メガシティ化する世界の都市とそのカウンタームーブメント

世界にはニューヨークやロンドンなど大都市が多数存在する。そのなかで最大の都市圏といわれるのが東京大都市圏だ。

国連のレポート(2018年)によると、神奈川や千葉を含む東京大都市圏の人口は3,700万人以上。現時点で3,000万人を超えているのは東京大都市圏のみ。

2位インド・デリーは2,900万人。次いで上海2,600万人、メキシコシティとサンパウロがそれぞれ約2,200万人の人口を抱えている。このほか、エジプト・カイロ、インド・ムンバイ、バングラデシュ・ダッカがそれぞれ2,000万人近い人口を抱える大都市圏を形成している。


人口3,700万人以上の東京大都市圏

人口1,000万人を超える都市圏は「メガシティ」と呼ばれている。都市部への人口流入トレンドは今後も続き、現在世界に33カ所あるといわれるメガシティの数は、2030年には43カ所に増える見込みだ。

これにともない、世界の都市人口は2018年の42億人から2050年には25億人増の67億人に増加。一方、地方人口は34億人から31億人に減少するという。

1950年の世界の都市人口は7億5,100万人。この数字と比較すると現在の「都市化」の凄まじさを実感できるのではないだろうか。


人口2,600万人以上の上海大都市圏

1950年以降に急速な都市化が起こった理由は、工場やオフィスの一極集中によるところが大きいだろう。情報伝達手段が電話や手紙・FAXに限られていた時代、蜜なコミュニケーションを取るためには人も企業も物理的に近い場所に移転・集積する必要性があったためだ。

この状況はインターネットが普及したいまでも、製造業などの物理的な近接性を必要とする産業が幅を利かせる国々で見られる現象だ。メガシティの多くがアジアやアフリカに集中している理由でもある。

しかし、ソフトウェアやプロフェッショナルサービスなど物理的近接性を必要としない産業が発達した国々では、都市化とは反対の動きが加速しつつある。都市部から地方への移住の増加だ。

日本でも「Uターン転職」「週末移住」「多拠点居住」という言葉が登場し、田舎ライフを模索する人々が増えつつあるといわれている。米国や欧州、オーストラリアなどでも同様のトレンドが起こっているのだ。

このトレンドを形成する要因は、高コストや交通渋滞など都市側のプッシュファクターと住宅・生活費支給や美しい自然などの地方側のプルファクターに分けられる。

都市側の問題は「都市化問題」としてこれまでにも多くの議論がなされており、周知の事実になっているが、地方の取り組みに関してはあまり知られていないのが現状だ。

地方移住を加速させるプルファクターにはどのようなものがあるのか。以下では、地方のなかでも人口流出が激しいといわれる離島・孤島の移住者誘致施策に焦点を当て、都市から地方へ新たな人の流れがどのように起ころうとしているのか、そのトレンド最前線をお伝えしたい。

アイルランドの離島、高速インターネットを武器に移住者誘致へ

地方が移住者を誘致するとき、所得やスキルに関して、できるだけ高い水準を求めたいというのが本音であろう。高所得のソフトウェアエンジニアやプロフェッショナルサービス従事者、またはデジタルクリエイターなどが理想像なのかもしれない。

そのような移住者を魅了するための必要条件の1つが高速インターネットだ。

アイルランド北部に位置するアラン島。これまで歴史、漁業文化、美しい自然を売りにしてきた同島だが、リモートワーカーを誘致するために、これら既存アピールポイントに新たに「高速インターネット」を付け加えることにした。


アラン島

アラン島の人口は1996年の600人から現在は469人に減少。高齢化も進みこのままでは無人島になってしまうとの危機感から、同島では若い世代を誘致するために、高速インターネットインフラの敷設に注力。

英国のネットプロバイダThreeの支援を受け、島内にパラボラアンテナを設置、またビデオ会議やスマートテクノロジーを利用できるコワーキング施設「Modam」を開設した。

アイルランドでは全土に高速インターネットを提供する国家プロジェクト「National Broadband Plan」が進行中だが、離島に関しては海底ケーブル敷設が高コストとなるためプロジェクトが滞っている。アラン島はこの状況に業を煮やし、Threeと組んで独自にソリューションを模索した形だ。

Independent紙(アイルランド版)2019年12月13日の記事では、同島に高速インターネットが登場して以来、状況が変わり始めていることを伝えている。

地元ビジネスカウンシルの担当者によると、ハイテク・コワーキング施設「Modam」の利用に関して、すでにIT、金融、法律分野の人々から問い合わせがあったほか、人材系のビジネスパーソンからは1年間のデスク利用契約の申し出があったという。

同島出身で現在ロンドンでアプリ開発企業を運営するニール・ギャラガー氏は、高速インターネットとコワーキング施設の登場によって、同社の開発機能を一部移転できる可能性が高くなったと指摘。

島内の人材活用のほか、同社社員の移住先になる可能性があると語っている。実際、ロンドン出身の従業員がすでにアラン島でリモートワークを実施している。

同島の高速インターネットに焦点を当てた取り組みは、アイルランドにある他の離島が移住者を誘致し島内経済を活性化できるかどうかの試金石として期待を集めている。

ギリシャやイタリアの離島では、住宅をほぼタダで提供

離島による移住者誘致施策は、ギリシャやイタリアでも増えている。

ギリシャ南部に位置するアンティキティラ島では、住宅・土地・現金を提供するという高待遇パッケージで移住者を誘致。


ギリシャ・アンティキティラ島

ロサンゼルス・タイムズ紙(2019年6月6日)が伝えたところでは、同島の公式人口は20人。島内人口の若返りを狙いギリシャ国内から移住者を募るために同キャンペーンを実施したという。

すでにギリシャ首都アテネなどから5家族が選出され同島に移住。Lonely Planet誌2019年11月の記事のよると、同キャンペーンはこの5家族の移住をもって締め切られたようだ。

一方、イタリア・シチリア島内の村サンブーカでは、住宅を1ユーロで販売するという移住促進キャンペーンを実施。かつて2250人ほどいた村民は1300人までに減少。これを食い止めるため、2018年1月村内にある住宅200戸をそれぞれ1ユーロで販売することを発表した。


イタリア・シチリア島サンブーカ村

Insider誌によると、1ユーロで購入できるものの、リノベーションで200万円ほどかかり、かつ3年以内の実施が求められるという。

しかし、サンブーカ村長はCNNの取材で、現在までに少なくとも10戸が売れたことを指摘、移住者は地元の景観に感動していると述べ、同キャンペーンはいまのところうまくいっていると強調している。

日本でも小笠原諸島で「ほぼ1カ月帰れま船(せん)」という27泊28日のプチ移住キャンペーンが実施されるとして話題となっている。定期船が定期点検される運休期間を活用した企画。

海底光ケーブルが通る小笠原諸島では高速インターネットが利用可能で、リモートワーカーらに人気の企画だという。ただし、点検中の代替船運航が開始されるため同企画は2021年が最後になる。

今回紹介したのは離島の取り組みだが、離島ではない場所でも地方移住を促進する動きが加速している。オーストラリアでは都市部から地方に移住する若者が増えているが、このトレンドを「e-change」と呼び、新たな社会現象として捉える向きがある。

米国でも土地の無料提供やキャッシュインセンティブを支払う地方都市が増え、特にミレニアル世代を中心に移住者が増えている。都市化と対をなす地方移住の動き、どこまで大きな流れになっていくのか、今後の展開が楽しみだ。

文:細谷元(Livit