時間もおしゃべりはできず、休み時間も全員自分の席に座って机の上でできる遊びをしなければならない。誤解を恐れずに言うと、プログラミング教育どころではない。

一方、コロナ禍によるオンライン授業への需要の高まりは、プログラミング教育にとっては好機とも捉えられる。オンライン授業を行うとなれば、学校はICT設備を充実させざるを得ない。現場の教員もコンピューターを使った教育に早急に対応する必要が出てくる。混乱のさなかではあるが、今後のICT教育の広まりからのプログラミング教育の発展に期待せずにはいられない。

文:小室真紀