中国人富裕層の間で高まる日本食ブーム

「日本人の料理人はいないだろうか。店舗を任せられるなら月給は50万円からお願いしたい。もちろん通訳から住居まで全てこちらで用意する」

中国の飲食店経営者からこんな問い合わせが毎月のように入ってくる。景気の失速や米中摩擦など、さまざまなことが報じられているが富裕層向けのビジネスは現在のところ好調なようだ。

数年前に香港から始まった日本料理ブームは深センにも飛び火して、雨後の筍のように高級日本料理店が出店している。中国へ日本産の水産物を販売している業者は「高品質であれば少量でも生かして空輸させている。金に糸目をつけていないので、小ロットの取引でも十分に利益が出る」と話す。

中国 深セン

経済発展を遂げ巨大な消費地となった同国には世界中から食品が集まる。

その中でEUや日本など、食の安全管理が行き届いている国のものが人気だ。先の業者によると、水産物の場合、距離の問題から日本産が人気を集めているそうだ。「中国では活魚に人気が集中しているので、生かしたまま輸入するとなると日本や韓国などに限られる」という。

こうした需要の高まりを受け、日本でも中国への輸出を考える業者は増え始めているが、中国の指定業者にならねばならず、申請しても最低2年は待たないと認可されない。2年もすれば飲食の流行はすぐ切り替わってしまう。新規参入はなかなか難しそうだ。

税関の厳格化で変わる密輸ルート

日本産のさまざまな魚介類に対する需要が高まる中で、富裕層の関心を集めているのがフグだ。中国の海域でも水揚げはされるが、食べる習慣はほぼなく、日本など他国へ輸出されている。

そして、同国ではフグの輸入を禁じており、本来であれば手に入るはずもないのだが、そのような法律はないとばかりに飲食店で提供されている。冒頭の経営者も「香港に着いたらどうにでもなるから大丈夫」と気にしている様子はなかった。

こうした輸入禁止されているものはどのようなルートで同国へ密輸されているのか。中国との貿易を行っている業者は「昔は香港まで届けたら、あとは中国全土のどこにでも発送できた」と説明する。

例えば香港へフグを生きたまま送る場合、適当な魚の名前を書けば特に指摘されることはなかったという。嘘か本当か「フグを見たことがない人間が多いので、そこそこ珍しい魚の名前で輸出すればバレなかった」と振り返る。流石に何かしらの袖の下はあったものと思われる。

このように、ほとんどザルだった税関も近年、中国では汚職などに対する取締りが強化された影響でチェックも厳格化され、これまでの方法で密輸することは難しくなった。そのため、密輸ルートや方法も変化していると先の業者は説明した。

切身状にして名前を変える

これまでのように活魚での密輸は厳しくなったため、フグを日本で処理してから空輸で発送するケースが最も簡単な方法だと先の業者は話す。

「捌いてしまえば何の魚か分からなくなるし空輸なら1日で到着するから鮮度も問題ない。

むしろ免許がある人間が処理しているので安全性は高い」という。確かに切身状にしてしまえば何の魚か分からなくなる。ちなみにその際は「ヒラメのフィーレ」など、白身の魚として出荷するらしい。

切り身のイメージ

また、冷凍技術の進歩により陸路での密輸ルートも開拓されつつあるという。

マレーシアなどフグを輸入している国で対中国への貿易を行っている業者は「活魚で仕入れると運賃が高くなるので、日本で処理してもらって瞬間冷凍を施しています。目的地に着く前に解凍して生の魚だと言っても、よほど食べ慣れていない限り味の違いは分かりませんよ。つまりバレることはまずありません」と話す。

ここでも輸出向けのフグは切身状にして「カワハギのフィーレ」など別の名前にしているという。「明らかに別の魚の名前にしてバレないものなのか?」という思いがよぎる。この疑問に対してどの業者も「流石に徹底して調べたらバレるが、麻薬ではないしそこまで厳しく確認されることはない」と答えた。

マレーシアなど輸入可能な国で受け取って、魚種を輸入可能な魚介類の名目に変えてしまえば、タイなど輸入禁止の国を通っても問題はなくなる。このようにロンダリングされ、中国の富裕層の胃袋へと納まるのだ。

密輸によって信用力が低下

密輸され魚種さえ変わった食材が果たして高値で取引されるのだろうか。日本であれば、そのような怪しい食材に高値を出す人間がいるとは思えない。

これについて中国で飲食店を経営する日本人は「中国人にとって最高の料理はあくまで中華料理。他国の料理が受けるのは珍しさからに過ぎません。日本で言えばタピオカブームのようなもので、不味くなくて安全に食べられるのであれば何でもいいのですよ」と解説する。

現在、日本は食材の海外輸出を増やそうとさまざまな取組を行っている。その結果、年々増加している。財務省の2015年貿易統計によると、日本産食材の輸出は全体で約7千400億円(前年6千100億円)。

そのうち香港への輸出は5千400億円(同4千400億円)を占める。しかし、香港が輸入している食材ではわずか5%でしかない。拡大の余地がありそうに見えるが、そう上手くことは運ばないようだ。

港と食品の貿易を行っている業者は「ブームに乗ろうといろいろと怪しいものが出回り始めたせいで、日本産食材に対する信頼が低下している印象がある。輸入禁止のフグをデタラメな方法で密輸していたら、当然品質の悪いものが混ざる」と話す。

ブームに乗れば大きな利益を上げられると欲をかいた結果、消費者の信頼を失ってしまえば頭打ちになるのは全世界どこも同じようだ。

取材・文:畑中雄也
編集:神田桂一