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2020年東京五輪での混雑緩和や、新型コロナウイルスの感染拡大防止のためなどで注目されている「テレワーク(リモートワーク)」。満員電車での通勤も必要なくメリットも大きいが、「きちんと仕事をできるだろうか?」「自分の仕事はテレワークに向かないのでは?」など疑問の声が聞かれることも多い。
多くのエンジニアを抱える企業「K.S.ロジャース」は、“全メンバーフルリモート”を掲げ、日本企業の“慣習”を打ち破るかのような集団だ。
就業時間も場所も決まっておらず、副業も自由。「ルールに縛られないことこそが最もパフォーマンスを高める」と語る同社代表の民輪一博氏に、リモートでうまく運営できる組織とはどのような組織なのかを聞いた。
自由な働き方を実現するために、フルリモートでの起業を選択
—— 貴社の事業についてご紹介ください。
エンジニア集団として、クライアント企業のプロダクト開発に携わり、ワークフローの改善やグロースのためのコンサルティングを行っています。
CTO(最高技術責任者)として企業のプロジェクトに参加し、実務フローを回すこともありますし、もう少し上の視点から、これまでに得た知見を活用して組織開発など企業の成長フェーズに応じてノウハウを提供していくこともあります。
現在のスタッフは、正社員・業務委託・副業メンバーも含めて全部で70名ですが、全員が集まったことはありません(笑)。
—— フルリモートという働き方は、創業時から決めていたものですか? なぜそうしようと思われたのでしょうか。
「K.S.ロジャース」の創業時から変わっていませんね。さらに前、大学時代に学生ベンチャーを立ち上げ、現在は3社目になるのですが、1社目を立ち上げたときから僕は遅刻の常習者で……。
というのも、実家が銭湯を営んでおり、夜間の営業もあったため、幼いころから夜型の生活に慣れていたんです。小学生の頃から、朝起きるのがつらくてしかたなかった。そのため社会人になっても、よく遅刻をしていました(笑)。
3社目の起業を考えたときに、好きに働ける会社を作ろうと思いました。それならいつでも好きなとき好きな場所で働ける、フルリモートがいいなと思ったんです。さらに、そのためのノウハウを蓄積して社会に還元できたらいいなって。
—— フルリモートの仕組みを一から構築することは大変だったのではないでしょうか。
基本的に、チャットで交わされる会話で仕事を進めていくので、初期のころはプロジェクトのマネジメントが大変でした。なにしろフルリモートで仕事をするメンバーの数が増えれば増えるほど、業務を遂行するプロセスが見えにくくなります。
増加するマネジメントコストを抑えるために、自分のノウハウを他のメンバーに伝えていったのですが、うまく伝わりきらず苦労した点もありますね。そのため現在ではガイドラインを作り、それに沿って進めています。
一例ですが、当社では、業務を他のプロジェクトメンバーに依頼する際、スムーズに仕事に取り掛かれるよう、どのように依頼すべきかを言語化し、ルールを作っています。それだけでなく、タスク管理ツールを活用してプロジェクトの進捗をメンバー全員に可視化して見せるようにしています。
また利用するツールもある程度画一化しており、その使い方を言語化して共有することで全員の共通認識をとっています。他にも様々なルールを設け、明文化しているのですが、一度決めたルールをずっと使い続けるのではなく、常にもっとよりよくできないかと改善に努めていますね。
「フルリモート、副業OK」は優秀な人材が集まるしくみになる
—— リモートワークにすることで、貴社にはどのような恩恵がありましたか?
副業、フリーランスでの参加を可能にしたことで、興味をもってくれる人が増えました。なかには名だたる大企業で活躍されているエンジニアや、開発部長を経験してきたという人もいて、そうした高い技術や豊かな経験を持つ人の知識が得られるのは大きなメリットでしたね。
こうした複数の「スゴイ人」たちからもらった知識を凝縮して、K.S.ロジャースの価値として提供していくうちに蓄積されていく“秘伝のタレ”のようなものかもしれません(笑)。
開発とコンサルティングはセットで依頼いただくことが多く、上場企業からの依頼も増えています。2020年代はさらにイノベーションの糸口を求める大手企業とスタートアップやベンチャーとの協業が増えるのではないでしょうか。
そうなると、ビジネススタイルの異なるスタートアップと大手企業の間で摩擦も起きるでしょう。
よく言われるのがスピード感の違いですが、そうしたビジネススタイルのすり合わせがうまくできるノウハウを持ったベンチャーは大手と組んで大きなプロジェクトを動かし、事業を拡大できるはずです。僕はそこに大きなチャンスがあると睨んでいます。
経営者と従業員、それぞれが得るリモートワークのメリットとは
—— リモートワークによる、経営者と従業員それぞれのメリットはどのようなところにあると思われますか?
従業員側からすると、やはり通勤しなくてよいのが最大のメリットだと思います。通勤ラッシュに巻き込まれることなく、自由なスタイルで仕事ができます。
移動にかける時間もなくなるので単純にQOLが上がりますよね。すると生産性だけでなく、会社へのエンゲージメントも向上するはずです。
経営側にはコスト面での魅力があります。オフィス費と従業員に払う交通費の負担がなくなります。K.S.ロジャースではオフィスを設けていないので、家賃も維持費もかかりません。2020年内にはメンバーも100名を超える見通しですが、オフィスを拡張する必要もありません。
また、採用面でもチャンスが増えます。僕が住んでいるのは関西なのですが、関西は関東よりも人手不足ですし、人材がいてもどんどん東京へ流出してしまう現象が起きているんです。そこで、「就業場所・就業時間・副業すべてOK」にするとグンと間口が広がります。
フルリモートという働き方は、それこそ海外に住んでいる人もメンバーに加えることができるんですよ。実際に、当社にはベルリン在住のスタッフや、シリコンバレーで働きながら副業として参加してくれている人がいます。そうした優秀な人材との出会いにもつながります。
—— 採用を行う際は、どのような点に気を付けているのでしょうか。特に通常の働き方とは違い、フルリモートは人柄の良さやスキル面など採用基準が変わると思うのですが…。
まず人柄については、「誠実・実直」であるかを大事にしています。そして、面接内のやり取りから、フルリモートを行う上で重要なコミュニケーション能力を見ています。特にチャットでコミュニケーションがとれるかどうかは業務進行にかなり影響を与えるので、要注意ですね。
また、技術職に限りませんが、先読みする力があるかどうかは、相手の行動が見えづらいリモートで重要な能力です。そのため、自分で考え、行動を起こせるかどうかも見ています。
スキルにおいては、面接者の過去の所属企業を見ることで、どれほどの技術力を持っているか予想しています。あとは、SNSもよく見ますね。
面接をリモートですることも多いのですが、あらかじめ情報収集として、その人の人となりを見ています。技術に関することを書いていたり、面接では見えていない部分が現れていたりします。また共通の繋がりなども見ることで、どのような人物かを把握するようにしていますね。
コミュニケーションをおろそかにしないことは、自由に働くためのルール
—— 社員同士が顔を合わせて話すことがないという環境で、コミュニケーションについて意識していることはありますか?
行き違いが起こらないようなコミュニケーションの取り方を特に重視しています。例えばタスク依頼ひとつでも、「何のために必要なものなのか」を伝えるようにルール化していますね。
言われたことをやる、というだけだと、人によってアウトプットが全然違ったものになってしまうことがあるんです。それを防ぐために、お願いしているタスクがフローのどの部分にあって、なぜ必要なのかをしっかりと理解してもらうために、従業員間のコミュニケーションを丁寧にしてもらっています。
対面なら何気なく尋ねられるようなことも、テキストだと「わざわざ聞かなくていいか」と思ってしまうこともありますよね。そうした行き違いによる効率低下を防ぐために、ルールを設けています。
「K.S.ロジャースはルールで人を縛らない」と言っていますが、それは働き方についての話。自由に働いてもらうために、全員が同じ目線でコミュニケーションをとるように心がけています。
もちろん、ルールが間違っていることもあるんです(笑)。うまくいかないときは、Slackで「どう思う?」と意見をもらうなど、今もどんどんPDCAを回しています。
リモートワークは広がっていく。そのとき、社会に求められるものは
—— リモートワークという働き方が注目され、広まっていくことが予想されますが、そのために課題になるのは何だと思われますか?
労働人口の減少という問題もありますし、より生産性を高めるためにも、リモートワークという働き方自体はいずれひとつの文化として定着するものだと考えています。
ただ、重要なのは、企業の経営やマネジメントに携わる層がそれだけ理解を示せるかではないでしょうか。ありがちなのは、「とりあえずやってみて失敗。やっぱりウチにはリモートは無理だった」とあきらめてしまうケース。いきなり全てを変えようとすると失敗するものです。
意識してほしいのは「やってみよう」ではなく「やるぞ」という気持ちを持って、最初は1部署や1チームなどで実験的に取り入れてみて、PDCAをしっかりと回すこと。リモートワークという働き方を社内で上手に運用するためにはどんなルールが必要かを見極めることです。
—— 全社でリモートに切り替え、ではなく、まずは一部のメンバーでやってみる、ということですね。
そうですね。リモートを取り入れやすい業種や職種はやはりあって、IT業界やデザイナー、マーケティング職などはその筆頭といえるでしょう。チームの一部の機能を担うメンバーをリモート化するなど、リモート化しやすいところから少しずつ広げていくのがよいのではないでしょうか。
リモートを取り入れる企業が増えていくときに、フルリモートとして事業を行ってきたK.S.ロジャースにはきっと役立てられるノウハウが蓄積されているはずです。そうした面でも、社会に貢献していけたらと思っています。
取材・文:藤堂真衣
写真:大畑朋子