右肩上がりの成長を続ける世界の観光産業。2016年12億人だった海外旅行者数は2030年に18億人に達するといわれている。

観光産業の盛り上がりにともない起こっているのが、さまざまな「〇〇ツーリズム」の登場だ。エコツーリズム、医療ツーリズム、サスティナブル・ツーリズムなど枚挙にいとまがない。

こうしたなか、最近英語メディアでよく登場しているのが「ボランツーリズム(Voluntourism:ボランティア観光)」という言葉。旅先でボランティア活動を行うことで、現地にポジティブなインパクトを与えようという旅のスタイルだ。

具体的にどのようなボランツーリズムの事例があるのか。その賛否を含め、世界の最新動向をお伝えしたい。

観光公害でデンマーク・フェロー諸島も一部閉鎖へ「ボランツーリスト」は立ち入りOK

最近米CNNや英ガーディアンなど英語圏の大手メディアからボランツーリズムの取り組みで注目を集めているのが、デンマークの自治領であるフェロー諸島だ。

ノルウェー西海岸とアイスランドの間に位置する島。1,400平方キロメートルと静岡市ほどの面積に約5万人が暮らしている。

このフェロー諸島も近年盛り上がる観光人気のあおりを受け「観光公害」問題が深刻化していた。


観光客が押し寄せるデンマーク・フェロー諸島

2013年同島への観光客数は6万8,000人だったが、2018年には11万人に増加。島内人口の2倍以上の観光客がフェロー諸島にやってきたことになる。

観光客の増加数が適正なものならば、雇用を生み出し地元経済を潤すため地元民にも歓迎されるが、それが過剰流入ともなれば、地元の自然環境・文化・生活などが破壊される危機を招き、地元民の反発を招くことになる。

フェロー諸島ではこの先も観光客が増加することが見込まれている。このことに危機感を覚えた地元当局は2020年4月15〜17日の3日間「メンテナンス・デイ」として島の主要観光地を閉鎖することに決定。観光公害を軽減するためのメンテナンス作業を実施することにしたのだ。

ただし立ち入り禁止が適用されるのは一般観光客に対してのみ。同島が募ったボランツーリズム観光客は立ち入りが許可される。

フェロー諸島は同党ウェブサイトでメンテナンス・プロジェクトへのボランティア募集を実施。100人の枠を用意したが、登録開始後24時間で5,886件に達する人気ぶりだったという。

応募者の国籍はジンバブエ、ベネズエラ、台湾、ロシア、マレーシア、欧州など95カ国に及んだ。最多の国籍は米国で1,291人だった。


フェロー諸島サイトのvoluntourimページ

国籍だけでなく応募者の年齢も18〜77歳と多様だ。また職業も、会計士、建築家、弁護士、乗馬コーチ、外交官、映画ディレクターなど多岐にわたる。応募者の主な動機は、フェロー諸島の美しい景観と自然を守ること。

抽選で選ばれた100人はこの3日間、島の住民とともにメンテナンス作業に従事する。宿泊、食事、島内の交通は無料となる。

実はフェロー諸島は2019年4月、すでに同様の試験プロジェクトを実施し成功を収めている。この体験をもとに、2020年だけでなく2021年も島内保全ボランツーリズムプロジェクトを実施していく計画だ。

フェロー諸島の同プロジェクト担当者グズリズ・ハイガード氏はCNNの取材で「観光は数ではない」と強調。その上で、フェロー諸島は観光客を歓迎するものの、同時に自然や住民を守ることも重要だと述べている。

アイスランドが直面する観光公害、フェロー諸島を見習う恩恵

フェロー諸島は地元行政の強いリーダーシップと具体的アクションによって、観光公害によるさらなる自然・文化・生活破壊を食い止めることができるかもしれない。一方、同島近くにあるアイスランドでは、歯止めがかからない状態が続いているようだ。

英テレグラフ紙が伝えたところでは、人口約36万人のアイスランドだが、2018年の観光客数はその6倍以上となる220万人に膨れ上がったという。

過剰な観光客の流入によって、悪質な観光客も増え、さまざまな問題をひこ起こしている。2017年6月にはアイスランドの観光地の1つである苔に覆われた丘で、落書きが発見されるという事件がニュースになった。

傷ついた苔が再び生えてくるのに数十年はかかるといわれている。このほか、路上での小便や地元民の住宅に無料で宿泊させろと押しかけるなどの悪質行為が増えているという。


アイスランドの苔

これに対しアイスランドは2017年、入国者に対し観光への責任を問う「Pledge(誓約)」イニシアチブを開始。観光の際に、自然を守ることを約束する誓約だ。

オンラインと現地に到着した際に署名できるようだ。ただし、パラオのようにすべての観光客が署名するのではなく、署名は任意になっており、もう一歩踏み込んだ対策が必要といえるだろう。

ボランツーリズムへの賛否とその実際

フェロー諸島の取り組みで注目を集めるボランツーリズム。欧米圏でこの数年広がりを見せている言葉だが、新しい造語であるためその定義は定まっていないようだ。

フェロー諸島の取り組みの文脈で考えると、自然・環境保全活動に参加しつつ、現地の食事や文化を楽しむという意味が当てはまりそうだ。

しかし「ボランティア」という言葉はさまざまな活動に使われるため、ボランツーリズムも広い範囲で使用されている。たとえば、アフリカや南米の農村などで、貧困に苦しむ人々を助けるために現地に旅行し、ボランティアを行う行為も含まれるのだ。

こうしたボランティア行為は善意であっても、結果的に地元のコミュニティや人間関係を壊してしまうことにつながる場合もあり、批判の的にもなっている。

たとえば、アフリカ・モンバサのある村で、欧米からきたボランティア旅行者が地元の子どもにiPodをあげたところ、周辺住民の妬みを生み、住民間の仲が悪くなってしまったという事例がある。

このほか、ボランティアの自己満足でしかないとする批判や地元経済に悪影響を及ぼしているというもの、またスキルのない素人によるボランティアワークを意味がないとする批判もあがっている。

賛否あるボランツーリズムだが、ナショナル・ジオグラフィックが2018年9月に公開した「ボランツーリズム、5つの通説」と題した記事では、ボランツーリズム批判は主にボランティアをしたことがない人々によるものだと指摘した上で、批判には論拠が少なく、実際のところボランツーリズムによって地元経済や住民は恩恵を受けることが多いとの主張を展開。

観光公害への関心が世界的な高まりを見せており、今後フェロー諸島のようなボランツーリズムの取り組みが増えてくるのは間違いないといえる。

またボランツーリズムだけでなく、レスポンシブル・ツーリズムやサスティナブル・ツーリズムといったコンセプトを軸にした取り組みも増えてくることになるだろう。海外で広がる観光新トレンド、観光公害に悩む日本の自治体にとっても有益な事例になるはずだ。

文:細谷元(Livit