観光産業、米国ではドミノ効果で100兆円近い損失、解禁の中国では観光地ごった返し

外出禁止・自粛や海外渡航禁止・入国禁止など感染抑止のため世界各地では人の移動を制限する規制が導入されている。これによる観光産業への打撃は深刻なものになっている。

世界旅行ツーリズム協議会は3月25日に発表したレポートで、世界の観光産業が被る損失額は2兆1,000億ドル(約229兆円)、影響を受ける雇用数は7,500万人に上ると予想。

China Tourism Academyによると、震源地である中国の観光産業は2020年に1兆1,800億元(約18兆円)の売り上げ減になる見込みという。

米観光産業への打撃はそれ以上になるかもしれない。

米国旅行協会(UTA)が発表した最新予測では、2020年の観光客支出は4,000億ドル(約43兆円)減少し、観光産業における雇用減や消費者心理の冷え込みなどのドミノ効果によって経済全体は9,100億ドル(約99兆円)の損失を被る可能性があるという。この経済損失額は、2001年同時多発テロのときの7倍の規模になる。

米国観光産業では約1,580万人が雇用されている。同国労働者全体の10%を占める割合。今回のコロナショックで、約590万人の雇用に影響が出ると予想されている。

Oxford Economicsは、世界の観光産業の損失ピークは3月で、夏にかけて縮小していくと見ている。3月は前年同月比マイナス80%、以降4月マイナス70%、5月マイナス55%、6月マイナス35%、7月マイナス25%と下がっていく見込みだ。

中国ではすでに国内旅行が解禁され、一部の観光地ではマスクをした観光客でごった返す状態になっている。CNNは4月7日、中国東部の安徽省・黄山市の観光地が国内観光客であふれかえったと伝えた。同観光地の入場者制限数である2万人に達し、入場できない観光客も多数いたとのこと。

4月1週目の週末に観光客で溢れかえった安徽省・黄山

中国当局は、新型コロナ感染リスクはまだゼロになったわけではないとし、国民に警戒するよう呼びかけているが、その声は届いていないようだ。北京や上海でも人が外出し、屋外で密集するケースが増えている。専門家は、こうした状況が感染の第3波につながる可能性を指摘している。

ポストコロナを見据えた次の一手、危機を機会に

ドミノ効果による経済損失の拡大を防ぐには、観光産業への打撃を最小化することが求められる。

しかし上記の中国の観光地のように、性急・無策な解禁によって、感染の第2・第3波のリスクを高めてしまう可能性があることは留意すべきだろう。

こうしたリスクや状況を鑑み、ポストコロナの観光産業にはこれまでとは異なったアプローチが求められると考える観光の専門家は少なくない。

感染拡大が終息し始め、外出自粛・禁止が解禁されたとき、黄山市のケースのように一部の観光地に人が流れ込むことは起こり得る。特に終息初段階では、無症状感染者の存在を考慮し、観光客の密集を避けることが必須だ。これは観光産業における懸案事項であるオーバーツーリズムの解消と軌を一にするもの。

観光客の入場制限・管理を徹底する仕組みを導入することで、感染リスクを下げるとともに、オーバーツーリズム解消にもつなげることが可能になる。

ハワイのハエナ州立公園では2018年4月に起こった大規模洪水によって、閉鎖を余儀なくされた。

しかし、州当局はこの危機をオーバーツーリズム対策の機会と捉え、入場管理などを行うテクノロジーへの投資を行った。その後、オンラインでの入場チケット予約が可能となり、それに付随するシャトルサービスを効率化。予約なしの観光客の入場は許可されず、オーバーツーリズムも解消されたとのこと。

ハワイ・ハエナ州立公園

この数年、世界の観光産業ではオーバーツーリズム解消や持続可能な観光の実現が課題となってきたが、コロナショックによって衛生面のマネジメントという新たな課題が加わった形になる。これらを全体的に解決する効率的なソリューションが求められる。

懸念する観光客の安心感醸成が重要、ポストコロナで求められる取り組み

広く知られた観光地には人の密集を避けるオーバーツーリズム対策が求められる一方、認知度の低い観光地はその存在を知ってもらうPR活動を行う必要がある。

その際、ポストコロナの観光客心理を読むことが重要になる。

米コーネル大・ホテル経営大学校のクリストファー・アンダーソン教授はCNNの取材で、ポストコロナにおいてホテルやロッジなどあらゆる観光産業プレーヤーは、衛生面に対する考え・行動、情報発信の方法を変える必要があるだろうと指摘している。

感染拡大が終息したとしても、観光客の心のどこかに「感染するかもしれない」という恐れがあり、観光客を呼び込むには、その恐怖を払拭し安心感を与えることが必須になるという。

たとえば、ホテルは定期的な消毒・除菌を行うだけでなく、その情報を観光客に届けることが求められる。宿泊客に対して、いつ誰がどの部分を消毒・除菌したのかという情報を伝えるだけでも、安心感は大きく異なってくる。

ポストコロナの観光産業では消毒・除菌情報が必須に?

この点、衛生管理の標準化が難しい民泊は、ホテルに比べ安心感の醸成に時間がかかる可能性があるとアンダーソン教授は述べている。

衛生管理に関して、航空やバスなど観光交通機関にも同じことが当てはまる。

密集をつくらず、安心感を与えるには、消毒・除菌に加え一定の間隔を空けたシート配置などの措置が求められるようになるかもしれない。

実際、アメリカン航空は米当局のソーシャル・ディスタンス促進の意向を受け、真ん中のシートを空ける措置を実施。乗客が隣どうしにならないようにしている。

Pacific Asia Travel Association(PATA)などが中国の消費者1,200人以上を対象に実施した旅行意識調査によると、パンデミックが終息した場合2020年中に旅行すると回答した割合は60%だった。

時期については、不明との回答が41%で最多だったが、32%が7〜8月、20%が9〜10月、19%が5〜6月と回答、具体的な時期を想定し旅行を計画している人は少なくないことが判明。一方で、67%が衛生問題を懸念、44%が感染拡大の再燃を心配していると回答。

旅行需要は大きいが、再び感染拡大が起これば、縮小する可能性が高いことを示唆する数字となっている。

ただし、旅行需要は全体的に高く、おそらく中国以外でも同様の傾向になっているはず。安心して旅行できる状況を一刻も早く作り出すことが求められる。観光産業への損失、そして経済全体への損失を最小化するには、この時点における感染拡大阻止が何より重要といえるだろう。

[文] 細谷元(Livit