新型コロナウイルスの影響で、急速に市場を伸ばした企業の筆頭に挙げられるのは「Zoom」だろう。

各国でロックダウンや外出自粛が相次ぐ中、リモートワークや家族・友人との交流にZoomのビデオチャットが大活躍。「Zoom飲み会」「Zoom疲れ」など、Zoomの付いた言葉まで流行し、同社の収益や株価は急成長した。

しかし一方で、セキュリティやプライバシーの問題も明るみになり、同社は一気に問題解決を迫られることにもなった。GoogleやMicrosoftなど他社の追い上げも激しく、Zoomに代わるビデオチャットツールが続々と登場している。

「コロナ特需」の恩恵を受けたZoomだが、最近はGoogleやMicrosoftの追い上げを受けている(写真:Zoom)

2〜4月の売り上げ169%増、有料の法人会員数は4.5倍

「新型コロナウイルスの危機により、Zoomを使った対面型の双方向対話とコラボレーションの需要が高まっています。Zoomが仕事、学習、私生活に組み込まれるにつれて、使用が急速に成長しました」――Zoom Video Communications(以下Zoom)の創業者兼CEOのEric S. Yuan氏は、6月2日の四半期決算発表で、好業績の背景を述べた。 

同社の売上高は2020年2〜4月の四半期決算で、3億2,800万ドルとなり、前年同期比で169%増を記録した。同期の営業利益は2,340万ドルと、前年同期の160万ドルの15倍に拡大。これを受けて同社株価も高騰し、2日の時価総額は580億ドルを打ち、株式公開時の159億ドルから実に3.6倍上昇した。同社株の20%を保有するYuan CEOは今や世界長者番付「ブルームバーグ・ビリオネア・インデックス」で146位に位置している。

Zoomの2〜4月期決算は収益ともに大幅増。年間の業績見通しも上方修正された。

新型コロナウイルスによる職場や学校の閉鎖を受けて、真っ先にビデオチャットの無料サービスを拡大したことが奏功した。同社はZoomを選択した世界10万校以上の学校を含む、無料の顧客に対し、サポートを強化。これにより、2011年の設立以来、ビジネスパーソンの間では浸透しつつあったZoomのサービスは、一気に教育界や一般家庭に知名度を広げることになった。

同時に、収益に貢献している有料会員数も急増した。10人以上の従業員を持つ法人会員数は26万4,500と前年同期の4.5倍に拡大。また年間10万ドル以上、売り上げに貢献している顧客数は769と、前年同期比90%増を記録している。

2〜4月期の好調を受け、同社は年間の業績見通しを上方修正し、売上高が前年比185~189%増の17億7,500万ドル~18億ドルに達すると見込んでいる。新型コロナウイルスの追い風を享受した代表的な企業である。

Zoomの暗号化は「不完全」

Zoomは暗号化機能を改善したとしているが、同社の暗号化が「エンドツーエンド」でないことが問題視されている(写真:Zoom)

一方で、突然降ってわいた特需にZoomが対応しきれず、セキュリティやプライバシー保護の問題が続々と露呈した。

世界中でコロナ危機が深刻化した3月、同社のユーザー数が爆発的に増加していた最中には、ユーザーの同意なしにZoomアプリから「Facebook」へユーザーデータが転送されていたことが判明。また、ビデオ会議中に招待していない外部の人が勝手にアクセスし、不快で脅迫的な方法で会議を妨害するという「Zoombombing(Zoom爆弾)」の被害が相次いだ。

これを受け、Zoomは急ピッチでセキュリティやプライバシーの問題に対応。Facebookでログインする際、ユーザーデータが勝手にFacebookに転送されないようにシステムを改善したほか、「Zoom爆弾」を防ぐために会議出席者の「待機室」を作成し、会議前にホストに出席を要請するのを可能にした。また、最新の「Zoom 5.0」バージョンでは、チャットの暗号化機能が改善され、プライバシー保護が強化されたという。

しかし、同社が言う「暗号化機能」については、専門家から「暗号化の要件を満たさない」との指摘も聞かれる。セキュリティ性の高い暗号化は、Appleの「Face Time」などで使われている「エンドツーエンドの暗号化」で、これはビデオ通話中のデータが転送中に常に暗号化されるため、たとえアプリの運営元であってもデータにアクセスできないというものなのだが、Zoomの場合、ユーザーデータの暗号化に使われるすべての鍵がZoomのクラウド上で管理されているため、Zoomはその鍵を使って通信中にデータを復号できる可能性があるというのだ。

『WIRED』によれば、Zoomの最高製品責任者であるオデッド・ガル氏は「データが受信者側のクライアントに届くまでのいずれの時点でもデータを復号していません」と説明しているが、ブラウン大学の暗号研究者であるセニー・カマラ氏は「いずれの時点でもデータを復号していないと主張することは、いずれの時点でもデータを復号できないことを意味しているわけではない」と述べている。

「天安門事件」追悼イベントに絡むアカウントブロック

実際、Zoomの暗号化機能に疑問を抱かせる出来事が報告されている。英『ガーディアン』によると、1989年6月4日に起きた「天安門事件」の追悼イベントに絡んで、3人の人権活動家のZoomアカウントがブロックされたり、オンラインイベントが妨害を受けたりしたという。

香港の活動家Lee Cheuk Yan氏はZoomの有料会員で、天安門事件追悼のためのZoomイベントを主催する予定だったが、5月にアカウントがシャットダウンされ、それ以降、自分のアカウントにアクセスできなくなっている。これに対して、Yan氏はZoomに説明を要求したが、6月初旬時点でZoomからの回答はないという。

アメリカを拠点に活動するZhou Fengsuo氏は、5月末にオンライン追悼イベントを開催。250人がこれに参加し、ソーシャルメディアで4,000人がライブ視聴したが、6月に入ると、同氏のZoomアカウントは何度ログインを試みてもアクセスできなかったという。現在アカウントは回復したが、Zhou氏は「Zoomが中国政府から圧力を受けた可能性がある」との見方を示している。

Zoomはアメリカに本社を置き、ナスダック市場に上場しているが、トロント大学のシチズンラボによれば、Zoomの開発者の大半は中国を本拠地としており、データの暗号化の鍵を管理するインフラの一部が中国に存在する。このため、ビデオ会議の暗号化に使われている鍵が、実は中国で生成されている可能性もあるのだ。中国人権擁護団体の研究次長であるFrances Eve氏は、「Zoomは中国政府が人権活動家をすばやく検知するのを可能にする内部プロセスを明らかにするべきだ」と強調する。

多くの欧米プラットフォームが中国市場でブロックされている中、Zoomは中国展開を許されている。天安門事件の追悼イベントも「中国にアクセスできるから」という理由でZoomが使用された。Zoom側はステートメントの中で、「最近のミーティングで中国内外の参加者が負の影響を受け、大事な対話が妨害されたことを残念に思う」と述べているが、「言論の自由に反対する政府の法律を変えることは、弊社の力の及ぶところではない」と付け加えている。

MicrosoftやGoogleがビデオ会議に本気モード

Googleは「Google Meet」のビデオ会議を無料会員にも公開。サービス普及に本腰を入れ始めた(写真:Google)

Zoomの快進撃と信頼性の揺らぎを受け、同業他社も黙ってはいない。Microsoftは2017年に立ち上げた「Microsoft Teams」でビデオ会議サービスを提供してきたが、これまで有料会員に限定されていたビデオ会議の主催を、今年6月から無料ユーザーにも広げた。同社はまた、ビデオ会議のスクリーンに表示できる人数を、現在の9人から49人に拡大する計画で、教育現場などの使用でZoomに対抗する構えだ(Zoomはすでに49人のスクリーン表示が可能)。

Googleも「Google Meet」で有料会員向けにビデオ会議サービスを提供してきたが、5月からこれを無料ユーザーにも拡大。Gmailのアカウントを持つすべてのユーザーが会議を主催できるようになった。参加者は100人まで。2020年9月30日までは時間も無制限だが、それ以降は60分間の時間制限が設けられるという。Googleのビデオチャットは「Hangouts Meet」というサービス名で実施してきたが、名前も分かりやすい「Google Meet」に改名。本気で同サービスを普及させたい同社の意気込みが伝わってくる。

Ciscoも「Webex」というサービスでビデオ会議を提供している。主なターゲットは有料のビジネスユーザーだが、無料ユーザー向けのサービスも「気前がいい」と評判だ。参加人数は100人まで可能。また、時間も無制限となっている。

このほかにも「Starlief」「Jitsi Meet」「Whereby」など、無料のビデオチャットサービスが続々と登場。大手のサービスに比べて参加人数や時間制限で見劣りするが、少人数の会議ならこうしたサービスで十分に対応できる。

セキュリティやプライバシーの問題でZoomの信頼性が揺らぐ中、大手が本格的にビデオ会議サービスに乗り出したことは、Zoomにとって大きな脅威。多くのアナリストは同社株に「ホールド」のレーティングを付けており、早くも警戒感を示している。Zoomが「コロナ禍」で一気に知名度を高め、ブランドを確立したことに対しては一定の評価を下しているものの、「一段のブランドてこ入れには、彼らが求める市場を見つけなければならない」との見方を示している。

文:山本直子
企画・編集:岡徳之(Livit