依然として世界各国で感染者を出し続けている新型コロナウイルスは、人的被害だけでなく、多大な経済損失ももたらしている。

国際通貨基金(IMF)によれば4月初旬現在、世界中合わせて4兆5,000億USドル(約478兆9,000億円)相当の緊急措置を承認しているという。またアジア開発銀行は5月中旬、同ウイルスのパンデミックは、世界経済に最大で8兆8,000億USドル(約940兆円)の損失を与えることになるだろうと発表している。

一方科学者たちは、これほど多額の経済支援金が用意できるのなら、それを「ワンヘルス」にあてるべきと口をそろえる。「ワンヘルス」とは一般的に「人間・動植物・環境各々の間につながりがあり、三者がそろって健康であってこそ、地球の繁栄がある」というコンセプトで、多くの分野にわたる専門家が協働するのが特徴だ(詳しくはこちらの記事にて)。

「ワンヘルス」アプローチを採用した場合、年間数百億USドルの導入・運営費がかかるといわれている。しかし、景気回復のための補助金には及ばない。資金を事後に付け焼刃的に投入するのではなく、「ワンヘルス」アプローチを取り入れ、問題を根本的に解決した方が良くはないだろうか。

個人宅からも人獣共通感染症が広まる可能性がある?

飼うことで私たちの身体・精神に良い影響を与えてくれるペット。感染症にならないよう、飼い主は責任を持たなくてはいけない

米国疾病管理センター(CDC)は、米国内・世界の感染症対策を行う総合研究所だ。「ワンヘルス」アプローチを公衆衛生に取り入れる場合、人間や、ペットや家畜、野生動物の健康、環境の状態を改善するために協力して働くのは一般的に各々の分野の専門家だ。それはCDCでも変わらない。

しかしCDCは、「ペットが健康であれば、飼い主も健康」という「ワンヘルス」のコンセプトに基づき、一般人にも「ワンヘルス」アプローチを指導している。これはペットを飼う家庭から人獣共通感染症を出さないためでもある。

遊んだり、えさを与えたり、おもちゃや食器、ケージ、水槽を掃除したり、ペットの体を洗ったり、ペットが主にいるスペースに行ったりした時など、ペットと関わった際は手洗いを怠らないようにする。手の洗い方は新型コロナウイルス予防のための洗い方と同じで良い。

獣医に連れて行き、健康診断や予防接種を受けさせ、定期的に駆虫を行うことも大切だ。栄養のあるえさを与え、水の交換も欠かさない。

衛生管理にも気を配る。ペットが使う食器などを台所や洗面所で洗ったり、保管したりしないこと。こうしたものは屋外に置くようにする。

犬を散歩に連れていった際のふんは必ず持ち帰り、処分する。猫のトイレ用の砂は毎日掃除をし、カバーをする。子どもたちにペットの正しい接し方や飼育方法を教え、5歳以下の子どもがペット動物と共にいる場合は、必ず親などの大人が付き添うようにする。

難しくはないが、こうした行動をもし怠れば、飼い主自身が感染症にかかり、そこからウイルス感染が拡大する可能性もある。ペットの飼育には十分な配慮が必要だ。

また時に野生動物を見かけることがある。触ったり、家に招き入れ、えさを与えたりしてはいけない。動物の子どものみがいた場合、親に捨てられたかに見えても、実際そうではないケースも多い。親がすぐ近くにおり、子どもを守ろうと襲ってくることも考えられる。けがをしないためにも近寄らないようにする。

「ワンヘルス」をロゴとスローガンに採用する企業

メキシコのイチゴ園では、ダノンの支援で「リジェネラティブ・アグリカルチャー」と呼ばれる土壌に配慮した農業を行っている(ダノンのウェブサイトより)

企業の中には、「ワンヘルス」を前面に押し出して企業活動を行っているところもある。食品を手がける多国籍企業のダノンだ。2017年中盤にロゴとスローガンを、「ワンプラネット。ワンヘルス」と一新した。このスローガンは「健康と栄養の改革」を消費者や食に関わるすべての関係機関と共に進めていこうという思いが込められているという。

「食」は人間の健康や毎日の生活、さらには地球に影響を与えているとダノンは考える。私たちが毎食何を食べるかを意識し、ヘルシーな食品を選ぶよう心がけていれば、自らの健康維持に役立つ。さらには、消費が伸びれば増産が行われるわけで、ヘルシーな作物が畑などででき、市場にも多く出回るようになる。

2019年後半からダノンは、国際連合食糧農業機関(FAO)とパートナーを組んでいる。将来にそなえた、気候変動に強い食料システムの構築を目指し、国連による持続可能な開発目標の「2. 飢餓をゼロに」に意欲的に取り組む。

二者間で行われるのは、新たに発生する食品安全問題、食品消費と栄養摂取、食品システムとフードセキュリティなどについての情報の交換と共有だ。さらに世界規模の農業のサプライチェーンにおいて、SDGsの遵守と責任ある事業活動の促進を図ることを計画している。

メリットも多いが、課題も多い「ワンヘルス」

「ワンヘルス」を実践するメリットは多くあり、評価も高いものの、対策としてなかなか取り入れられない。その理由を、インドのハイデラバードにあるCSIR-センター・フォー・セルラー・アンド・モルキュラー・バイオロジーの科学者、メグナ・クリシュナダス博士が分析している。多岐にわたる分野の多くの情報を各々関連づける作業は複雑で、さらにこれら情報をまとめた上で、公衆衛生政策を立てるのは難しい。

「ワンヘルス」の導入時には倫理的・法的問題が出てくることも予想される。同じ分野であっても専門や経歴がさまざまな研究者が、複数分野から参加し、協働するのは大変なことだ。また行政の仕組みが邪魔することもある。部署間の横のつながりが薄く、「ワンヘルス」実施の妨げになっているのだ。

さらには『ワンヘルス・アンド・バイオセキュリティ:ア・セーフガード・アゲンスト・ディジーズ』という論文を執筆したアニマルヘルス業界のアドバイザーであり、獣医学博士であるルーカス・パンタレオン氏は、「ワンヘルス」に伴う最も大きな課題はリーダーシップの欠如だとしている。リーダーになるには、「ワンヘルス」のコンセプトを理解しているのはもちろん、医学・獣医学・環境学の各々の分野の研究者たちからの賛成を得る必要があるのだ。

大切な「ワンヘルス」教育は一般人にも、大学生にも

セント・ルイス動物園で行われた「ワンヘルス」・デー(Saint Louis Zooのフェイスブックより)

パンタレオン氏は、「ワンヘルス」のコンセプトを発展させていくのになくてはならないのは、教育だとしている。

2016年には米国を拠点とするワンヘルス・コミッション、ワンヘルス・プラットフォーム、ワンヘルス・イニシアチブ・チームにより、毎年11月3日は「インターナショナル・『ワンヘルス』・デー」と公式に定められている。国連やCDCなども認めるこの日やこの日を含めた1週間には、世界各国でさまざまなイベントやレクチャーが行われ、一般人が「ワンヘルス」を学ぶよい機会になっている。また毎年1月は「『ワンヘルス』・アウェアエス・マンス」だ。

近年では、高等教育において、「ワンヘルス」を学ぶこともできる。米国を例に挙げると、ワシントン大学、フォントボン大学、アラスカ大学などで、「ワンヘルス」を教えている。フォントボン大学やカリフォルニア大学のように大学内に「ワンヘルス」の専門的施設を設けているところもある。

ワシントン大学で「ワンヘルス」を受講した生徒の1人は、「『ワンヘルス』を学んで、地球上のすべてのものがいかにお互い関連し合っているかを知る良い機会になった」と言う。「決して1人が、健康関連分野すべてのプロになれるわけではない。なので、『ワンヘルス』の課題に取り組むためには、オープンマインドで、積極的に専門家のチームを編成していかなくてはならない」と感想を述べている。

「ワンヘルス」アプローチを実践するための知識だけでなく、パンタレオン氏が懸念する、リーダーシップの問題も教育を通じて解決していくのかもしれない。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit