地球温暖化の進行に伴い、車の排気ガスによる大気汚染に関する議論も活発になっている。電気自動車はそれを打開する手立ての一つとして久しく期待されてきた。しかし、電気自動車のエコな面が評価される一方で、その静かさゆえに通行人が車の存在に気づかず事故につながった事例も多い。
2018年2月、アメリカ連邦政府は自動車メーカーに対し、アメリカでは2020年以降、EU圏内でも2021年以降に販売する新車の電気自動車とハイブリットカーに関して、低速運転した際に歩行者に車の接近を知らせる何らかの音を発するよう義務づける法案を成立させた。
すでに日産は2017年に開催された東京モーターショー2018で、携帯電話の着信音のような電子音を出すコンセプトカー「IMx」を発表。
日産の「IMx」
また、メルセデス・AMGは従来のガソリン自動車で楽しめるエンジン音をそのままに、というコンセプトのもと、アメリカの有名ロックバンド・リンキンパークとコラボして、バスの低音が体感できる音を開発。
ポルシェも電気スポーツカー・タイカンに500USドル(約54,000円)で豪快な走り心地を体感できる疑似エンジン音「エレクトリックスポーツサウンド」を追加できるオプションを導入した。
このように各社がオリジナリティーを追求する中、ウルグアイの自動車メーカーが発案した「大胆なアイデア」に注目が集まっている。他社のアプローチとは全く異なる切り口のアイデアとは、一体どのようなものか。
出す音で「木を育てる」
ウルグアイの自動車メーカー「Ayax」はトヨタ車のローカルディーラー。ラテンアメリカで初めてトヨタのピックアップトラック・ハイラックスを導入した企業でもある。そのAyaxが今月、同社が取り扱うトヨタの電気自動車が出す音として「植物の成長を促進する音」を開発していると発表した。
「harmony」という言葉に由来して「HY Project」と命名されたこのプロジェクト。同社と共に取り組むのは、同じくウルグアイで人と環境にとってよりよい音を作る活動をしているデジタル・イノベーション・エージェンシー「The Electric Factory」だ。
The Electric Factoryが考案したのは、車のスピードに応じて出す音を変化させるマイクロプロセッサー。その音の持つ帯域幅や周波数が、植物により吸水や光合成をしやすくするよう促進し、成長やバイオマスにもよい影響をもたらすという。
結果、ヒーリングサロンやヨガスタジオで耳にするような、人間にも心地よく響く落ち着いた音が完成した。
Ayaxの代表を務めるアレハンドロ・クーチオ氏は、「電気自動車の出す音を、人間だけにとって意味のあるものにするだけでなく、より視点を広げ、我々が抱える環境問題を解決へと導くものにもしたかった」とファストカンパニーに対して語った。
The Electric Factoryの共同創始者であるユアン・チアペッソーニ氏は、どの程度の音量が木の成長を促進するのか、またどれほど効果があるのは今後検証を続ける必要があると前置きしながらも、このアイデアは渋滞時の騒音ですら、より心地よいものに変える可能性があると力説する。
HY Project(The Electric FactoryのWebサイトより)
すでにクーチオ氏の自家用車であるカローラ・ハイブリッドやウルグアイで販売されているプリウスCハイブリットの一部には、このサウンド機能が搭載されている。
「窓を閉めると何も聞こえないが、開ければ分かる。私だけでなく、車に同乗した友人らも口をそろえて『クレイジーだな』と言ってくれた」(クーチオ氏)という。
世界各地で検証進む「音と植物の関係性」
実は、植物の成長と音の関係について、科学的な検証が全世界的に行われている。
インドで行われた研究では、防音の容器に入れた豆の苗に一つは無音、もう一つは歌、また別の苗には罵声をそれぞれ聞かせ続けたところ、歌を聞いた苗が一番大きなさやを実らせたという。
またアメリカの国立生物工学情報センターでも同様に、音と植物の間には、発芽と成長に相関関係があるとのデータが観測されたという。
韓国生命工学研究院でも、さまざまな植物がいろんな音にどう反応するかを調べたところ、根の曲がり方や自己防衛に関する遺伝子、果実の出来高などに相関関係が認められることが分かったとのこと。HY Projectは科学的な根拠に基づいたアイデアと言ってもいいだろう。
騒音問題解決の一策としても期待
車による環境問題は排気ガスだけでなく、騒音もしかりである。アフリカやアジアの一部など、人口増加が激しい都市では慢性的な交通渋滞による騒音が問題視されており、世界保健機構は、それらが引き起こす精神的なストレス、睡眠障害や認知機能障害などのリスクを指摘している。
インドの交通渋滞
「HY Projectが世間に浸透すれば、騒音問題が環境と人に与える悪影響を抑えることができる可能性がある」とチアペッソーニ氏はファストカンパニーに語り、同プロジェクトへの期待の大きさをうかがわせた。
自動車業界では製品が作り出す音をユーザーエクスペリエンスの質をより高めるものにする、「エモーショナル・アコースティック」=人が快適に感じる音に関する研究が進んでいる。HY Projectは運転手に特別感や高級感を与えるような類のエモ・アコではないだろう。
しかし、「運転者や同乗者に与える『環境保全に貢献している』という精神的な充足をもたらす側面もあるのでは」とクーチオ氏はあくまでもポジティブだ。
これまでガソリン車、電気自動車問わず、発する音はネガティブな面ばかりがクローズアップされてきただけに、HY Projectをはじめ、環境や人にポジティブな影響を与えうるプロジェクトや研究にはさらなる進展を期待したい。
Ayaxは今後、ブラジルとアルゼンチンにも同プロジェクトを拡大する予定。日本のトヨタ本社の役員に対するプレゼンも近日控えているという。日本でも「クレイジー」な音を聴く機会は訪れるだろうか。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)