さまざまな大人の“はたらく”価値観に触れ、自分らしい仕事や働き方とは何か?のヒントを探る「はたらく大人図鑑」シリーズ。

今回は、名古屋市にある「西福寺」に生まれ育ち、現在僧侶として働く愛知洸さん。一旦は新卒でお寺に就職をするものの、他の業界を見てみたいとの気持ちから、マーケティング支援の会社の営業職へ転職します。

そこで多くのことを経験する中で、“お寺の可能性”について考え始めた愛知さん。お寺の可能性とは何なのか?そして、お子さんの誕生をきっかけに立ち上げた保育園への想い、現代の働き方への考えをお伺いしました。

お寺の世界から脱却したい!27歳でマーケティング支援の会社の営業職へ転職、刺激的な毎日

——今、どんなお仕事をされていますか?

愛:名古屋市にある浄土真宗の寺院、「西福寺」の僧侶と、西福寺の敷地内で運営している「第1村雲幼稚園」及び「むらくも保育園」の事務を兼任しています。

——現在のお仕事に就かれるまでの経緯を教えていただけますか?

愛:大学生の頃は教師を目指していたんですが、愛知県の教員試験に落ちてしまったんです。「これからどうしようかな…」と思っていたちょうどその頃、東本願寺の職員採用試験があり、試験を受け就職することになりました。

——教師を目指していた愛知さんが、お寺に就職されたんですか?

愛:突然お寺に就職するというと驚かれるかもしれませんが、小さな頃からお寺で生まれ育ったこともあり、東本願寺の事務職員として働くことは自分の中では不自然ではありませんでしたね。

——そこからはどういったキャリアを歩まれるんですか?

愛:新卒で京都の東本願寺に就職した後、東京の事務所に配属になりました。

そこで働く中で、お寺の業界しか知らない自分に少しずつ違和感を感じてきたんです。

とても狭い世界ですし、父も兄も僧侶、自分の就職先もお寺で、将来の自分がリアルに見えてしまう状況を変えたくなってきて。

——そこで転職を考えられたんですか?

愛:そうですね。たまたま地元の友人が、東京でマーケティング支援の会社をやっていて、地元で飲んだ時にそういう話をしたら、「うちに来てみる?」って誘ってくれて。

そこで東本願寺の職員を辞め、マーケティング支援の会社の営業に転職しました。27歳の時です。

——新しい世界で働くことを選択されたんですね。

愛:転職した会社では、これまでにはなかった広い分野の仕事をする中で、幅広い業界の方たちと一緒に仕事をさせていただき、とても勉強させてもらいました。企画営業という立場として、撮影や制作、キャスティング、プロモーション企画などに関わり、今までの人生では考えられなかった多くのことを経験したと思います。

——刺激的なお仕事だったんですね。その後、なぜまたお寺で働くことを選ばれたんですか?

愛:企画営業として多くのことを吸収しながら働いていくと、生まれ育ったお寺や前職のことを俯瞰して見ることができ、「お寺の世界ってもっと可能性があるのではないか、変革をするチャレンジができるのではないか」と思い始めたんです。

——お寺の可能性とはどういったものでしょうか?

愛:お寺って、お葬式や法事といった儀式の時のためだけに行くイメージがありませんか?でも、僕はお寺という場所と歴史、コミュニティーに無限の可能性を秘めているなと思ったんですよね。

例えば、お寺の本堂や境内は、一つの場所としてかなり広い面積があるので、イベントスペースとして開放したり、地域のコミュニティを強めたりする場所として使用することもできます。

——お寺という場所を、新しい目線で使っていこうということですね。

愛:そうです。お寺には、檀家という昔からの繋がりがあり、お寺自体に長い歴史があるからこそ、地域の方からの信頼も厚いんです。

そうやって培ってきた信頼関係がある場所というのは、簡単に作り出せるものではありません

お寺だからこそできることが、たくさんあるのではないかと思ったんです。

——そこで、ご実家でもある西福寺で僧侶として働かれることを選ばれたんですか?

愛:はい。そういったことを考え出したタイミングで、31歳の時、マーケティング支援の会社を退職し、僧侶として働き始めました

——当時はどんなことを考えていたり悩んでいたりしましたか?

愛:楽観主義なので、なんとかなるかなという気持ちでしたね(笑)

それも、知識や経験ゼロからスタートした前職で経験してきたさまざまな壁をなんとか乗り越えてきた経験があったからこそだと思います。

でも、前職で作ってきた人間関係が、今までのように保てなくなるのは残念に思いました。

これまでの人生では考えられなかった人々や仕事に出会うことができたので、自分の中でとても貴重な経験だったと思います。

現代の子育て環境に目を向け、子どもの誕生を機に保育園を立ち上げる

——愛知さんが西福寺で働くようになってから、新しく保育園を創設されたんですよね。

愛:はい。2019年5月に西福寺の敷地内に「むらくも保育園」を立ち上げました。

——保育園を立ち上げようと思われたのはなぜですか?

愛:元々お寺で第1村雲幼稚園も経営しており、実家に帰ってからはお寺の僧侶と幼稚園の事務を兼ねていました。

お寺や幼稚園って世襲制が多く、代々家族経営なんですね。

家族経営のデメリットは、その世界しか見れなくて社会の変化が見えづらくなってしまい、新しいものを取り入れなくなっていくことだと思うんです。ついつい今までのレガシーに囚われ、現状維持に満足してしまうというか…。

でも、子育てを取り巻く環境って時代と共に変化してきていますよね。

幼稚園に関わり、子育てをしているお母さんたちと接する中で、本当にいま必要なこと、やるべきことがあるんじゃないかと思い、保育園立ち上げを提案しました。

——愛知さんご自身にも小さなお子さんがいらっしゃるんですよね。お子さんが産まれたことも大きなきっかけでしたか?

愛:そうですね。今1歳の娘と3歳の息子がいるんですが、子どもが産まれたことが自分にとって大きなターニングポイントでもあったと思います。

「第1村雲幼稚園」は69年前から西福寺の敷地内で運営されていたのですが、自分に子どもが産まれ、妻の子育てをしている状況や、園児のお母さんたちと関わるうちに、現状の“幼稚園”では今の子育てに関わる人たちの気持ちに応えられないことが多いのではないかと思いました。

幼稚園は、基本的にお預かりしている時間が短いので、親御さんたちの中にも、「本当は働きたいけど働けない」という気持ちを持っていらっしゃる方も少なくありませんでした。

働きたいという気持ちもそれぞれで、家族のために経済的にゆとりが欲しい人もいれば、働いて社会に貢献したいと思っている人、出産するまでの働いていた頃のスキルを活かしたい人、家事育児だけでなく働くことで自分の時間を持ちたいという人もいらっしゃいました。

そこで、親御さんたちが子どもを預け、安心して仕事をしながら子育てができるような環境を作りたいと思い、「むらくも保育園」を立ち上げました。

さらに、幼稚園に通っているご家族の方にも、働くという選択肢を増やすため、保育園の開園時間と合わせて朝の7時半から夜の19時半まで子どもを預けられるように、システムを変更しました。

——お子さんが産まれたことで、また新たな時代の流れを取り入れたんですね。

愛:核家族が増えている現代は、ワンオペ育児という言葉が当たり前の状況で、そのせいで子育てに行き詰まってしまうこともあります。

男性の私が言うのも違うかもしれませんが、一人で子どもを育てるって本当に大変なことだと思います。その大変さがお母さんの気持ちを追い詰めてしまう可能性もあります。

働くということは、一旦子どもと離れ、自分の時間を持てることと同じですよね。

社会参加をすることで気持ちにも変化が現れ、良い状態で子育てに向き合えるのではないかと思っています。

——子育て環境はどのように変化してきていると思われますか?

愛:昔は、子どもと過ごす時間は長ければ長いほどいいという考えだったと思うんです。

でも現代では、“限られた時間だからこそ、一緒にいられる時間を大切にする”という考え方もあると僕は思います。

女性も男性も、働きながら家事育児を共に行うというスタイルは、今では一般的ですよね。でも、女性が家事育児の大半を担わなければいけない、という古い考え方がいまだに価値観の中に刷り込まれていて、女性が子育ての多くを負担しているというケースもあると思います。

——愛知さんご自身はどうだったんですか?

愛:お恥ずかしながら、僕も子どもが産まれる前は、お母さんがメインで子育てをするということが何となく普通だと思っていたんです。

でも、妻と話していく中で、自分自身の中にあるそういった価値観に違和感を感じ、問いを持つことができました

子どもはかわいい。それは当然のことなのですが、一日中ずっと一緒にいて、ずっと優しい母親でいられるかというとそれは難しいこともあります。

なかなか思い通りにいかない子どもを受け入れられず、イライラすることもあるし、一人になりたいことだってある。そういう当たり前のことに気づくことができました。

多様な母親の姿や状況を私たちは認めて、受け入れていきたいと考えています。

足を運び、生の声を聴き、自分の価値観に問いを持つ。そこから見えてくるものが必ずある

——西福寺では他にどのような取り組みをされているんですか?

愛;お寺で毎月「子ども食堂」を開催したり、春には落語などのお笑いイベント、秋にはコンサートも開催しています。

既存の檀家のみなさんとの付き合いと併せて、なるべく地域に公益性を持ってやれることを意識しています。

——それはどうしてですか?

愛:イベントや子ども食堂をやり、地域の方に楽しんでもらうことの最大の目的は、お寺の価値を高めていくことにあります。

これまではお通夜や葬式、法事などの儀式がメインだったお寺という場所に、娯楽や地域住民同士のふれあいといった可能性を増やし、認知度を上げ、社会貢献をする。

そうすることで地域とのリレーションも強くなり、お寺の価値が上がっていくと思うんです。

そしてお寺の価値を上げることで、応援してくれる檀家の方々や地域の方に「ここにお寺があってよかった」と喜んでいただけると、双方にとって良い未来が待っていると信じています

——愛知さんが、“はたらく”を楽しむために必要なことはなんだと思いますか?

愛:転職を2回している僕が思うのは、どんな仕事でもやりがいを持てるかどうかは自分次第ということ。

「仕事を与えられてる」「仕事をやらされている」って姿勢で働いていると、何だか楽しくないんですよね。

自分が置かれた立場で、今、最大限なにができるか、どうすれば会社やお客さんが喜んでもらえるかを能動的に考え、行動すると、仕事も主体的に取り組むことができて楽しくなっていくと思います。

——そのために何か心がけていることはありますか?

愛:自分が身を置いている業界や立場について勉強することですね。

勉強した上で、仕事で結果が出せると嬉しいし、どんどん仕事が楽しくなっていきました。自分の能力開発をして努力した甲斐があるなと思うと、次の仕事にもやる気が出るんです。

——“はたらく”を楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。

愛:僕は今、大学や専門学校で、幼稚園教諭や保育士を目指している方に向けて、保育の現場で働くということはどういうことかをお話ししに行っています。

そこで必ず言うのが、「できる限り多くの現場に足を運んで、多種多様な仕事を見て、そこで働いている人の話を聞いてみてください」ということ。

スマホで調べたことや自分のイメージだけで物事を考えずに、実際に足を運び、生の声を聴いてみることで、自ずとやりたいことがはっきり見えてくるはずです。

僕は、仕事が“自分に合う”“自分に合わない”って、ないと思っているんですよ。

それは自分の好き嫌いや偏見の物差しで測っているだけのこと。そんなので決めつけるの、もったいないですよ。

色んな人と関わってみて、常に自分の価値観に問いを持ち、既成概念を変えていっちゃえばいいと思います。

自分で職場や業界をより良く変えてやろうという意識を持てると楽しく仕事ができると思います。

愛知 洸(あいち ひろし)さん
西福寺僧侶、「第1村雲幼稚園」「むらくも保育園」事務
大学を卒業後、京都・東本願寺の職員として就職。27歳でマーケティング会社に転職し、営業職に従事。31歳の時に実家である「西福寺」に僧侶として転職。自身の子どもの誕生を機に西福寺敷地内に「むらくも保育園」を立ち上げ、運営に携わる。

転載元:CAMP
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