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貧困問題続くも、成長率はアジア太平洋で最大
南アジアのバングラデシュという「アジア最貧国」などと呼ばれ、貧困問題がクローズアップされることが非常に多い。このため「バングラデシュ=貧困」というイメージが定着してしまっている。
実際、貧困問題は依然続いており、持続可能な開発目標(SDGs)の文脈において国際機関や国内組織がその問題解決に向けて尽力している。バングラデシュの人口は約1億6,000万人。
このうち貧困ラインで暮らしている人は4,000万人、さらに1日1.9ドルの極度の貧困状態にある人々は2,000万人いるといわれている。2010年、貧困ライン生活者は4,800万人、極度の貧生活者は2,700万人だったので、幾分改善していることがうかがえる。
バングラデシュ・ダッカの造船所で働く子供たち(2018年1月)
一方バングラデシュの経済状況はこの数年で大きく変化しており、貧困というイメージだけでは同国の現状を的確に把握することは難しくなっている状況だ。
新興諸国が多いといわれるアジア太平洋地域。世界の成長エンジンはアジアにシフトしており、さまざまなメディアが「アジアの時代」などと書き立てるようになった。
この成長著しいアジア太平洋地域において、もっとも高い成長率を実現しているのがバングラデシュなのだ。
アジア開発銀行(ADB)が2019年4月に発表した経済レポートによると、2018年バングラデシュの経済成長率は7.9%で、域内2位のベトナム(7.1%)より0.8ポイント高い数字となった。
ADBが予想するところでは、2019年バングラデシュの経済成長率は8%に達し、2020年も8%を維持する公算が大きいという。この間、ベトナムの成長率は、2019年6.8%、2020年6.7%と若干減少することが見込まれている。
また、インドの成長率は2018年7%、2019年7.2%、2020年7.3%と高い成長率が見込まれるが、バングラデシュの成長率には及ばないようだ。
バングラデシュ・ダッカの様子
バングラデシュの主要産業は繊維と農業。輸出品の80%ほどが繊維製品といわれるほど大きなウェイトを占めている。国内の繊維産業では350万人ほどの労働者が働いている。
しかし、低賃金で劣悪な環境である場合がほとんどで、貧困問題が改善しない要因として批判されることが多い。
農業はバングラデシュ国内労働者の60%が働く国内最大の産業。GDPに占める農業の割合は30%に上る。このほか造船や観光も重要な産業といわれている。
世界24位の経済国へ、デジタル・知識経済の確立に注力
こうした既存産業に加え、最近存在感を増しているのが情報通信やデジタル分野だ。政府主導で急速なデジタル化が進められており、今後の経済成長の柱になる可能性がある。
英国の調査会社CEBRによると、現在世界43位の経済規模のバングラデシュは2033年頃まで高い経済成長率を維持し続け、同年には世界24位の経済国になる見込みだ。バングラデシュとよく比較されるベトナム(30位)を上回ることになる。
バングラデシュのデジタル産業の盛り上がりは、以前お伝えした同国のデジタルフリーランス人材の急増とテクノロジー企業の活況に見ることができるだろう。
電力供給の安定化とインターネットの普及、さらにはモバイル回線の普及によって、デジタルインフラが整いつつある同国では、若い世代を中心にデジタル関連スキルをオンラインで習得する人が増えている。
また、政府のデジタルスキル促進の取り組みなども手伝い、デジタルスキル人材が急増。英語圏のフリーランスプラットフォームでは、バングラデシュの登録者数はインドに次ぐ規模にまで拡大しているのだ。
人材供給だけでなく需要側の意識変化も影響している。
これまで欧米のテクノロジー企業は、ソフトウェアやウェブ開発で人材コストが安いインドやフィリピン、またベトナムのフリーランス人材を活用することが多かったが、バングラデシュのさらに安い人材コストに惹かれ、同国のフリーランス人材の活用を増やしているのだ。
欧米の水準から見れば安いコストでも、物価の安いバングラデシュの水準ではかなり高く、フリーランスに転向し、地元企業で働くより何倍もの収入を手にしている人が増えているという。
デジタル人材の増加は、バングラデシュ国内のテクノロジー企業にも好ましい影響を与えている。同国情報通信分野では、およそ120社の企業が35カ国に対してITサービスを輸出し、およそ10億ドル(約1,080億円)の収益をあげている。
この規模は2021年に5倍の50億ドル(約5,400億円)に達する見込みだ。
5G導入にも意欲的、「デジタル・バングラデシュ・ビジョン」がもたらす未来
バングラデシュのデジタル変革の動きを追うには、政府のビジョンと取り組みを知ることが役立つだろう。
バングラデシュがデジタル化に本腰を入れ始めたのは2009年頃。2009年1月、再選により首相に就いたシェイク・ハシナ氏。このときハシナ首相が掲げたのが2021年までにデジタル化を通じて同国を中所得国に引き上げるという「デジタル・バングラデシュ・ビジョン」だ。
同ビジョンのもと、デジタル人材育成、デジタルインフラの整備、行政サービスのデジタル化などさまざまな取り組みが実施されている。
デジタル人材育成に関しては、国内130カ所の大学に人材育成のためのスペシャルラボを設置。また、IBMなどのテック企業と提携し、ブロックチェーン、AI、ビッグデータ解析などの先端分野のプロフェッショナル育成センターを開設するなどしている。
インフラ整備については、2021年までにインターネット接続率100%を目指し取り組みが加速。現在すでにインターネット加入者は9,300万人、モバイル加入者は1億6,000万人に到達。モバイル市場は、アジア太平洋で5番目、世界全体でも9番目という規模に成長している。
ダッカのスマホ工場
海外からのテクノロジー投資を魅了するための取り組みにも注力。その一環で進められているのがテックパークの建設だ。現在28カ所のテックパークが建設されているが、政府はこの数を64カ所に増やす計画という。
5Gの導入にも意欲的だ。バングラデシュの政府関係者が世界経済フォーラムの記事で語ったところでは、同国は5Gの「早期導入国」の1つになることを計画しているという。このほか2023年までにパスポート・ビザ申請をデジタル化する計画も進行中だ。
これまでの経済発展は、繊維などの軽工業から、自動車などの重工業を経て、金融やコンピュータなどの高付加価値産業にシフトしていくことがセオリーだった。
一方、インターネットやデジタル技術の恩恵により、バングラデシュはこうした既存のモデルには当てはまらない経済発展を達成する可能性が見えてきたといえる。貧困国というレッテルを覆し、デジタル・知識経済国として台頭することができるのか、その動きから目が離せない。
文:細谷元(Livit)