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クレストホールディングス株式会社の始まりは、群馬県の看板屋「株式会社クレスト」。小売店舗に向けて看板やショーウィンドウディスプレイ事業を展開していた同社は、テクノロジーを活用し、看板屋という既存産業を花形産業へと導いた。
現在は、株式会社クレストを含む4社を子会社にしてホールディングス化し、あらゆる産業にイノベーションを起こしている。
レガシー産業にデジタルを活用することで生まれる、ビジネスの可能性とは——。クレストホールディングス株式会社 代表取締役社長 CEOの永井俊輔氏と、取締役 COO&CSOの望田竜太氏に、既存産業にイノベーションを起こして市場価値を上げる方法を伺った。
既存産業から花形産業へ。内部から変えるクレストホールディングス
「レガシーマーケットイノベーション®」を理念に掲げる、クレストホールディングス株式会社(以下、クレストHD社)。
サイン&ディスプレイ事業とリテールテック事業を展開する株式会社クレスト、小売・ガーデニング事業を展開する株式会社インナチュラル、木材卸売事業を展開する株式会社東集、ディスプレイ・空間デザイン事業を展開する株式会社ドラミートウキョウの4社を子会社に持つ。
4社の関連性はないように見えるが、「レガシー産業」という軸でつながっている。クレストHD社は、既存産業で事業展開する企業を買収し、花形産業へと発展させるイノベーション企業だ。
望田:「非効率なレガシー産業の常識を破れるのは、新しい風を吹かせるスタートアップ企業だ——。こう語られがちな日本社会ですが、私たちは外からではなく、既存企業のなかから体質や考え方を変えていくことで、業界にイノベーションを生んでいます。
レガシー産業の企業自らが成長してイノベーションを起こし、内部から花形産業に昇華する。そうすることで、既存の業界モデルを破壊せず、業界に存在する企業がともに存在しながら栄えていく“共栄的イノベーション”が実現するのです」
永井:「では、なぜ内部からイノベーションを起こすようになったのか。きっかけは、私が群馬県にある父親の看板工事屋で働くことになったからです。『業界を変えなければ』という使命感のもと、看板工事屋がイノベーションの道のりを歩んできました」
イノベーションまでの道のり① デジタルツールで効率化し、時間と資金に余裕を作る
2009年12月、新卒入社した投資ファンドを1年間も働かずに退職し、二代目として看板工事屋だったクレスト社で働き始めた永井氏。当初は自社工場を持ち、小売店舗の看板を作っていた会社で、最初の5年間は営業に徹した。
永井:「『看板というレガシー産業は、このままだとマズイ。業界を変えなければ』とザックリした危機感はありました。しかし、投資ファンドで働いていたときの経験から、レガシー産業の会社がイノベーションを起こすには、順番があると学んでいて。イノベーションを起こす前に、やるべきことがありました」
上記の図は、既存産業から花形産業へと発展させる流れを表している。まずは生産性を高めて漸進的成長をさせて「高度化産業」にし(①の矢印)、次に市場成長性を高めてイノベーションを起こし「成長産業」に持っていく(②の矢印)。この2段階のステップを踏むことで、既存産業は花形産業へと進化するのだ。
望田:「レガシー産業をイノベーションするなら、最初のステップ(①の矢印)として、効率化をして生産性を高めることが必須です。なぜなら、レガシー産業の企業は、日々の業務で忙殺され余力がないから。イノベーションを起こすには、業務を効率化して、時間を作らなければなりません。社内の余裕を生むことから、レガシー産業の改革は始まるのです。
そのため、まず弊社は、CRMツール(※1)やMAツール(※2)を導入して営業のデジタルトランスフォーメーションを強化し、一人あたりの生産性を向上させました。その結果、さらに営業に注力できるようになって顧客も増え、競合と比べて利益率も高い状態に。こうして、次のステップに行くために必要となる時間と資金を作り、イノベーションを起こすための土台を固めていきました」
イノベーションまでの道のり② 効率化によって生まれた余裕を使い、問題点を考える
デジタルツールを導入して業務を効率化し、時間と資金に余裕を作り、イノベーションを起こすための体力をつけたクレストHD社。次のステップ(②の矢印)として、市場成長性のある分野を見極めて製品を開発し、新しい顧客を開拓していく必要がある。その先にあるのが、既存産業の花形産業化だ。
永井:「効率化によって余裕が生まれたので、考える時間が増えたんですよね。そこでふと思ったんです、『インターネットの広告は効果が計測できるのに、リアルの看板は効果がわからない。効果が計測できない製品は、本質的に価値があるのだろうか』と。
顧客に本質的な価値を提供しないと、新しいテクノロジーに淘汰され、レガシー産業はすぐに終わってしまいます。一方、本質的に価値のある製品なら、流行り廃りはないし、生き残っていける。
では、看板の効果を計測できる、本質的に意味のある製品とは何だろう? そう考えて、成長性が高いと見込まれていたカメラの画像解析技術に、インターネットを掛け合わせてデジタル化し、数値を測れるカメラ製品を作ることが決まりました」
技術を持つ企業と協力しながら、子会社であるインナチュラル社の小売店舗でテストを繰り返す。こうして、リアル店舗の顧客データを見える化するカメラ解析システム「esasy(エサシー)」が誕生した。
望田:「ひとつ注意しておきたいのが、“デジタル技術の導入=イノベーション”ではないこと。イノベーションする手段のひとつとして、デジタル化があるのです。看板事業の場合、イノベーションするのに最適だったのが、カメラの画像解析というデジタル技術でした」
レガシー産業を外から変えるか、中から変えるか。win-winの関係を築くゼブラカンパニー
レガシー産業を内部から変えていく、クレストHD社。win-winの関係を築いて“共栄的イノベーション”を起こそうとする同社のような企業は「ゼブラ」と呼ばれ、一部のビジネスマンから注目されている。
ゼブラカンパニーと併せて挙げられるのが、「ユニコーン」と呼ばれるベンチャー企業、「ホース」と呼ばれる中小企業だ。
ユニコーンの特徴は、資金調達をしながら急成長し、業界を一新するサービスを生み出していくこと。ホースの特徴は、既存産業内のプレイヤーであり、従来のスタイルで事業を展開する受け身型であることだ。
レガシー産業をイノベーションするなら2択。業界の外からやってきたユニコーンとして変えていくか、業界内にいたホースがゼブラとなり変えていくか。クレストHD社は、もともと看板事業を展開するホースだったが、ゼブラになってイノベーションを起こした。
望田:「ホースからゼブラになるメリットはたくさんあります。例えば、もともと事業の基盤ができており、スピーディに新事業を展開していけること。すでに業界で自社サービスを利用している顧客がいて、これまで築き上げた関係性を使って営業できるため、ゼロから顧客を開拓していく必要がありません」
望田:「あとは、既存事業で生んだ利益を使っているため、赤字になりにくいのもメリットですね。私たちは、イノベーションするにあたり、まずは業務を効率化して営業に力を入れ、顧客基盤を強くして利益を伸ばしました。その利益を投資しているため、資金調達せずに、安定した成長曲線を描いていけています」
既存事業で発生した利益を投資し、すでに構築されている顧客基盤を利用することで、安定した成長が見込めるのが、ホースからゼブラになるメリットだ。
すでにレガシー産業のなかにいる企業がイノベーションを起こすなら、ホースで培った資源を使い、ゼブラとなって共生しながら走ること。新参者としてレガシー産業を変えていきたいなら、ホースを買収し、内部から変えていくのもひとつの手だろう。
いつもの日常を因数分解する。レガシー産業がイノベーションを起こすには
永井氏は、ゼブラとしてイノベーションを起こすスタンスになる前、自社がレガシー産業の企業であることにモヤモヤしていたという。
永井:「看板屋に転職して1年ほどは、『世の中を変革させるな仕事ができていない。イノベーティブじゃないな、俺』とモヤモヤしていました。大企業に就職した友人は、大きな仕事に誇りを持ち、大きなプロジェクトの成果をFacebookで報告している。一方で、自分は看板屋でどんな価値を生み出せているんだろう、と。嫉妬してしまいそうで、友人に会うことすら避けていました。
でも、レガシー産業で働くうちに、自分以外にも『“レガシー産業はアナログで非効率”と言われる状況を打破したいけど、やる方法が思いつかない』と考えている人が多くいるとわかりまして。それなら、レガシー産業を内部から変えていこうと思ったんです」
今は、原体験を糧にしてゼブラとしての生き方を見つけ、もどかしさから解放された永井氏。最後に、かつての永井氏のように、レガシー産業にモヤモヤを抱え、内部から変えていきたいと考える人へのアドバイスをもらった。
永井:「レガシー産業で生き残っていきたいなら、アイディアの種がなくても『絶対にこの会社を変える』と意思を持つことが大切です。そして、周りの人たちに宣言して退路を断つ。やらざるを得ない状況を作ることで、必死にイノベーションの種を見つけにいくし、種を見つけたらしがみついて変えようとする。だから、まずは変えることを決めてください。
種の見つけ方は、いつもの日常に目を向けて、因数分解してみること。私は、看板を納品したときに、『そういえば、看板をきっかけに何人が入店してくれたか、わからないなあ』とちょっとした疑問を持ちました。そして、『なぜ看板は効果が測れないのか』『どんなサービスがあれば看板経由の来店人数がわかるのか』を一個一個因数分解していった。こうして疑問を紐解いて考えた先に、アイディアの種があったんです。
『もっとこうすればよくなるのに』という疑問は、どんな産業でも1秒はよぎるはず。そのちょっとした違和感を大切にしてほしいと思います」
自社で展開していた看板事業から始まった、クレストHD社のイノベーターとしての道。現在は、レガシー産業の企業を買収する形で、内部からイノベーションを続けている。
レガシー産業を変えたいと意思があるなら、永井氏の「いつもの日常のなかに、ちょっとした違和感は隠れている」という言葉を参考にしてはいかがだろうか。その違和感が、レガシー産業を花形産業に変える最初の一歩になるかもしれない。
(※1)CRMツール:カスタマーリレーションシップマネージメントツール。顧客と良好な関係を築くための顧客関係管理ツールのこと
(※2)MAツール:マーケティングオートメーションツール。一人ひとりに最適化されたコミュニケーションを取るため、マーケティングに関するさまざまな業務を一元管理し、自動化するツールのこと
取材・文:柏木まなみ
写真:西村克也