民間参入で変わる宇宙産業のいま

人類が月面に立ってから51年。これから世界はどこへ向かうのだろうか?

世界各国で宇宙開発への熱が高まり近年多くの資金が投入されている。現在、宇宙ビジネスの世界の市場規模は2010年の約27兆円から2020年では約40兆円程と成長しており、今後も飛躍的に伸びていくと予想されている。

そのひとつの要因が、民間企業の宇宙産業への参入である。各国の特色を踏まえ、ここ数年で多くの民間企業そして宇宙開発参入のためにベンチャー企業が誕生した。

宇宙産業といってもさまざまでありその内訳をみると、

・ロケット開発を行う輸送系
・惑星での探査や資源開発を行う探査系
・衛星データを利用する宇宙データ利用系
・衛星の運用や地上整備を行うインフラ系
・国際宇宙ステーション、周回衛星を始めとした軌道サービス系
・宇宙旅行や宇宙滞在を目指す有人宇宙系

といった分野に分けることができる。

このなかで市場の多くを占めるのが、衛星データを利用する宇宙ビジネスであり、全体の約35%を占める。この分野は初期コストが他の分野に比べて低く、既存ビジネスとの親和性も高く参入しやすいため、日本の民間宇宙企業のなかでも最も多い分野である。このなかには交通、農業、漁業、地図、エンタメなど様々な分野が含まれている。

一方で、メディアで多く取り上げられるロケット開発や衛星開発は全体の5%ほどしかない。しかし、最近ではこのロケット分野に大きな変化が起きている。それが、民間企業によるロケット開発である。

1席86億円から64億円にディスカウント

2020年5月末、アメリカの宇宙ベンチャーSpaceXが世界初の民間ロケットによる有人宇宙輸送を成功させた。スペースシャトルが終了してからの9年間、アメリカは宇宙飛行士の輸送をロシアに依頼しており、今回のアメリカ国内からの打ち上げは9年ぶりのことであった。しかも民間企業による世界初の偉業であり、これにより大きく変わったことがある。それは「価格」である。

これまで宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに輸送していたロシア/ソユーズ1座席にNASAは約86億円を払ってきた。しかしSpaceXの成功によりNASAはこれから国内からの打ち上げに変更予定である。

これによりロシア側の年間の損失は約215億円以上となり、2,150億円の予算を立てていた国営宇宙公社ロスコスモス(State Space Corporation: ROSCOSMOS)にとってはかなりの痛手となった。民間企業であるSpaceXは宇宙船1座席を約64億円としており、今回のSpaceXの有人ロケットの成功により、ロシア側も宇宙飛行士の輸送価格を30%引き下げる予定(約60億円)と発表した。 

宇宙ベンチャーが続々と参入

これまで政府機関による有人宇宙開発が主導であったものが、民間企業の参入により現在、有人宇宙の分野で価格破壊が起きている。

SpaceXの他にも、Amazonの創業者であるジョフ・ベゾスが創ったロケット企業BlueOriginや、3Dプリンターを用いてロケットを製造するRocketLab、日本でも北海道大樹町で開発を進めるインターステラーテクノロジーズなど多くの民間ロケットベンチャーが生まれ、低コストでの宇宙輸送を広げている。

その他にも、ロケットではなく飛行機で高度約100kmへの宇宙旅行サービスを提供するアメリカの宇宙ベンチャー・ヴァージンギャラクティックも開発を進め、2020年に宇宙旅行を行うと発表している。

日本からも民間企業による翼型宇宙船やスペースバルーンを用いて宇宙旅行の実現を目指すベンチャー企業が誕生し、日本の技術を用いた宇宙旅行ビジネスも盛り上がっている。

我々が宇宙を旅行の場として選ぶ日も近い。

民間による月面輸送サービスを公募

そして、さらにここ数年で急成長しているのが、民間による「月面探査」と「月面輸送」である。

2017年12月にNASAがCLPS (Commercial Lunar Payload Services)という商業月面輸送サービスを行う民間企業の公募を発表し、翌年にはプログラムに採択した9企業を公表した。

以下がその9企業だ。

Astrobotic Technology, Deep Space Systems, Draper,Firefly Aerospace, Intuitive Machines, Lockheed Martin Space, Masten Space Systems, Moon Express, Orbit Beyond

今回の契約金の総額は10年間で26億USドルという高額な金額であり、技術力のある民間企業がNASAと協力し月までの道をつくることとなった。

2017年に民間による月面輸送プログラムが発表されたが、民間企業による月面探査の始まりは2007年に開始された月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」であった。この国際探査レースはXPRIZE財団により運営され、Googleがスポンサーとなり開催された民間による最初の月面無人探査を競うコンテストであり、世界各国から34チームが参加を表明した。日本からもHAKUTOというチームを運営するispaceが参加した。

HAKUTOは最終フェーズまで進んだ5チームに残り日本の技術力を世界に見せつけた。参加チームの中で特に優れている部分のひとつは「軽量化」である。

他のチームが数10kgの探査機を開発する中、HAKUTOチームが開発したのは4kgの小型の探査機であった。これを実現したのが、日本伝統の精密な加工技術である。

宇宙開発で特に重要視されるのが、輸送費であり、そこに直結するのが「重量」である。

月までの輸送となるとおおよそ1kgの物を運ぶのに1.2億円がかかる。

そのため、ミッションを達成するための最適化設計が必要であり、そこに軽量化という課題が降りかかる。そのため、探査機のボディはもちろんのこと、ネジ1本をも軽量にし、ミッション要求のぎりぎりをせめる設計を行った。

そして参加チームの中でこの4kgという数字を出せたのは日本チームHAKUTOだけだった。

残念なことにこの月面探査レースは2018年3月末で”優勝チームなし!という形で幕を閉じた。しかし、この約10年間で世界に与えた影響は大きかった。

そして今回NASAが採択した9社の内、月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加し開発を行ったチームが3社含まれている。そのなかに、日本からもDraperを契約主体として日本の宇宙ベンチャーであるispaceも参加している。

2021年に月面への着陸を発表する民間企業が現れ、今後宇宙産業のひとつのフィールドは月面になる。宇宙産業と聞くとどこか遠きに感じられるが、これまで日本が培ってきた自動車、飛行機、精密機器の技術力を用いて世界と戦う時代が来ている。

最近では日本の自動車企業であるTOYOTAも月面探査車の開発を進め、非宇宙産業の宇宙産業への進出が始まった。

「宇宙」は領域である。誰しもが手を伸ばし、進むことができる。日本技術を活かす次の場は、月面なのかもしれない。

文: 川﨑吾一