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近年、働き方の変化や、人生における様々な価値観が多様化したことで、新しい生活スタイルを生み出すミレニアル世代が増えてきている。
1993年生まれの高校教師、吉川佳佑氏(Twitter:@Yoshikawa_says)もその一人だ。彼には家がない。より正確に言うなら、家を持たない、という人生の選択をしている。その価値観は各メディアから注目を集めており、2019年9月には自身の体験を綴った本も出版された。
教師という安定した収入がありながら、なぜ家を持たない生活を続けているのか。「当たり前を疑うことが大切」と語る、吉川氏の価値観に迫る。
子供たちに広い視野で将来を考えてほしいから、様々な挑戦をする
───高校教師をしながら、副業もして、本も出版されたとお聞きしました。実際はどのような働き方・生活をしているのでしょうか。
吉川:もともと週5日、高校教師として働いていましたが、2019年の4月から非常勤講師という形に変えました。今は非常勤講師と地元の企業、東京の企業の3カ所で働いています。
───なぜ非常勤講師に?
吉川:もともと副業をしたかったのですが、フルタイムだと副業禁止だったので非常勤になったんです。
───副業をしたかった理由は。
吉川:学校以外のことを知りたくなった、というのが大きな理由です。
学校の先生って、小・中・高・大と進学したら、教師として学校に戻ってくる人が多い環境なんです。だから「学校の先生は学校のことしか知らない」と言われることもありました。そこは僕も思うところがあったので。
───副業をしてみて、違いを感じましたか。
吉川:大きな違いは感じませんでした。でも、実際に副業をして、その学校外の経験を自分の生徒たちに話せるようになったことは良かったですね。
世の中にはいろいろな職業があって、サラリーマンといっても多種多様な働き方をしている人がいる。そういう話を伝えられるようになりました。
───子どもたちにその話をして、どんな反響がありましたか?
吉川:ポジティブな反応がほとんどでした。仕事の事を聞きたいとか、世の中にはどのような仕事があって、どんなビジネスをしているのかを聞きたいとか。そんな子どもがどんどん増えているように思いますね。
高校生の時期に触れ合える大人は親か先生、塾の先生とか、そのくらいしかいません。子どもは、そうした人たちから大きな影響を受けます。親が先生だから先生を目指すとか、親が医療関係者だから自分も医療関係を目指すとか、そういうパターンがものすごく多い。
それは別に悪いことじゃありません。でもそういう環境だと「親と同じ道に進むのが正解」「親の言った通りにするのが正解」と思ってしまうんですね。
───自分で視野を狭めてしまうんですね。
吉川:ベストな方法は、色々な人と交流して、色々な選択肢の中から自分の将来を選択することだと思っています。でも、学校と家庭を行き来している子どもは、なかなか広い視野を持つことができない。だから、僕がその間に入って学校の外のことや、副業で経験したことを子どもたちに話して、選択肢を増やしてあげたいと思っています。
不便は感じない。家を捨てて生まれた3つの大きなメリット
───なぜ、家を捨てる生活(アドレスホッパー)をするようなったのでしょうか。
吉川:旅が好きなことが1つの理由です。もう1つは、外国人が多く住むゲストハウスで暮らしたかったからです。僕は英語の教師なので、外国人と生活を共にすることでより洗練された英語力を身につけ、仕事に活かしたかった。
───家がないことにデメリットは感じませんか?
吉川:家なしの生活を初めて1年半くらいになりますが、デメリットを感じたことはありません。「籍や住所はどうするんだ」とよく聞かれますが、会社やシェアオフィスの住所を使うので、何かあってもそちらで対応しています。
───物が少ないことにも不便は感じませんか?
吉川:感じません。今の生活をする数年前からものが少ない暮らしをしたいと思い身の回りを断捨離していたので、元々、持ち物は少ない方だったんです。
───もしかして、今日持っているものが全財産?
吉川:ゲストハウスに少し置いていますが、ほぼこれが全財産です。カバンにはパソコン、充電器、歯ブラシ、折り畳み傘や講演会をするときの資料などを入れています。キャリーケースに入っているのは衣服、洗面用品くらいですね。
───これだけで暮らせるんですね。
吉川:欲しいものがあれば買い足す場合もありますが、大体はこの持ち物だけで暮らしています。
───高校教師としてはいかがでしょうか。保護者の方から何か言われたりしませんか?
吉川:子どもたちが、僕が副業をしていることや家を持たないことをすごくポジティブに捉えてくれていて、それを家庭で話してくれるんです。だから保護者の方も僕のやり方を理解して、むしろ応援してくれています。
ネット上ではネガティブな意見も目にしますが、目の前の人に良い影響を与えられているので、あまり気にしないようにしています。
───では次に、メリットを伺いたいと思います。
吉川:メリットは3つあります。時間とお金と人の繋がりが増えることです。
まず1つ目の時間。例えばゲストハウスにいるとスタッフの人が清掃をしてくれるので、自分で掃除をする必要がありません。パンやコーヒーも常に補充してあるし、ティッシュとかタオルとか細々としたものも用意してあるから、買い物に行く必要もありません。
そういう細かなものに費やす時間がなくなりました。
2つ目はお金。「今の生活はお金があるからでしょう?」と言われることもありますが、むしろお金はかかりません。ゲストハウスではパンや飲み物は無料ですし、インターネットも無料。ティッシュも自由に使えます。必要なものが全部用意されているから、買い物に行くことが無くなりました。さらに駐車場代金も光熱費も必要ありません。
費用的にいうと、金沢で一人暮らしするよりも、ゲストハウスの方が3万くらい安く済むと思います。
3つ目は人とのつながり。ゲストハウスってプライベートなスペースがベッド一つ分くらいしかありません。そうなると結構窮屈なのでどんどん外に出るようになり、たくさんの人と出会えました。その中から仕事につながったこともありますし、日々いろいろな刺激をもらっています。
この3つが、ゲストハウスで暮らすようになって感じたメリットです。
───ゲストハウスの方がお金が掛からないことに驚きます。
吉川:ゲストハウスって一泊1,500円ぐらいで泊まれるので、一か月30日で計算すると、45,000円くらい。長期間滞在すると割引があることも多いので、ひと月滞在すると実質40,000円くらいで泊まれるんです。
───それで光熱費も食費も備品購入も必要ないとかなり安いですね。
吉川:そうですね。ゲストハウスで暮らすようになって、東京の企業で副業をするための交通費が捻出できるようにもなりました。
───アドレスホッパーをしていて、仕事につながることは多いんですか?
吉川:多いです。この前はゲストハウスで出会った人と、ホールを貸し切ってみんなでゲームをするというイベントを開催しました。
本を出せたことや今取材を受けていることも、この生活をしているからこそですし、僕の本を読んだ企業の方から、講演をしないかと声をかけてもらうこともあります。
家を捨てる生活をはじめてから全てのことが、今の仕事につながっていると思います。
安定した職に就くからこそ、常識外れのチャレンジができる
───吉川さんはアグレッシブに活動をされていますよね。なぜ、そのように踏み込んだチャレンジができるのでしょうか?行動をしたくても踏み出せない人へアドバイスをお願いします。
吉川:踏み出せないときって、大抵、失敗したらどうしようとか、うまくいかないかもしれないっていう思いがあると思うんです。僕もそうでした。
だからこそ、教師を目指したんです。安定した職業が一つあれば安心材料になり、やりたいことにどんどんチャレンジできます。教員免許を持っていれば何かあっても教師になれると思ったから、教職を取りました。
今はその仕事が大好きなりましたが、もともとはそんな動機だったんです。
初めからリスク回避の思考を持つことを嫌がる人もいると思います。だけど、失敗しても生きていけるという確信があるからこそチャレンジできる部分もあるんです。
僕も、学校の先生として働いて給料をもらいながら、残った時間を使ってチャレンジしていきました。
───保険があるからこそ、チャレンジができるんですね。
吉川:そうなんです。プランAがだめなら、プランBがあるって思えば気も楽になります。あと、普段から自分に言い聞かせていることがあります。「僕が何かを失敗したところで社会が大損をするとか、世界が変わることは絶対にない。だから何があっても良いじゃん」って。そんな気持ちで振り切って行動しています。
───家を持つことは当たり前だと思う人がほとんどですが、そんな中、家のない生活に挑戦するってかなりの勇気が必要だったのでは?
吉川:アパートとか家って、極端に言えば雨風をしのぐ程度の役割しかないと思っています。それならゲストハウスに住んだ方が良いんじゃないかって、自然とそう思いました。その方が自分にとってベストな環境になると思ったんです。
「当たり前」は、自分が生きてきた環境の中で育つと思います。こうすべきとか、した方が良いとか、それは自分がその環境で育ったからこその考えで、別の環境で育った人にとっては当たり前ではありません。
今回、僕は家を持たない魅力を話しましたが、それをうのみにせず、本当にそうなのかなと考えて欲しいです。そうしていくうちに、また新しい視点が開けるんじゃないかなと思うんです。
だから僕は、本当にそれが当たり前なのか、正しいのか、みたいなものを常に考えながら行動しています。
今後も教師は続ける。子供にも先生にも新たな選択肢を提示していきたい
───吉川さんが行動の軸としているものはなんでしょう。
吉川:教員がベースにあると思います。良い教育をしたいという思いがすごく強い。だから行動するときは、教員の仕事や子どもたちにプラスの影響があるかどうかを一番に考えます。
後は自分が楽しいたのしいかどうかですね。
───今後もずっと教員を続けようとお考えですか?
吉川:ずっと続けていくと思います。辞めるという考えはありません。
教師として、自分に合った方法で、自分だからこそ求められるものを子供たちに提供したいと考えています。今学校で授業を担当している生徒はもちろん、それ以外のいろいろな子ども達に良い影響を与えられたら良いなと思っています。
それに僕の活動を見て、若い先生から「勇気をもらえました」と言ってもらった経験もあります。教師でもこんな働き方ができますよっていう、良いモデルケースになれたら良いですね。
子供にも、周りの先生にも、新たな選択肢を提示できる。そんな教師でありたいと思っています。
取材・文:成田千草
写真:西村克也