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新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、世界各都市でしかれていたロックダウンが徐々に緩和、解除されつつある。しかしながら、今後もなお爆発的感染の第二、第三波の恐れがあり、抗ウィルスワクチンや治療薬の開発には、しばらく時間がかかるとされている。
日常生活でのさまざまなニューノーマルが浸透している中、「ソーシャル・ディスタンス」も今回のパンデミックをきっかけに生活に入り込んできた言葉だ。
自分が感染しないため、他人を感染させないため、そして社会での感染拡大を防ぐために有用な方法としてアメリカのCDC(疾病管理予防センター)などが推奨。引き続き6フィート、およそ腕2本分の距離を他人との間に取るよう、密接や密集を防ぐよう呼びかけられている。
企業のロゴもソーシャル・ディスタンシング
ソーシャル・ディスタンスという言葉がまだ出始めたばかりのころ、世界的企業がロゴマークをソーシャル・ディスタンス仕様にし、話題になったことを覚えているだろう。見慣れたファーストフード・チェーンのロゴやスポーツメーカー、飲料メーカーのロゴもバラバラになり、人々にソーシャル・ディスタンシングを呼びかけた。
しかし正直なところ、当時は6フィート(日本では2メートル)やソーシャル・ディスタンスと言われてもピンとこなかった人も多かっただろう。
ソーシャル・ディスタンスの取り方
現在ニューノーマルとして定着しつつあるのが、街で見かける「ソーシャル・ディスタンス」のデザインだ。
例えば日本のスーパーやコンビニで足元に書かれたサインを目印に、他人との距離を開けてレジに並ぶよう指示されている。当初は戸惑う人も多く、間違えて列に割り込んでしまった経験もあったが、今ではすっかり習慣になったことだろう。
一方海外でも、各都市で独自の取り組みが導入され、新しい街の風景になっている。
イタリアの小さな町ヴィッキオでは、街の中心広場に四角のデザインをプリントし、正しい他人との距離感を提唱。
ニューヨークのブルックリンにあるドミノ・パークでは、芝生に白く丸い枠を描いたところ人々が自然とその中で寛ぐようになり、自然とソーシャル・ディスタンスを保つようになった事例がある。ソーシャル・ディスタンスが人々の意識の中に植え込まれていたために、強要されずとも自然と白い枠の中へと誘導されていた好例で、行動学的にも興味深い。
同様にイギリス・バーミンガムの公園では、2メートルの間隔で意図的に草刈をして人の立ち入りを制限、人々に「2メートル」に関する意識を高めたとしている。
行政がバックアップする世界各都市の試み
リトアニアでは約7週間に及ぶロックダウンの後、首都ヴィリニュスの街をオープンカフェとして市が開放。歴史地区の小径や狭い店舗ではソーシャル・ディスタンスを遵守した営業が難しいバーやレストランに、無料で公共の場を屋外スペースとして使用許可した。
今シーズンは、広場や路地での営業を許可するので、開店し、雇用を保護し、ヴィリニュスの街を活気づかせてほしいと市長は語る。もちろん、店舗側だけでなく、安全な環境下で友人たちとコーヒーや食事を楽しめる市民にとってもWIN-WINの関係。
現在のところ200軒のカフェやバーが利用申請しており、市は必要とあればより多くのスペースを開放する準備があるとしている。
シンガポールでは、黄色いビニールテープを使った目印が主流だ。
工事現場や鉄道の踏切をイメージさせ、一見悪趣味だが思わぬ効果があった。等間隔にきちんと貼られたテープの模様が、建造物との相乗効果で絶妙なモダン・アートに変化したのだ。
感染拡大当初は急ごしらえで施された黄色いテープによる対策。高級ホテルやラグジュアリーなショップでは敬遠されていたものの、今や美しく見せる工夫によってさまざまな景観にうまく溶け込みつつある。
フランスの都市部では、学校へ続く路面に波の模様が描かれ、子供向けのスタイリッシュなソーシャル・ディスタンスを提唱している。
子供向けと言えば、日本でも香川県の小学校が地元の名産「ひけた鰤」を用いて「鰤2匹分の距離を空けましょう」と呼びかけ、子どもにもわかりやすいと話題になった。
その他にもワニ1匹分やオオワシが翼を広げた距離など、いずれもより身近なものを利用して人々の意識を高めるのが目的だ。
デザイナーが取り組むソーシャル・ディスタンシング
こうした世の流れを受け、デザイナーたちも自慢の作品を次々と発表している。
オーストリアが拠点のデザイン・スタジオPrechtは、ソーシャル・ディスタンス公園をデザイン、ウィーン市内の空き地に展開したいとしている。
指紋のような渦巻状に草木を植え、迷路のような作りの公園。各道幅は2.4メートル、幅90センチの植木で仕切られているため、確実にソーシャルディスタンスが確保できるというもの。
それぞれの道は約600メートルの長さで、専用の入口と出口を設置。その小道に先客があれば、入口でわかるようになっていて、入れない。植木の高さは人が完全に隠れる高さの場所もあれば、外から見えるほどの低さの場所もあり、それぞれに趣が異なり何度来ても楽しめる。
大都市の片隅にこうした公園を設置することは、ウィルス対策のためのソーシャルディスタンスだけでなく、都会の喧騒から離れて静かな時間を過ごしたい人にも適しており、パンデミック収束後もこうしたランドスケープが都会には欠かせない存在になると設計者は話している。
アムステルダムのアートセンターに位置するレストランは、屋外のテーブルに「温室」を作り上げ、食事をする人の安全第一を売りにしている。
レストランスタッフは、温室の外側から手を伸ばして食事を提供、会話もやや距離をとって応対しているが、水辺に映える美しい外観はアートセンターならでは。透明な素材で作られ、閉塞感がないのにプライベート感もたっぷりだ。
また、ワシントン州のミシュラン星付きレストランでは、1940年代の衣装をまとったマネキンを着席させ、利用者数を制限しながらも、人気店の雰囲気、大勢が食事をする賑やかさを演出して話題になった。
その他おもちゃの電車を使ってコーヒーを提供するニュージーランドのカフェの登場や、スタイルを重視するフランスのインテリアデザイナーは、食事をする人をすっぽりと包むアクリル樹脂をランプシェードのように筒状にして天井からぶら下げる美しいダイニングテーブルを考案した。
取り外して掃除もしやすい、実用性のあるエレガントなセットだが、デザイナーは「ここまでしなくてはならない事態に陥らないことを祈りつつ、いざそうなったときにも美的感覚を備えていたいからデザインした」と話す。
番外編
ソーシャル・ディスタンスが叫ばれるようになってから、SNSなどでユニークなアイディアも登場した。
アメリカでは、テーブルの真ん中から体を出し、周囲に巨大なタイヤチューブを装着したソーシャル・ディスタンシング・テーブルを提供するレストランが登場。
制作したイベント会社によると、これは試作品で実際には、州がレストランの店内営業を解禁していないためまだ運用していないとしながらも、今後もこのようなアイディアでこの状況を打開し、イベントを再開させたいと話す。
同時にこの強制的に離れるテーブルでは、推奨されるソーシャル・ディスタンス6フィートを実体験することによりその意外な遠さに気づき、今後このソーシャル・ディスタンスを守りながらバーやレストランを経営するのは実質無理なのでは、と疑問を投げかけている。
なお、パンデミックやステイ・ホーム、ソーシャルディスタンスなどの社会潮流をもじった広告を発表しているバーガーキングでは、通常バーガーをオーダーするともらえる「王冠」を巨大化させるというジョークをドイツの店舗で展開し、SNSで話題になった。
同じくドイツのカフェでは、ソーシャル・ディスタンスを保持するため客にプールで使用する「浮き棒」付き帽子の着用を推進。ソーシャル・ディスタンスが何より大切なこの時期、非常にいいアイディアだとして客からも歓迎された。
中国の杭州では、再開した小学校で生徒が1メートルもある棒状のものを装着した帽子の着用を義務付けたほか、背中に1メートルの翼を背負わせるというアイディアも登場した。奇抜に思えることでも、見た目にこだわらず積極的に取り入れるのは中国ならではのスタイルだろう。
思い起こせば、マスク不足の際にオレンジの皮やペットボトルで口元を覆うアイディアを生み出していたのも中国だった。
そして日本やタイでカワイイと話題になったのは、レストランの座席一つ置きにぬいぐるみ着席させるアイディア。感染防止といった同じ目的に向かっていても、世界各地から発信されるユニークなアイディアは、どこかお国柄を反映しているといえるだろう。
コロナウィルスと共に
マスクを着用し、不特定多数の人が出入りする公共の場にアルコール消毒液が置かれることが日常となった今日この頃、さまざまなアイディアが世界中で生まれているのも事実だ。「withウィルス」をキーワードに、感染防止策と、今後の新しい生活形態を全世界が模索している。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)