さまざまな大人の“はたらく”価値観に触れ、自分らしい仕事や働き方とは何か?のヒントを探る「はたらく大人図鑑」シリーズ。

今回は、ホスト、そしてバックパッカーを経て、日本という国の良さを世界へ発信するために神職の道を志した玉置彰彦さん。明治神宮で10年間宮司として勤めたのち、1枚の写真をきっかけに北海道・ニセコへと移住されます。

人生のすべてのステージをご自身の直観力だけで選んできた強さの源と、「やらない後悔よりやって後悔」がモットーのブレない生き方についてお伺いしました。

ホストとして活躍後、バックパッカーで世界へ。旅の途中で神道を志す

——今、どんなお仕事をしていますか?

玉:北海道ニセコ町にある狩太神社で宮司をしています。

——宮司になるまでの経緯を伺っていきたいのですが、学生時代はどんなことをされていましたか?

玉:東京経済大学の経済学部に入学後、19歳の時に歌舞伎町でホストとして勤務していました。

——なぜホストを選ばれたんですか?

玉:好奇心ですね。基本的に、なんでも好奇心で動いていたので、シンプルに「ホストの世界ってどんなもんなのかな」と思って、やってみようと。

——その後はどうされたんですか?

玉:20歳くらいの時にバックパッカーに魅了され、ホストを辞めて旅に出ることにしました。昔から蔵前仁さんの「ゴーゴー・アジア」や、沢木幸太郎さんの「深夜特急」といったバックパッカー本が好きでよく読んでいたんです。

「旅に出たいな」という気持ちが募り、大学には一旦籍を置いたまま、アジアや南米、アフリカなど約40カ国を巡りました。

——その旅の途中で今のお仕事に繋がるきっかけがあったんでしょうか?

玉:そうですね。旅を経験したことで、自然との繋がりを大切にする神道への関心が深まり、日本人の心の本質を国内外の多くの人に伝えたいと思ったのが、神職を志すきっかけとなりました。

——具体的にはどういったことでしょうか?

玉:世界を旅していく中、色んな国で「日本ってどんな国?」と聞かれたんですね。

その度に「物価が高いかな」とか「まあ悪くない国だよ」なんていう風に答えていたんですが、聞いてきた相手に「そっちの国はどう?」と聞くと、みんな自国の良い所を挙げる人が多かったんです。

なんだかそこにギャップを感じたんですよね。「日本ってそんなに誇れない国か?俺は、日本という国を知っているのかな?」と。

——日本という国を客観的に観察されるきっかけになったんですね。

玉:「日本にはもっと良い所がたくさんある。じゃあ日本っていう国の根幹に関わる仕事をして、世界にアピールしてみたら面白いかも?」と思い、日本の根幹って何だろうと考えたんです。

そこで、日本の精神の根っこには“神道”があるんじゃないかと思ったんですね。

「じゃあ神主って生き方もありじゃない?」と思い、神職を志すことに決めました

——神職には馴染みがあったんでしょうか?

玉:祖父が神職に就いていたんですが、僕が産まれた時にはすでに祖父は亡くなっていて、父親も銀行員として働いていました。

でも、父親の中に神道イズムというようなものがあり、日々の教育の中にそういった要素があったように思います。

それもあり、「日本の根幹とは?」と自分に問いかけた時、「神道だな」という答えが自然と導き出されたんだと思います。

——帰国後はどういった道を進まれていくんでしょうか?

玉:26歳で神職の資格習得の為、國學院大學の神道文化学部に入学しました。

それと同時に、明治神宮内に設立されたNPO法人「響」に参加し始めました。

そこで田植えや植林活動、国際文化交流といった活動に4年間従事しました。

——大学をご卒業後はどちらにお勤めになったんですか?

玉:大学を卒業後、国際的な神社での奉仕をしたいと思い、2006年に明治神宮に奉職しました。そこから10年間、明治神宮で奉職しました。

直感で北海道・ニセコ町へ移住。後継者のいない神社を継ぐことに

——10年間、明治神宮で奉職されあと、北海道・ニセコ町へ移住されるんですよね。こちらのきっかけはなんだったんですか?

玉:友人から「こんな場所があるよ」とニセコの写真を見せてもらったのがきっかけでした。国内外を問わず移住者が多く住む、自然豊かなニセコという土地に魅了されたんです。

なんだかニセコに呼ばれているような感覚になり、移住することを決めました

——就職先を探してからではなく、まず移住されたんですか?

玉:そうです。

周囲の方からも「10年も続けた仕事を直感だけで辞めちゃうの?」と驚かれたりもしましたが、本当に直感だったんです。

でもその直感を信じるまでに複合的な理由は自分の中ではあるんですけどね。

——どういったものですか?

玉:組織に属している時の自由のなさっぷりに違和感を覚えていたというのもあります。

明治神宮に勤めている10年の間で色んな方とお話をさせてもらいましたが、事業をやられている方やクリエイターの方など、何かしら仕事を楽しくやっている人って直感で動いている人が多いなと感じたんです。

——直感を信じて生きている人に魅力を感じられたんですね。

玉:そうですね。

あと、よく登山をしていたんですが、1週間くらい山に籠っていると、「豊かさって何だろう」と思い始めるんです。

電気やガス、水道もなく、話し相手もいない、そんな山から下りてくると、「当たり前にあるものってなんて素晴らしいんだろう」とも思いました。

そういう時に、都会に住んでいると、豊かさの価値が一元的だなと感じるようになったんです。お金があるかないかによって、豊かさが変わってきてしまう感じってあると思うんですよね。

お金は大切ですが、それだけじゃないじゃないですか。

そういった想いが徐々に積み重なっていた頃、友人が「こういう所に住んだら良さそうだね」とニセコの写真を見せてくれたんです。

——その写真がきっかけで移住を決められたんですね。

玉:「こういう場所で生活しよう!」って直感で決めて、まず移住しました。

最初は車もないので、住居から歩いて行ける範囲で仕事しようと思い、目の前のお蕎麦屋さんで1カ月ほど、お昼にアルバイトをしていました。

その後、せっかくリゾート地にいるので、ホテルでサービスの勉強をしようと思い、3カ月間フロント業務を担当しました。

——現在の狩太神社にはどういった経緯で奉職されることになったんですか?

玉:移住してしばらくしてから、直接神社にお伺いしました。

「もし人手が必要だったらお声がけください」とお話したら、とりあえず手伝ってほしいと言われて、すぐに籍を置いて奉職を始めました

そして半年ほど勤めた後、「ここを継いでくれないか」というお話をいただいたんです。

——突然の展開ですね。

玉:後継者のいない神社で、宮司さんもお困りのようでした。

僕も驚きましたが、「これも何かのご縁だな」と思い、お受けすることにしました

——さらにロッジの運営も始められるんですよね。

玉:はい。せっかくリゾートホテルで宿泊業のノウハウを学んだので、何かに活かしたいなと思い、ロッジの経営を始めることにしました。

宮司をやりながら他の仕事をするということに驚かれる方もいますが、地方だと割と一般的なんですよ。

世の中の“小さな嘘”に騙されず、自らの行動で楽しい人生を選び取る

——玉置さんが仕事をする上で気にかけていらっしゃることはありますか?

玉:人への感謝は行動にして表すようにしていますね。

「ありがとう」って言うだけなら簡単なんですよ。

でも、1本お礼の電話を入れておくとか、次にお茶した時にご馳走するとか、ちょっとした行動で感謝の気持ちを伝えるようにしています。

——それはなぜですか?

玉:そういうちょっとしたことが自分の人間関係に出てくると思うし、働き方や遊び方、つまりは自分の人生に大きく関わってくると思うんです。

よく神社にお願いごとをしにくる人っているんですけど、1番大事なのは感謝の気持ちですよ。

色んな生命の恵みや周りの人によって自分は生かされている、ということへの感謝を、自分のベースに置いて生きていきたいと思っています。

——多くを直感で選ばれてきた玉置さんですが、何かご自身の直観力を信じるようになったきっかけなどはあったんでしょうか?

玉:世の中に蔓延している“嘘”に辟易して、直感で生きていきたいとずっと思ってこれまで来ていますね。

——世の中の“嘘”とはどういったものでしょうか?

玉:例えば会社を辞めようとする人に「ここで出世しないやつが他の会社で成功するわけがない」とか言う人いますよね。

僕はそういうのに対して「嘘つけよ」って思っちゃうんです。「会社を1度も辞めたことのないあなたに何がわかるの?」って。

でもそういう嘘を「そういうものか」って信じちゃう人もいるじゃないですか。

嘘で人を隷属させていくような風潮がとても嫌だったんです。

だから、そんな嘘なんて気にもしないで自分のスタイルで生きている人たち、仕事を楽しんでいる人たちに、たくさん会うようにしていました。

——そういった人たちとの出会いがさらに玉置さんの芯を強くしたんでしょうか?

玉:そうですね。色んな生き方を見させてもらって、「仕事はもっと楽しめるし、人生って自由なんだよな」っていうことを実感したように思います。

あと僕は、とにかく後悔しない人生を選びたいと思っているんです。

——例えばどういったことですか?

玉:何事も、“動けなかった後悔”はあるけど、動いた時の後悔はないと思うんです。

逆に、何かを選んで失敗した時って、それを決断した自分や行動した自分を誇れている気がします。

「もしあの時こうしていたら」って死ぬまでグチグチ言い続けるなんて意味がないと思うので、やりたいと思ったことはどんどん行動していこう、と思っていますね。

——“はたらく”ことに関するご自分のルールや、これだけは譲れないというような思い、信念などがあれば教えてください。

玉:人に喜ばれる提案、行動ができているか、それは関わる人たちが笑顔になれるものなのかどうか、ということは常に心掛けています。

仕事の基本は相手の為に動くことだと思っているので。

——なぜそう思われるんですか?

玉:仕事は「事に仕える」と書きますが、その「事」を生むのは人なので、人に喜ばれたり感謝されたりする仕事のあり方が、働くことの本質なのではないかと思うようになりました。

僕は本厄でニセコに移住したんですね。

厄年の厄は“災いの災厄、厄難”といったマイナスの厄を連想しがちですが“厄は役、役職、役回りといった人生での何か役を担うのもの”といった考え方もあります。

人のお役に立つということですね。

いつも自分を1番に考えている僕ですが(笑)、厄年の時、「厄年の期間くらい人のことを第一に考えて動いてみたら、災いの厄が良い役に転ずるかも!」と思ったんです。

そしてそれを実践してみました。人の役に立つ動きってなんだろうを念頭に色々と動いていたら、たくさんの人に感謝されて、僕もとても嬉しかった

「仕事の本質的な部分ってこういうことなんだよな」って思いました。

——“はたらく”を楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。

玉:どんな仕事にも楽しめるポイントはあります。

でも、それが見つからない、満足が足りないっていう時は、新しい環境、人、事に出会う勇気をもって前に進むことです。

前に進んでいれば“自分の人生のお役”というものにいずれ出会うと思いますよ。

玉置 彰彦(たまき あきひこ)さん
神職
大学在学中にホストとして働きながら、バックパッカーとして世界40ヵ国を旅する。旅の途中に神道を志し、26歳で國學院大學の神道文化学部に入学、卒業後は明治神宮に10年間宮司として勤務する。自然豊かな土地に魅了され、明治神宮を退職しニセコ町へ移住。ニセコの本務神社である狩太神社へ奉職し、宮司に就任。

転載元:CAMP
※この記事はコンテンツパートナーCAMPの提供でお届けしています。