自分の好きなことを仕事にする。

その理想を掲げるも、なかなか実現までは辿り着けない人も多いのではないだろうか。

今回フォーカスさせていただいたのは、ボードゲームソムリエの松永直樹氏。

松永氏は日々様々なイベントやコミュニティに赴き、累計5,000人以上にボードゲーム通して感動やサプライズを提供するエンターテイナーとして活躍。また、デザイナーとして『7つの習慣®』や『キングダム』などさまざまなコンテンツとのコラボボードゲームの製作も手掛けている。

まさに好きなことで生きる、を体現している。

一方でボードゲームという言葉はよく聞いたり、子どもの頃に遊んだ記憶はあっても、大人になってから触れ合う機会はそう多くない。

彼は一体どのようにして一般的にはマイナーな領域であるボードゲームを、仕事として確立させることができたのか。現在までの経緯やマインドセットなどについて伺った。

やるかやらないか。必要なのは覚悟だけ

子供の頃にコミック雑誌に載っていた「カルカソンヌ」というボードゲームとの出会いをきっかけに、その面白さにハマってしまったという松永氏。現在でも月に100個ものボードゲームを購入することもあるという生粋のボードゲーム好き。だが、初めから仕事になると考えていたわけではなかったという。

松永「学生のころからすでにボードゲームソムリエと名乗り、呼ばれた先のイベントやコミュニティに合ったボードゲームを紹介する活動をしていました。でも、肩書きにするまではそれが自分の強みだと思っていませんでした。」

その後、一般企業に就職するも「本当にやりたいことではない」という考えで退職し、本格的にボードゲームの道へ進むことに。ボードゲームソムリエという前例がない仕事に飛び込むことは、相当な覚悟が必要だったのではないだろうか。

松永「まず、自分の好きなことで生きていく覚悟の後押しをしてくださったのが、前田一成さんという経営者の方です。『私は、君がそのボードゲームで世界で一番になれる可能性のあるポジションにいると思う。

なのに、なぜそれを目指さないんだい?』という言葉に心打たれて、改めてボードゲームで食べていくという覚悟を決めました。

あとはもうやるかやらないかだと思います。例えば『本当にこれやれば成功するよ』っていわれても実際やらない人が多いんですよね。その理由は単純で、明日死なないと思ってるから。人間って絶対いつか死んでしまう。

行動できる人はそれが分かってる人か、もしくは好きのモチベーションが異常に高い人なんです。けれども、一方で行動すると今の安定が崩れてしまう恐れもある。好きなことを仕事にする覚悟を決めるためには、本当にリスクを冒してもそれをやりたいのかどうかという確認がまず必要ですね」

苦しい状況でも続けることが大事

現在は大手企業から依頼を受けてボードゲームのデザインをしたり、小売店でのPRやメディア取材などの仕事がメイン。ここまでコンスタントに仕事を得るまでには、金銭的にも苦しい長い下積み時代が続いたという。

松永「ボードゲームで稼いだお金で生活できるようになるまでには、だいたい4年くらいかかりましたね。今は大分知っている人も増えてきましたが、当時はボードゲームという言葉すら知られていなかったので、特に大変でした。

そのため、軌道に乗るまではバイトをしたり、コピーライティングをやったりしてお金を稼ぎながら、ボードゲームソムリエの活動を進めていました。けれども金銭的には厳しくて、徒歩や自転車移動で電車代を浮かせたり、一斤50円の食パンを買って冷凍して食いつないだりして節約していましたね。

それでも続けることは大事だと思います。みんな結果しか見ないことが多いですが、世の中の経営者や各分野の成功者の方を見てみても、実は長い下積みを経て結果を出している人ばかりなんです」

そんな松永さんの転機になったのが、あの世界的ベストセラー書籍『7つの習慣®』のボードゲーム化だ。クラウドファンディング「Makuake」にて支援を募り、日本で行われたボードゲームのクラウドファンディングプロジェクトで史上初の1000万円を突破し、話題になった。


クラウドファンディングでは目標金額を大きく上回り達成した

松永「今もそうですが、僕はもともとボードゲームを“作ること”には興味がなかったんです。ですが、『世界一になるためには、世界的に有名な何かとコラボをするのが早い』と考えていたので、オファーをいただいた時はチャンスだと思いました。

ところが実際にやり始めてみると、ボードゲーム制作未経験の自分にとっては多くの問題が山積していました。恐らく覚悟を決める前の自分であれば断っていたと思います。ボードゲームに命を懸けるという“覚悟”を決めていたからこそ、一つ一つの問題をクリアすることができました。

さらに、コピーライティングとして働いていた会社“いないいないばぁ”の仲間や“Makuake”の中山亮太郎社長をはじめ、ボードゲームを通して知り合った何千人もの方々のサポートも大きかったと思います」

自分の好きと相手の喜びを両立させる

『7つの習慣®』を始め、人気漫画『キングダム』とのコラボボードゲームも作成するなど、好きなことで着実に実績を積み続けている松永氏。好きなことを仕事にするためには、どのような意識で取り組むことが大切なのだろうか。

松永「プロとして仕事をするのであれば、当然お金を稼ぐことが伴います。けれども、好きなことをやってる人たちは、そもそもそれでお金をもらおうという考えがないことが多いです。まずはその考えを切り替えなくてはいけないと思います。

さらに、仕事をもらうためには、選ばれる理由がなくてはいけない。その一つの例がその道で1番になることです。天才型の人の場合は、芸人を目指したければ賞で1位を取ればいいし、音楽で生きたいならランキングの1位を取ればいい。

でも大半はそうではないので、きちんとビジネスを学んで自分をブランディングしておく必要があるんです。

また、“好き”で生きようとしている人は、だいたい知識で勝負しようとする傾向があります。もともと知識量が多いマニア達の中で一番にならなくてはいけないと思うので、ものすごくハードルが上がるんです。

ビジネスとは知識の深さで勝負するものではありませんが、それを教えてくれる人がそういうコミュニティにはいないことが多いんです。そのため、僕の恩師のようなメンターを探してアドバイスしてもらうことがとても有効な手段だと思います」

さらに、世の中のニーズを汲み取ることも、好きなことを仕事にするうえで欠かしてはならないポイントだという。

松永「仕事は相手を喜ばせることで対価をもらえるもの。その意識ができるかどうかも大切だと思います。

最初は“好き”から始めてもいいと思いますが、徐々に世の中のニーズをくみ取って、「なぜ自分はこれをやっているのか」「世の中に対して何ができるのか」など、自分が実現したいことを明確にしておく必要があります。

だから、僕は何よりも相手のことを考えるようにしています。「好きなことを仕事にする=自分のやりたいことをやる」で間違いではないですが、果たしてそれは本当に相手が望んでいることなのか。そのため、僕は相手のニーズがどこにあるのかを考えて仕事をすることをモットーにしています」

好きなことを仕事にするという場合、わざわざリスクを冒さなくても、「とりあえずお金を稼いでからやればいい」という意見もある。それについてはどう考えているのが伺ってみた。

松永「それは結局お金を稼ぐセンスがあるビジネスマンだからできるわけで、純粋に“好き”で生きたいって思ってる人の指標にはならないんです。ビジネスマンはお金を稼ぐことが好きで、稼いだお金で何をするかという視点。

一方で僕達のように“好き”が先行する人は、お金をいくら稼ごうが、結局ボードゲームを買ったり遊んだりすることが一番楽しいので、やることはあまり変わんないんです。だから、僕は本当に“好きなこと”で生きていきたいという人の道しるべになるような存在でありたいですね。」

新たな付加価値を与えて自らのフィールドを広げていく

最後に今後の展望を伺ってみた。

松永「ボードゲームってほとんどの人が知らないですよね。いくら面白いボードゲームを自分が作ったところで、興味がない人には届かない。じゃあどうすれば知ってもらえるかと考えた結果、ボードゲーム以外の部分で勝負しなきゃいけないと思ったんです。

前出の『7つの習慣®』や『キングダム』は知っている人はたくさんいます。そういうボードゲーム以外のコンテンツとコラボすることによって、新たな層に興味を持ってもらうきっかけになります。

さらに、それはコラボするコンテンツ側も同様で、『7つの習慣®』であればビジネス書を読まない層にも、その魅力を知ってもらうことができる。そういう付加価値を与えて、社会に貢献していけたらいいと思っています」

自身を上手くブランディングし、ボードゲームソムリエという特殊な仕事を確立している松永さん。その活躍の背景には、“好き”という強い原動力と、相手を喜ばせるための愛があった。ボードゲームと人への深い想いが仕事に昇華され、社会に新たな価値を生み出しているのかもしれない。

松永直樹(まつなが なおき)
ボードゲームソムリエ、ボードゲームデザイナー。様々なイベントやコミュニティに赴き、累計5000人以上にボードゲーム通して感動やサプライズを提供するエンターテイナーとして活躍。また、デザイナーとして『7つの習慣®』や『キングダム』などさまざまなコンテンツとのコラボボードゲームの作成も手掛けている。最近では、『マツコの知らない世界』をはじめとしたメディア出演によるボードゲームの紹介や、ビジネス書『戦略と情熱で仕事をつくる』(ダイヤモンド社)を著すなど、その活動の幅を広げている。