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450兆円規模に膨らんだ世界ウェルネス市場と今後の重要マーケット
大気汚染、高齢化、医療制度危機など世界各国では健康に関わる課題が深刻化しており、多くの人々は危機感を募らせている。この意識変化を反映するのかのように、巷では「ウェルビーイング」や「ウェルネス」という言葉がよく聞かれるようになってきた。
健康を維持したいというニーズは非常に高くなっており、関連市場は右肩上がりで伸び続けている。
グローバル・ウェルネス・インスティテュート(GWI)は、世界ウェルネス市場規模が2017年に4兆2,000億ドル(約450兆円)に達したと推計。2014年の3兆4,000億ドル(約367兆円)から年間平均5.8%で拡大したという。2013〜2017年の世界の経済成長率1.1%の5倍の速度で伸びていると指摘している。
GWIが定義するウェルネス市場とは10分野のサブセクターから成る市場。
ウェルネス市場サブセクターの中で最大となるのはパーソナルケア市場で、その規模は1兆830億ドル(約116兆円)に上る。このほか規模が比較的大きいのが、ウェルネス食市場(7,020億ドル)やウェルネス・ツーリズム市場(6,390億ドル)、フィットネス市場(5,950億ドル)、予防医療市場(5,750億ドル)、伝統医療市場(3,600億ドル)など。
世界ウェルネス市場の規模(WGI「Understanding Wellness」より)
これらに比べ、ウェルネス不動産市場(1,340億ドル)、スパ市場(1,190億ドル)、温泉市場(560億ドル)、ワークプレイス・ウェルネス市場(480億ドル)の4市場は規模が小さめとなる。
これら4市場の規模は比較的小さいが、この先の伸びしろには期待が寄せられている。GWIはこれらの市場の2022年までの年間成長率を予測。最大となるのはウェルネス不動産市場だ。年間予測成長率は8%。世界GDPの予測成長率6.3%を上回る公算が大きい。
4市場の中でウェルネス不動産市場に次いで高い成長率が予測されているのは、ワークプレイス・ウェルネス市場で、予測成長率は6.7%。このほか温泉市場6.5%、スパ市場6.4%といずれも世界経済の成長率を上回ると予想されている。
ウェルネス向上で、屋内環境に注目が集まる理由
最近、このGWIの市場予想を裏付けるようなトレンドが強まりを見せており、ウェルネス市場関係者の注目の的になっている。
年間8%で伸びると予想されているウェルネス不動産市場での動向だ。特に、欧米・英語圏での動きが顕著になっているようだ。どのようなことが起こっているのか。
世界的に健康意識が高まっているといわれているが、これまでは主にフィジカルやメンタルなど自分の体の状態にフォーカスがあてられてきた。フィットネスジムでの運動やヨガ・瞑想、ウェルネスフードの人気が高まったことがそのあらわれといえるだろう。
一方、最近顕著になってきているのが、自分だけでなく周りの環境にも目を向ける人々が増えているということだ。特に人生の大半を過ごす屋内の環境にフォーカスする人々が増えている。
オフィス、学校、住宅の中の環境をモニターし、持続可能性という視点だけでなく健康状態の最適化という視点で屋内環境を整えようという動きだ。
こうした動きが強まりを見せる背景には、屋内環境が予想以上に汚染されているという認識の広がりがあると考えられる。
米環境保護庁は同ウェブサイトで「屋内の空気の質」というページを設け、米国市民に対する認知活動を実施。
同ウェブサイトでは、米国人は平均90%の時間を屋内で過ごしているが、多くの場合屋内は屋外に比べ汚染レベルが2〜5倍高いとされ、また幼児や高齢者、呼吸器系疾患患者など屋内汚染に対して脆弱である人の方が屋内にいる時間が長くなりがちであることが指摘されている。
屋内の汚染レベルが近年高まっている理由はさまざま。米環境保護庁は、最近の建築工法、建材、塗料、殺虫剤、洗浄剤などがその理由であると説明している。たとえば、最近の建築工法に関して、エネルギーの利用効率を重視するあまり、十分な換気がなされていないといった問題が浮上しているという。
上記で示したようにウェルネス不動産市場の規模は2017年1340億ドルだった。地域別で見ると北米が525億ドルで最大。次いで、アジア太平洋が470億ドル、欧州320億ドルなどとなっている。
国別トップ10は、米国(525億ドル)、中国(199億ドル)、オーストラリア(95億ドル)、英国(90億ドル)、ドイツ(64億ドル)、インド(61億ドル)、フランス(58億ドル)、韓国(42億ドル)、カナダ(24億ドル)、日本(22億ドル)。
屋内環境を最適化する「ウェルネス・アーキテクツ」の重要性
ウェルネス不動産市場で、今後登場頻度が増えると予想されるのが「ウェルネス・アーキテクツ」という言葉だ。
通常アーキテクツとは建設デザインを手掛ける人のことをいう。ウェルネス・アーキテクツとは、建設デザインの中にウェルネスの要素を組み込み、居住・仕事空間の最適化を実現するプレーヤーのことだ。ヘルスケア分野の研究と軌を一にしたもので、最新の研究結果が取り入れられる科学的なアプローチとなっている。
代表的な取り組みの1つが、ウェルネステック企業Delosと米トップ病院メイヨー・クリニックのコラボレーションである「Well Living Lab」だ。
人間の健康状態や生産性を最大化する環境をどのようにすれば達成できるのかという視点でさまざまな研究が実施されている。たとえば、オフィスにおいて社員がもっとも快適だと感じる温度・音・光のレベルに関する研究。
同研究では、寒く、騒音があり、窓が少なく自然光が入らない環境が最悪のコンビネーションであることが判明。温度は暑すぎるより、寒すぎる方が悪影響が強いことなどが明らかになった。
このほか、バイオフィリック・デザインやアロマの効果、睡眠を最適化する空間づくり、日光の影響などに関する研究結果が公開されている。
こうした研究結果はDelosのテクノロジー開発に生かされているようだ。
同社がCES2019で公開したDARWINと呼ばれシステムは、屋内の空気に、心肺や免疫システム、認知機能に悪影響を与える汚染物質が混ざっていないかどうかを分析し、ユーザーに通知する機能を備えている。ウェルネスの視点を組み込んだスマートホームシステムとして高い関心が寄せられている。
またDelosは、ニューヨークでもっとも健康的なコンドミニアムの開発に携わったことでも注目を浴びている。このコンドミニアムには、抗菌壁やビタミンC配合のシャワー、さらにはサーカディアン・リズムに基づく照明システムなどが備え付けられているという。
Delosウェブサイト
ウェルネス不動産はニューヨークだけでなく、マイアミなどでも開発が進んでいる。地元メディアなどは、ウェルネス不動産の価格は通常よりも若干高くなるものの、健康意識の高いミレニアル世代を中心に人気が高まっていると報じている。
GWIの分析によると、2017年時点米国だけで355件のウェルネス・コンドミニアムの建設が計画されていることが判明している。
年間8%での成長が見込まれるウェルネス不動産市場。このまま成長を続ければ、2022年までに2,000億ドル(約21兆円)規模に到達することになる。GWIが予測する通りのシナリオになるのか、またはそれを超えるものになるのか、今後の動向が気になるところだ。
文:細谷元(Livit)