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2019年12月の発売から2か月で3万部を突破と話題の『世界「倒産」図鑑』(日経BP社)。著者は住友商事、グロービスを経て書籍要約サービスのフライヤー取締役COO、株式会社学びデザイン代表取締役を務める荒木博行氏。
筆者は荒木氏が担当するグロービス経営大学院(MBA)の「経営戦略」のクラスを受講していた。
そこで荒木氏がくりかえし語っていたのは「大学院で学んだことや読んだビジネス書が『おもしろかった』かどうかは重要ではない。大事なことは学んだことを自分の状況に置き換え、知識を血肉にする」ということだった。
フレームワークやセオリーを学んだら自分に矢を差し向けて「どうする?」と考えない限りはただの情報にすぎず、役に立つものにはならない。
そこで今回は『世界「倒産」図鑑』著者が執筆を通じて得た知見を自らの人生・キャリアにあてはめたらどうなるか、荒木氏に語ってもらった。
本稿を「ビジネス書から得た学びを深く自分のものにする」ための参考にしていただければ幸いである。
人間は新規のものより既存のもの、目的よりも手段に囚われやすい
——執筆しながら「ああ、これは自分にも刺さるな」「あのときこうしておけばもっとよかったのか」と自身の失敗がよぎったことがあれば教えてください。
荒木:僕は42、3歳で独立して自分の会社をつくり、フライヤーというベンチャーに参画しましたが、今になって冷静に考えると、もっと早くトランジション(変化、移行)しておけばよかったな、と。
——『世界「倒産」図鑑』では一時代を築いた企業がこれまで成功を築いていたビジネスモデルがうまくいかなくなり、新しいモードに移行できなくて倒産するケースなどが描かれています。ご自身のキャリアにあてはめて言うと、もう少し早く新しいものに軸足を移したほうがよかったと考えているのでしょうか?
荒木:本に書きましたが、倒産事例のひとつのポイントは「既存のもの」と「新規のもの」のバランスの取り方が難しいことです。
慣れ親しんだ既存の事業は、やり方に対しては体重をかけられますが、新しいことには億劫になる。結果、時代の変化に乗り遅れる。これは企業に限らず個人でも同じです。
そこにもうひとつ「目的」と「手段」が絡んできます。本当は「目的ってなんだったっけ?」に立ち返って考えるべきなのに「われわれはこういうやり方をしてきた。これがいいのだ」と手段に囚われてしまって、手段そのものが自分の人生になってしまう。
本に書いたものだとたとえばそごうは、創業したときに持っていたはずの本来の目的から離れて、うまくいった時代のやりかたがすべてだと思ってしまった結果、足をすくわれた。
自分のキャリアを振り返ってみても「こういうやり方で、このくらいの結果を出す」という手段に対してはコミットしてきたけれども、「目的ってなんだったんだろう?」と見失うタイミングがありました。
そこに強く立ち返る機会をもっと持っていたら、数年早く新しい仕事に踏み出すことを決断していたかもしれない。
なぜそれが難しかったのかとさらに考えてみると、手段に評価やインセンティブがついたがゆえに、手段そのものに対するコミットメントが高まってしまったことがあったのかな、と。
成果をあげられる人のほうが人生の目的を見失いやすい
——会社から「この数字を達成できたらこんな評価になります。給料やボーナスがこれくらいになります」と示されたら、多くの人の気持ちはたしかに揺れると思います。
荒木:「倒産」という失敗の話とは一見逆のことに聞こえるかもしれませんが、「器用貧乏」という言葉がありますよね。
なんでも器用にできちゃって成果をあげられる人は会社からいい使われ方をします。
何か仕事を任されると、そこそこ以上にできるから評価される。それで次のことを任され、また評価される。……これを繰り返していると、出世はするかもしれないけれども、実は人生という視点で見ると遠回りをしている可能性がある。
「あなたがやりたいことってなんでしたっけ?」という目的を見失っていきやすいからです。
——なるほど、成果が出ない人の方が「こんなことしたかったんだっけ? 違うところでがんばった方がいいかな」と気づきますもんね。
荒木:『イノベーションのジレンマ』で有名な経営学者クリステンセンが「ハーバードビジネススクール時代の優秀な同期が卒業後に不幸になっていくのはなぜだ?」という疑問を出発点に『イノベーション・オブ・ライフ』という本を書いています。
長期的で抽象的な人生の目標をおろそかにして、短期的でわかりやすい達成動機を満たすことにフォーカスしすぎると、中長期的な幸せを失う、というのが彼の主張です。
クリステンセンが例にあげているのは子育てや家庭の平和です。
こういうものの価値はすごく抽象的だし、短期的に何か達成できるものではない。目の前の仕事で売上を上げほうがわかりやすくインセンティブがある。だからそちらに体重をかけ、家庭をおそろかにする「優秀な人間」が絶えない、と。
——『世界「倒産」図鑑』に登場するのは一時代をなした企業ばかりですよね。
『イノベーションのジレンマ』風に言えばこの本に登場するのも、バカだから倒産させてしまったのではなく、優秀であるがゆえにその成功した手法やKPIに引きずられて失敗した人たちである……ということを個人のキャリアに置き換えて考えていくと、今までのお話になるわけですね。
荒木:「ヘタに器用にできちゃう人ほど要注意」なのかなと思います。こんな風に言っていますけど、僕の場合「たまたま」転機が訪れたんですね。
組織改編があって「今なら自分がチャレンジしても人に迷惑をかけないかもしれない」と思えるチャンスが来たから踏み出せた。実は僕自身、キャリアプランはあまりない人なんです。
年初に「こういうことを成し遂げよう。そこからこれとこれを逆算してやる」というのはあまり好きじゃない。息苦しくなっちゃう。今より先のことはいつもオープンでいたい。ただ、軸がないと行き当たりばったりになるから、行動規範はあります。
億劫になりがちな「新規のもの」を日々に組み込むには?
——行動規範というと?
荒木:たとえば「何年か続けてやっているものはやめる」。両手が塞がっていると新しいものは取れないですよね。自分の知恵を使わずできること、身体がなじんでしまったことは捨てて、新しいものをやる。
こう決めておくと「こういうことやってくれませんか?」と話があったときに、すぐにイエスノーが出せる。
——「既存のもの」と「新規のもの」、「目的」と「手段」で言うと、新規のものが一番難しいですよね。適切な手段になるのかわからないし、既存のものより明らかに能力的には劣りますし。それで言うと荒木さんは数年前から「ビジネス書をイラストで図解する人」として本まで出すようになりましたが、あれはここ数年で始めた「新規のもの」ですよね?
荒木:そうですね。「グロービス知見録」というサイトでコラムを書いていたときに挿絵として描き始めたのが最初です。文章そのものは硬いから、ゆるい絵があったほうがいいかな、くらいの感じで描いたら、意外とPVがよく「描いた方がいいです!」と言ってくれて。
だから始めたときには「いつか本にしよう」なんてまったく考えていなくて「何か新しいことを実験したいな」といった考えくらいですよね。
——「新しいこと」と言うと構えて気負ってしまいますが、第一歩はそうでなくていい、と。
荒木:些細な変化ですよね。「新しいことやんなきゃ」「変わらなきゃ」と本当に思うなら日々のスケジュール表のなかで何を変えるかを考えることです。そのミクロの変化を起こさないと大きな変化は起きない。具体的に「今日はこの仕事で何か新しいツールを使って実験してみよう」とかね。
——新しい何かに興味を持つには?
荒木:例えば、「フライヤー(本の要約アプリ)」などを使ってみてください(笑)……というのは半分冗談で半分本気です。自分の興味・関心がない世界にリーチを広げられていない人は多いと思います。自分だけで探していたら決して出会わないような本を見つけるには、フライヤーみたいなツールは最適です。
それに限らず、書店であえて何か興味がないジャンルの本にチャレンジしてみるのは、コストパフォーマンスのよい変化の起こし方のひとつかもしれません。
取材・文・写真:飯田一史