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「何か面白い企画考えて」
この一言に苦しんできたビジネスパーソンも多いのではないだろうか。そもそも企画に結びつくアイデアをどのように出せば良いのか、ここに躓く人も多いかもしれない。
そんなアイデアに悩む人の解決の糸口を提供すべく、今回クリエイターとして活躍する株式会社ブルーパドル代表の佐藤ねじ氏に取材を決行した。
2010〜2016年の間、面白法人カヤックでアートディレクター/プランナーとして活躍。当時、佐藤氏が制作したハイブリッド黒板アプリ『Kocri』はグッドデザイン賞BEST100 未来づくりデザイン賞を、『しゃべる名刺』はYahoo! Creative Award 個人部門グランプリを受賞した実績を持つ。
カヤックを退職した後、株式会社ブルーパドルを設立した。アートディレクター/プランナーとして『広告』や『コーポレートサイト』を手掛けるほかにも、エンタメとテクノロジーを融合した宿泊施設『不思議な宿』、実の息子さんと共に『小1起業家』『5歳児が値段を決める美術館』を手掛けるなど、新しく面白いプロダクトを多く世に出している。
これらのプロダクトのアイデアは、一体どのように生まれているのか。佐藤ねじ流アイデアの出し方をお届けしていく。さらに、アイデアの実現度を高めるポイントにも迫る。
まだない組み合わせから新しいものを生み出す
—— 現在、ブルーパドルでは「広告/PRコンテンツ」「コーポレートサイト」「空間や物 × テクノロジー」「こども系の仕事」を得意な領域としているようですが、佐藤さんはすべてのプロダクトに関わっているのでしょうか?
佐藤:すべて関わっています。カヤックに入社する前からデザイナーとして活動してきたので、ベースは広告/PRコンテンツやコーポレートサイトの制作がメインではあります。
ただ、そういったWEB系のプロダクトは、今まで沢山つくってきました。なので、最近の流れとしては少しずつ減らしていて…空間や商品企画に注力しています。
例えば、『不思議な宿』。さまざまなテクノロジーを入れた宿屋を2019年9月にオープンしました。このように、空間や物とテクノロジーを融合させたアイデアを出しています。
不思議な宿 YouTube動画
—— なぜ、WEBなどのデジタルな領域から、空間や物を扱うアナログの領域に手を出し始めたんですか?
佐藤:まだない組み合わせを形にして、新しいものを生み出したいという想いが僕の軸にあります。
ブルーパドル設立も、“たくさんの新しい企画・表現(0→0.1)を多く作るため”です。
WEBの中だけで表現できることは限られています。でも、WEBで培ってきた知識や技術を全く別の領域と組み合わせることで、新しい表現が可能になるんです。デジタル領域に詳しい宿屋の人ってあまりいないけど、そこにデジタルの知識がある僕のアイデアを組み合わせることで新しい何かを生み出していきたいなと。
興味の種を掬い取って、アイデアの芽を育てる
—— そういった新しいものを生み出すときに、どうやってアイデアを出しているんですか?日常生活の中で自然と出てくるのか、アイデアを出すために時間を設けているのか。
佐藤:僕は日常の中で自然と出てくるタイプですね。その出てきたアイデアを『今週のアイデア』という形でメモしています。2010年くらいからずっとしていることです。思いついたアイデアを週に分けて書き貯めていて。それを分類分けしたり、タグ付けしたり。
一生使わないアイデアがほとんどだけど、残しておくと仕事の中で使えるタイミングがあったり、何か新しいものをつくりたいときの引き出しに使えたりする。時間が経つほどアイデアという資産が貯まっていくので楽しいですよ。
—— 日常の中でアイデアって常に出続けるものなのでしょうか?
佐藤:「なんかこれ面白い」と感じることは誰にでもあると思います。それが“アイデアの種”なんですよね。その種をちゃんと掬い取って残すモチベーションがあれば、アイデアになる。そのモチベーションは常に保つようにしています。
もちろん、他の時間に追われてアイデアまで思考が追いつかない時は、手を抜くこともあります。
でも、これまで意識的にアイデアを出すためにモチベーションを保っていたので、手を抜き続けると危機感を抱くんです。ダイエットと似ているかもしれません。痩せるために継続して運動してたのに、仕事が忙しくなってきたから運動しなくなる。すると、また太ってきたら痩せなきゃと思う。
そのためにも、今週のアイデアは統計を取っています。アイデアの量をグラフにして「今週はアイデア全然出てないな」「今週は結構出してるな」と見て分かるように。
—— アイデアが出やすい状況やタイミングとかもあるんですか?
佐藤:ありますね。人と会って会話する時間は一人のときより脳が働くのか増えますし、旅行や展覧会などに行って刺激を受けたら増えますし。アイデアが出るカフェと出ないカフェもあります。
基本的に空間が高くて広い場所が出やすい傾向にあるので、風呂場とか映画館とか閉鎖的な空間では出ないんですよね(笑)。
今週のアイデア
そういうアイデアの出る場所やタイミングを自分の中で計測しています。その日の気分や状態によっても変わるので、色々試しながらアイデアを出すのも面白いですよ。
必要な情報だけをインプットする“カラーバス効果”
—— アイデアを引き出すためにはインプットも重要だと感じるのですが、佐藤さんは定期的に情報収集とかされていますか?
佐藤:そんなにインプットが多い方ではないですね。SNSとかで今の流行りとかを追う程度で…。ただ、たくさんインプットしてアイデアを出すタイプの人が多いとは思います。
僕ももっとやらなければと思いつつ、自分の中にある感覚を大事にしたいという気持ちがあって。素で何が面白いと思うのかという部分。インプットが多くなると、世の中の面白いに合わせてしまうので、アイデアが似てくるんですよね。
とはいえ、インプットがないと時代の感覚とズレて、それはそれで自分よがりなアイデアになってしまうので、全くインプットしないことはないですけど。
—— インプットをあまり意識せずにアイデアが出るってすごい……。
佐藤:年齢的な部分もあると思います。会社員時代は頑張ってインプットしてましたし、今でもインプットを増やした方がいいと感じますけど……無理に使えるか分からないインプットを増やすより、生活を楽しくしていたら自然とアイデアへ繋がるのが一番良いと思っています。
日常に転がっている面白いもの、気になることを拾っていくだけでも、アイデアは出るんじゃないかな。
——その日常に転がっている事柄に通り過ぎてしまう場合が多いなと。
佐藤:それは通り過ぎない方法があって。“カラーバス効果”といって、一つのことを意識すると、関連する情報が無意識に自分の手元に集まるようになるんです。「赤」を意識して外を歩くと、街に赤が増える。自分に子どもが生まれれば、街に妊婦が増える。
日常の中には情報が無限にあるので、カラーバスを利用して自分の中で必要な情報だけをフィルタリングするんです。視点を定める。
僕は、「ありそうでなかった小さな発見」をカラーバスとして置いています。日常の中にある違和感を意識して過ごしている。そこで見つけた種をアイデアにします。
例えば、大江戸線の中づり広告。絶対に折れるつられ方なんですよ。なので、あえて折れることを意識した広告のデザインってアリじゃないかな?と。そういうアイデアを、いつ使うかは分からないけど、今週のアイデアに書き留めていきます。
アウトプットから生まれる繋がり
—— そのアイデアをプロダクトとしてアウトプットするときに、選定基準はありますか?
佐藤:今週のアイデアの中に「☆…面白い」「〇…普通」と分けていて、依頼や相談があったときにその分類を見ながら提案に入れることはあります。ただ、“依頼・相談待ち”や“技術待ち”のアイデアが多いですね。大江戸線の中づり広告のアイデアは鉄道会社の人の“依頼・相談待ち”だし、5Gが来たらできそうなアイデアは“技術待ち”だし。
あと、どこにも使えなさそうな一生日の目を見ないアイデアは自分の作品としてつくります。
—— 作品としてアウトプットってどんな形で?
佐藤:アイデアを画像に起こしてSNSやWEB上に掲載しています。例えば、Twitterに載せた「やさしい矢印」。
やさしい矢印 pic.twitter.com/j9ofNpe465
— 佐藤ねじ🌲ブルーパドル (@sato_nezi) September 9, 2019
画像を合成した作品で、真ん中の矢印の上にツバメの巣があったとき、こんな矢印があっても良いんじゃないかというアイデア。
普通の鉄道会社だと実現は難しいけど、観光地とかの小さな駅にこの発想が使えるかも…という感じで実現度があまり高くないアイデアはこんな形でアウトプットします。
とはいえ、何かちょっとした相談に乗ったときや、これを見かけてやりたいと思ってくれる人がいたとき、実現度が上がるので、どんな形でもアウトプットしておくことは大事だと思います。
—— アウトプットがアイデアの実現度を高めるということですか?
佐藤:高めると思います。アイデアを実現する条件として、技術、お金、環境、人のスキル、この4つがあります。
中でもどういう仲間が周りにいるかで実現度はかなり変わってくるのですが、アウトプットから繋がる人や会社もあります。「やさしい矢印」も鉄道会社の人の目に留まれば実現度が上がりますよね。
アウトプットが名刺代わりになり、出会いが増える。今まで周りにいなかった人と出会うこともあります。そういう新しい人との出会いから、さらにアイデアが増えることもあって。
—— アイデアのエコシステムですね。
佐藤:特に特殊なスキルを持った人との出会いは、新しい発想が生まれやすい。
例えば、去年ブルーパドルにモノクロ画家の『あけたらしろめ』が加わったことで実現したのが、エコー写真のイラスト変換サービス『エコー画』。僕の2人目の子どもが生まれる前、「エコー写真って顔が分からないから、それを似顔絵にしたら面白いのでは?」と思いついたアイデアを形にしました。
エコー画
それまではイラストを描いてほしいとき外部に依頼してたので、こういうアイデアもすぐに発注するのが難しかったんです。でも、チーム内にイラストを描けるスキルのある人がいると気軽に頼める。
人の持つスキルって最先端の技術と同じだけの価値があると思っています。
そんな価値あるスキルを形(アウトプット)として発揮する環境も必要なので、環境づくりも大事にしていて。信頼し合えるような深い関係を築いて、チームでアウトプットすることも重要だと思います。
アイデアの実現度を高める5つのポイント
—— とはいえ、多くの会社員、20代後半~30代前半のビジネスパーソンがアイデアを通す際、上司やクライアントを説得しなければならないと思います。そんなときに使えるノウハウがあれば、ぜひ教えてください。
佐藤:僕も全然アイデアが通らない頃があったから、よくわかります(笑)。でも、良いアイデアを持っていて磨けば光る原石だとしても、そのアイデアをそのまま使うことが難しい上司の気持ちも分かる。なので、どちらの視点も持ったうえで教えていきますね。
大きく5つのポイントがあると思っています。
1)実績をつくる
とにかく何かしらの形でアウトプットをすること。先ほど伝えたように、僕は仕事とは別に個人的に作品としてアウトプットをしています。それは昔からやっています。
今ならSNSなど人に見せる場所がたくさんあるので、アイデアを形にして外に出してみる。もし、それがすごくバズったら、実績として残ります。仕事は未熟かもしれないけど、実績があるのとないのでは、上司やクライアントからの見られ方は変わると思います。
2)事例を探す
事例を探してまとめること。「このアイデアが面白いと思うんです!」と感覚的な部分を押しても通りにくい。根拠が必要です。
例えば、YouTubeでキャラクタービジネスのアイデアを提案するとき、「『〇〇(人気YouTuberの名前)』が流行ってるから、こんなキャラクタービジネスがやりたい!」と伝えたとします。
でも、ただ人気があると言われても知らない人が多いです。なので、「YouTubeのチャンネル登録数60.4万、Twitterフォロワー数35.6万もいるほど人気なんです!」と伝えるとどうでしょう?
そういう誰もが見て分かる事例を見つけること。事例を自分でつくれたら一番良いのですが難しいと思うので、外から事例を集めるだけでも良いと思います。
3)信頼を得る
やるべきことをまずはやる。これが、やりたいことに繋がる場合もあります。ただ、好きなことをやるだけではなく、好きなことができるための信頼を得るんです。僕はカヤックのとき、いいチームをつくるために、自分で美大に行ってデザイナーを探して採用していました。人事部にすべて任せるのではなく。そうすると、周りから認められます。
上司もクライアントも好きに動いているわけではなく、会社のために動いています。仕事の中で実績をつくること、「こいつになら任せられる」と認めてもらえることが重要だと思います。
4)相手の視点に立つ
上司やクライアントの視点に立つこと。3)にも通ずるのですが、上司やクライアントの上には会社の売上などしがらみがあります。会社の方向性、経営の状況などを俯瞰的に考えて提案するとアイデアが通る確率が上がると思います。
例えば、行政に提案する場合、突拍子もないアイデアは通りづらい。だから、そこまで無茶のないラインで提案する。というように、ネガティブチェックを織り込んだ状態で企画を出す、切り口の工夫をすると良いと思います。
また、チャレンジできる環境があるなら、若いうちからプロジェクトリーダーのような、小さく上司の立場に立つと良いかもしれません。
5)ゴールを見定める
アイデアを通すことがゴールと思わないこと。これはかなり重要ですね。
極論、会社や上司、クライアントにこだわり過ぎない。もし、そのアイデアを実現させることがゴールなら、別の場所でも良いわけで。会社では人脈やスキルを貯めて、外でアイデアを実現させれば良いと思います。自分のアイデアが実現できなそうなら、実現できそうな場所に行く。
または、実現できそうなアイデアを考える。無理に押し通そうとしないことも大事だと思います。
大事なのは、自分のタイプを見極めること
—— 最後に、アイデアを出すことに思い悩んでいる読者に向けてアドバイスをお願いします。
佐藤:色んなタイプの人がいるので一概に言い切れないのですが……。
事例を収集するのが得意な人はインプットすること、僕みたいにインプットが得意じゃない人は自分の中にある感覚を考えること、そして生まれたアイデアをできるだけ多くアウトプットすること。
打席の数を増やすことだと思います。アイデアをアウトプットして失敗と成功を積むことが一番の学びになります。仕事だと失敗ができず挑戦が難しいなら、仕事以外の場所でアウトプットする。
また、アウトプットから軸を研ぎ澄ましていくこと。僕は、アイデアを形にするとき、“オリジナリティ”の重要度が高いです。でも、メーカーの商品開発者は、ヒット商品をつくることが使命なので、新規性より“売れること”の重要度が高いはず。
たくさんアウトプットすれば、自分の置かれている状況や、目指す目的に合わせたアイデアが見極められるようになると思います。
あとは、そもそもアイデアを出すことが得意じゃなければ、アイデアを出さない状況にすれば良いかもしれないですね(笑)。
取材・文:阿部裕華
写真:西村克也