今やコーヒーチェーンや温泉街の喫茶店でも売られているタピオカドリンク。隣国・中国でも似たようなブームが起きているのをご存知だろうか。

露店やスタンドで気軽に買えたミルクティーがこの数年でアップデートし、行列当たり前、ブランド乱立のバブルドリンクに変貌しているのだ。ミルクティー店の開業は、会社員生活に疲れた女性たちの“夢”でもあるが、実際には弱肉強食の甘くない業界になりつつある。


ミルクティーチェーンの老舗で、最大手でもあるCOCO。多様なフレーバー展開と頻繁な新商品投入で人気を集める。

「庶民の飲み物」、映え意識しブランド化

大連市の大学院生、楊暁琨さん(25)は10月に中国中部の長沙市を旅行した際、現地で人気のミルクティー店「茶顔悦色」を訪ねた。

「全国ブランドは一通り制覇したので、その土地だけの人気店に行きたかったんです」

茶顔悦色は長沙市で直営店100店舗以上展開するが、ブランドを守るために他地域での展開やフランチャイズ化は行っていない。「だからこそ、レア感がある」と楊さんは強調した。

イチゴやバナナなどフルーツ風味のミルクティーに、タピオカを投入したミルクティー(奶茶)は数年前まで、スーパーの一角にあるスタンドで買うような庶民の飲み物だった。。価格は5~10元(約80~160円)。30元(約480円)前後するスターバックスのコーヒーに比べるとお手頃で、おしゃれなカフェが増える中国でも、一定の存在感を維持してきた。

そんな“庶民派”ミルクティーにスポットライトが当たり始めたのはこの2、3年のことだ。功労者は1997年に開業した業界最大手の「COCO」と、2012年に創業し、スタイリッシュなデザインでミルクティーを一つ上のブランドにステップアップさせた「喜茶 HEYTEA」。両ブランドがフレーバーの多様化や「映え」を意識した見栄えの革新を先導し、人気の上昇とブランドの増加、市場拡大という好循環が起きた。


簡素なスタンドショップというミルクティー店のイメージを一新させ、COCOと人気を二分する喜茶。

若い女性の“プチ贅沢”

最近はミルクやタピオカを使わない商品も増えてきたため、商品の総称も「ミルクティー」から、「新式茶飲料」に変化しつつある(本稿では分かりやすさを優先し、「ミルクティー」と表記する)。

中国の市場調査会社「iiMedia Research」によると、ミルクティー消費者の大半が女性で、月収5,000元(約8万円)以下が全体の8割を占める。

また、2015年創業と後発ながら、COCOや喜茶を猛追する「奈雪的茶」が12月に発表した「2019新式茶飲消費白書」は、ミルクティー消費者の50%が90後(21-30歳)で、37%が80後(31-40歳)と分析。ミルクティーが若い女性の“プチ贅沢”をかなえる商品となっていることが分かる。

1杯のドリンクを買うのに3時間待ちも

この数年、中国の飲料市場の主役は一貫してコーヒーだった。不毛地帯だった中国のコーヒー市場をスターバックスが開拓し、市場規模が右肩上がりで伸びていたからだ。2018年には新顔のLuckin Coffee(瑞幸珈琲)がわずか1年で2,000店舗を出店。スタバに宣戦布告して、“中国コーヒー戦争”が国内外で注目を浴びた。

とは言え、スタバが出店してから20年の歴史しかないコーヒー市場に比べると、1000年以上続くお茶文化のカルチャーははるかに厚く、すそ野も広い。

奈雪的茶の白書によると、今年のミルクティー市場規模は500億~800億元と試算され、投資家たちは地味ながらブランド力向上の取り組みを続けてきたミルクティー企業を再評価。

2015年末から2019年2月にかけて、喜茶や奈雪的茶など有力企業は合計30億元(約480億円)を調達した。奈雪的茶は業界で初めてユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)の仲間入りを果たし、さらには上場をうかがう企業も複数出ている。


新たなブランドが続々と登場し、ミルクやタピオカを使わないお茶飲料も増えている。

人気店はさらに人気店を集め、喜茶では1杯のドリンクを買うのに3時間待つことすらある。北京市の大学生何雪玲さん(21)は、並ぶのが嫌で喜茶を避けてきたが、最近初めてアプリから注文した。

注文を終えるとアプリに『79人待ち』と表示されましたが、15分で商品を受け取れたので早い方だと言われました。店では商品を入れた袋がずらっと並べられ、出前のドライバーが消費を受け取っては配達に出て行っていました」

何さんは、「男の人はほとんどミルクティーに興味がない。並んで買ったと男友達に話すと、そこまで価値のある商品じゃないだろうと呆れられました」と苦笑いした。

年間2万店オープン、黒字率は10%以下

日本のタピオカドリンクと同様、中国のミルクティーブームはバブルの様相も呈している。
会社員の王夢夢さんは、ミルクティーが脚光を浴び始めた1年前、友達と集まっては「会社員をやめて、ミルクティーの店をやりたいねえ」と話し合った。

「ミルクティーの原価は5元以下なのに、売り値は15元。1日100杯売れたら、利益は1,000元(約1万6,000円)だよ」と、皮算用をはじく友人もいた。

しかし、初期投資も原価も低く、手軽に始められそうに見えたミルクティー店は、ブームが過熱するにつれ、手の届かない夢になりつつある。

王さんは最近、北京の一等地のデパート1階にミルクティーの店がオープンしたことに驚いた。
「ちょっと前までは、あんなにテナント代がかかりそうな場所にミルクティーのお店が出ることは考えられませんでした」

数年前に10元前後で買えたミルクティーは、20元台が普通になり、最も高い奈雪的茶だと30元もする。

iiMedia Research によると、2015年以降、毎年ミルクティー店は2万店以上がオープンしているが、黒字が出ているのは10%に満たず、1年後の生存率は18.8%と推定される。

投資家に有望市場とみなされ、巨額の資金が流入することで、業界内の強者と弱者の格差も開いていく。

何さんは、「大学の全ての門の近くに、COCOが出店している。それ以外のお店もオープンするけど、だいたいは3カ月持たない」と話した。

若い女性のプチ贅沢であり、夢でもあるミルクティー、現実は見た目ほどには甘くないのかもしれない。

取材・文:浦上早苗
写真:李華傑