スウェーデン人の環境意識の高まり
北極圏や北欧と聞くと寒いイメージがある。実際、気温は低い地帯であるが、2018年夏に欧州で猛威を奮った熱波の影響は免れることができなかった。同年スウェーデンでは、熱波に加え降雨量が極端に落ちたため、至るところで山火事が発生、その数は60カ所以上に上ったといわれている。
スウェーデンでこれほど山火事が頻発したことはない。多くのスウェーデン人にとって気候変動や温暖化の脅威を肌で感じ、意識や行動を変化させる出来事になったようだ。それは旅行の選択肢に大きく反映されている。
スウェーデンの鉄道会社SJが2019年5月に公表した意識調査によると、旅行の際、飛行機ではなく鉄道を利用するとの回答が37%となり、2018年初めの20%から17ポイント上昇したことが判明。
一方、同国の空港運営会社Swedaviaのデータによると、国内線の飛行機利用者数は2019年1〜4月の間に8%下落。下落率は2018年全体の3%を上回る結果となった。
スウェーデン・ストックホルムの鉄道
スウェーデン国内では、飛行機ではなく船で大西洋を横断し国連を訪問した環境活動家グレタ・トゥーンベリさんの影響や移動手段の二酸化炭素排出量に関する情報が公開されており、移動手段は人々の環境意識の変化に敏感に反応する領域となっているのかもしれない。
英ガーディアン紙が伝えたSJの分析では、スウェーデン2大都市ストックホルムとイェーテボリ間の移動における二酸化炭素排出量に関して、1回のフライトは4万回分の電車移動に匹敵するという。
またスウェーデン環境当局による調査では、同国航空サービスによって排出される二酸化炭素量は国民1人あたり1.1トンで、世界平均の5倍であるとする結論が導き出されている。
高まる欧州の鉄道需要、ユーロスター合併でロンドン−ドイツ間開通か?
2018年夏の熱波で山火事が頻発したスウェーデン。しかし北欧だけでなく、欧州本土でも甚大な被害が発生している。
フランスでは河川が干上がったため、冷却用の水を供給できなくなった原発が停止。スウェーデンも海水温度が上がり過ぎたため、冷却ができなくなったとして原発を停止している。
ドイツでは2018年4〜5月に気温がこれまでの記録を更新。農作物への被害が拡大したほか、フランスやスウェーデン同様に原発の冷却水不足で、電力供給を削減するなどの措置が取られた。
ギリシャ・アテネ周辺では山火事によって100人が死亡、1,000棟の建物が崩壊。歴史上最悪の山火事になったと報じられた。
こうした状況を体験した欧州。スウェーデンと同じく、人々の意識は変化しているようだ。
英国鉄道規制庁によると、2019年同国の鉄道利用者数は前年比2.4%増加し、4億3,900万人となった。また鉄道利用距離も3.9%増加。
2019年8月には、英国とフランスなどを結ぶ高速鉄道ユーロスターの乗客数が8月としては過去最高を記録。1カ月間で100万人以上が利用したという。2019年7〜9月の3カ月間では、乗客数は310万人で4%増、売上は2億5,400億ポンド(約360億円)で3%増という好調だった。
英ガーディアン紙によると、ユーロスターのマイク・クーパーCEOは、欧州の旅行者だけでなく、鉄道を選択する北米旅行者が増えていると説明。サスティナブル旅行トレンドが背景にあると指摘している。
ユーロスターは、ロンドンとアムステルダムの新ダイレクトルート開設など、需要増を見越した施策を導入していく計画だ。現時点でユーロスターは、英国、フランス、ベルギー、オランダで鉄道サービスを提供している。
ユーロスター(オランダ・ロッテルダム・中央駅)
2019年11月はユーロスターが開業して25年目の節目。1994年11月14日に営業開始したユーロスター。ロンドンからパリの運行時間は、この25年で3時間から2時間15分に短縮。1年目の年間乗客数は300万人に満たなかったが、2018年には1,100万人に達した。
現在、ユーロスターの大株主であるフランス国鉄(SNCF)は、ユーロスターと別の欧州高速鉄道網「タリス」との合併を検討していると報じられている。
タリスは、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツの4カ国を結ぶ高速鉄道。この合併計画は「Green Speed Project」と呼ばれており、実現すればロンドンとドイツが高速鉄道網で結ばれることになる。
航空会社の苦悩、KLMは「fly less」キャンペーン実施
このようにサスティナブル旅行需要の高まりの恩恵を受ける鉄道会社。一方で、欧州の航空会社はこの状況をどのように捉えているのか。
オランダの航空会社KLMは2019年7月に「Fly Responsibly」キャンペーンを実施。旅行者と航空産業全体に対し、飛行機を利用することでどのような環境インパクトが発生するのかを考え、「shared responsibility(共通の責任)」を持つことが重要だとするメッセージを発信。
プロモーションビデオでは必要に応じて電車を使うことを推奨したため、さまざまなメディアではこのキャンペーンを「fly less」キャンペーンとして紹介し、多くの関心を呼んだ。
KLMの航空機
一方、こうした動きは単なる「green washing」だとする批判もあり、キャンペーンの受け取られ方はさまざまななようだ。green washingとは、上辺だけを取り繕うことを意味する「white washing」から派生した造語。
環境配慮を謳うものの、その主張に実態や結果がともなわないことを指す。1980年代に米国などで広がった言葉だが、環境意識が高まっている現在、再びメディアに登場するようになっている。
鉄道による「スロー・トラベル」トレンドは、欧州以外にも広がるの可能性があるのか。航空産業がこの流れにどう対応するのか。観光と交通分野の動きは今後一層活発化し、おもしろくなってくるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit)