INDEX
「怖い」イメージの払拭に努める世界の警察・救急
どの国でも警察や消防というのは「怖い」「堅い」というイメージがある。犯罪の抑止や緊急時の対応がお仕事なのだからある程度は威厳がないと困るのだが、利用者である市民とあまりに距離感があるのも困る。というわけで、いま世界中の警察・緊急サービスの間で主にソーシャルメディアを利用してアピールする取り組みが活発になっている。
各国の警察の市民へのPR例
たとえば、ニュージーランド警察はソーシャルメディアに警察犬の卵である仔犬たちの画像や、キャプションを加えたおもしろ画像をを頻繁にアップロード。
「さすがに子犬画像が多すぎて何屋だか不明」という声が挙がったり、国内で大規模火災が起きた後にうっかり火事に関連するおもしろ画像を投稿してしまって自らが炎上したりする案件も発生しており、緊急サービスのPRとソーシャルメディアの相性の悪さを露呈している(一方、筆者の友人のニュージーランド人はその件は知らないとしながらも、近年増えているソーシャルメディアが犯罪の解決に貢献するケースを挙げ、「楽しい投稿を頻繁にしてみんながいつも見ていてくれるようにしないと、情報の拡散が必要な時に誰も見てくれないだろ? ノイズの多さに文句をいう奴は分かってない」と、警察の方針に理解を示していた)。
フォロー数を増やしているのは間違いない(ニュージーランド警察公式Facebookページより)
筆者の生活するオランダの街の地元警察も、普段からFacebookで規則に関するクイズなどを発信するほか毎年10月に街中でイベントを行い、市民と触れ合う機会を設けている。
去年は子ども連れに「お子さんを日常的に『そんなことをすると警察に捕まるよ』と脅すのはやめてください」と呼びかけていた。これのせいで、例えば誘拐されたり迷子になった子どもを保護しようとすると子どもが怯えて身を隠してしまい、せっかくの救出のチャンスを逃しているうちに手遅れになるケースがあるから…とのことだった(怖い)。
筆者の5歳の息子に「おう坊や、いい子にしてるか?おじさんの世話になるような大人になっちゃいかんぞ」と話しかけた年配の刑事を若い警察官が慌てて手近な車両にしまって「困ったことがあったらいつでも助けに行くから呼んでね!」とこわばった笑顔でアピールしていたのも印象深かった。
一方我が国日本には世界に誇るKOBANシステムがあるので、警察は比較的親しみやすい存在だ。
ソーシャルメディアチャネルでは自然災害の多い土地柄、警察庁災害対策課のツイートあたりが最も市民に身近だろうか。「ツナ缶ランプ」「十円玉で袋を開ける」など、災害時のみならずいざというときに役に立つ驚きの小ネタを頻繁に発信してくれるピーボくんのアイコンをフォローしている人も少なくないだろう。
直近のブーム「テトリス・チャレンジ」
さてそんな中、現在世界中の警察・消防などの緊急サービスの皆さんが熱中しているソーシャルメディア上のムーブメントがある。それが「テトリス・チャレンジ」だ。
最近ネット上で、外国の警察や消防の車両の隣に、普段から搭載されているらしきツールの数々と、警官や消防隊員といったスタッフまでが地面の上にきちんと並べられ(クラシックゲームの『テトリス』のように)、それを鳥瞰図で撮影した画像を目にした人はいないだろうか。
日本でもぼちぼち「オランダのパトカーの中身」などとして紹介されているこれらの画像は、様々な国の警察や救急といった緊急サービスが#TetrisChallengeのハッシュタグとともに各ソーシャルメディアに投稿している一連のムーブメントから派出したもの。
ことの起こりは2018年11月、ニュージーランド警察が#flatlay(『平面陳列』―インスタなどでも一般的な、モノを見やすいように平面上に並べ、それを上から撮影した画像。関連した複数のアイテムを例えば色別・大きさ別などにキチンと並べた画像は「見るだけで気持ちがいい」とグラフィック好きのネチズンなどに人気がある)のハッシュタグとともに、赤色のパトカー、防弾ベストや各種ジャケット、手錠やスプレー、「通行止め」「酒気帯び検査実施中」などの看板、そして本物の警官一人を地面にキチンと並べた写真をFacebookに投稿したこと。
「元祖」テトリスチャレンジ
先述のように彼らは頻回投稿なので、その画像自体は2000件のいいね!を得た後は埋もれてしまったが、それから1年足らずが経過した今年の9月1日、今度はスイスのチューリッヒ警察が同様の写真を投稿し、「交通パトロール中のパトカーに何が入っているのか知りたい人がいたら、これをどうぞ。#よい日曜日を」とコメントした。
警察署のオープンデーに来場者のために展示されていたパトカーの中身に警察官が参加し、ドローンで撮影した一枚だったという。
これが反響をよび、続く数週間の間に#TetrisChallengeのハッシュタグのもとに同じくスイスはジュネーヴの消防隊が投稿し、その後オランダ、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、フィンランド、イギリス、カナダ、さらにシンガポール、メキシコ、台湾などの警察や救急サービスが続々と参戦した。
英大手一般新聞ガーディアンはこの新しい世界的チャレンジを記事に取り上げ、ブームの火付け役となったチューリッヒ警察広報担当のRebecca Tilen氏の言葉で締めた。
いわく、「このチャレンジが始まってから、私たちのページのフォロワーがまた増加しました。これで犯罪防止キャンペーンや目撃者の捜索などの投稿もより多くの人の目に触れるでしょう。ありがたいことです」。
チャレンジの目的は、当初は備品の多い緊急サービス車両の道具をすべて並べるという「できるかな」的な部分がポイントだったが、こうしたブームの性か徐々に「よりクリエイティブな」写真を撮ろうという意図が見え始め、道具を色別に分けたり大きさ順に並べたり、警察犬を参加させたり、挙句はチェコやヌーシャテル(スイス)の警察のように縛られた犯人役の人員を配置して笑いを狙う組織が出てきたり、さながら「大喜利」の体をなしている。
チェコ警察。こんな薄着の容疑者相手に重装備の警備員10人。いったい彼は何をしたのだ
ちなみに、救急車やパトカーに続いて、同月の後半から各国の軍事関係者たちも自国の戦闘機や戦車でこのテトリス・チャレンジに参加している。
軍事ジャーナリストのTyler Rogoway氏によれば、「軍隊には非常に高価なアイテムが揃っており、多くのクリエイティブな関係者がそれを見せびらかす機会を虎視眈々と狙っている」ため、このチャレンジは軍事関係者にこそうってつけだとし、「超リアルなGIジョー(アメリカで定番のソルジャーのフィギュア)だと思ってください」と述べた。
現在までにハンガリー、マレーシア、オランダ、ルーマニア、アメリカなどが参戦している。もちろん「お見せできる範囲で」撮影しているが、それは警察も同様だ。
マレーシア空軍
チャレンジの意義・ネチズンの反応は
このチャレンジに参加した画像にはたいてい数千のいいね!がつき、注目度の高さや人気が伺える。
「市民に身近に感じてほしい」「アカウントをフォローしてほしい」「私たちがどんな道具を持っていて、何ができるのか知ってほしい」という投稿している緊急サービスの担い手の意図はだいたい達成しているようで、「めったに見られない緊急車両の中身が観られて満足」「この道具は何に使うの?」「レゴのセットじゃないの?!」といった好奇心をくすぐられた一般市民からのコメントから、「〇〇(国)で同じ救急隊員をしている者ですが、海外なのに同じツールを使っていて親近感がわきました」と国をまたいだつながりを示唆するもの、「インターネットのブームはばかばかしいものが多いが、ついに見て楽しく、意義があり、教育的なブームがやってきた」とチャレンジ自体を歓迎するものまで幅広く、好意的な意見がおおかただ。
途上国の緊急サービスの参戦に期待したい
筆者は個人的には、今まであまり参加のなかった途上国にこのチャレンジが広まってくれないかなあと思っている。
人命にかかわることだから設備が充実している国もあるだろうが、そうでない国も多くあるだろう。治安の悪い途上国などは、警察車両はそれなりに充実していても救急車の設備は寂しかったり絶対数が足りない、などというケースがあることも想像に難くない。
そんな風に人々がいざというときに受けられる緊急サービスの格差を洗い出したら、必要な国際的サポートを得るきっかけになるかもしれないし、逆に彼らだけが知っている救急グッズがあってリバース・テクノロジーが起こる可能性だってある。
日本の緊急サービスも続くか?
盛り上がっているテトリス・チャレンジだが、典型的日本人の筆者は色々な国からの投稿を見ながら「この人たち、これ勤務時間中にやっているのかな…おおかた並べたところで出動の要請が入ったりしたらどうするんだろう」などと野暮極まりないことを考えてしまった。
筆者のみならず生真面目な人が多い我が国のこと、もしも緊急サービス関係の方がこのチャレンジに加わったら、「人命にかかわる責任のある公務員が勤務時間中に遊んでんじゃねえ」という批判の声が上がることも予測に難くない。
しかしサービスの内容を開示し、市民との距離を縮めるのも緊急サービスのお仕事のひとつのはず。
もしも我が国からこのチャレンジに参加する組織があったら、みんなで歓迎し、その手間に感謝しよう。日本びいきの多い世界のネチズンも待っているに違いないし、「キッチリ並べる」ことにおいて日本人の右に出る国民はいない(そしておそらく日本人は仕事道具を地面に直置きなどしないから、『日本だけブルーシートの上に道具を並べている!』とか騒がれるに違いない)。
日本の警察・救急・自衛隊のご関係の方、他にもご自身のお仕事七つ道具を披露してくださるいろんな職業の方々、ぜひご検討をおねがいいたします。
ちなみに筆者の#TetrisChallenge。つまらなくてすみません
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)