電子書籍、オーディオブックなど新しい読書の形が誕生している中で、「1冊10分間の時短読書」というキーワードから注目を集める書籍の要約サービスflier(フライヤー)。

フライヤーでは、毎月40社を超える出版社との定例会や専門家の評判などから選ばれた30冊ほどの本に対して、専門知識を持つライターや編集者が要約を作成。

その領域は金融、IoTから健康・フィットネスまでと、ビジネスから教養まで広く網羅する。最新トレンドから古典的な内容まで、広く抑えられている点も魅力だ。

今回はフライヤー代表取締役CEOの大賀氏に、「要約が与える読書への気づき」などをテーマにお話を伺った。

「要約=質の高い立ち読み」大賀氏が提唱する価値

大賀氏に“本の要約”に着目した理由を伺うと、気づきのヒントはアクセンチュア時代の上司の口癖「主要な経済新聞・経済雑誌・ビジネス書が全て読めて半人前」だった。

大賀「仕事で成果を出し続けるには最新知識やトレンドを常にキャッチアップする必要がある一方、通勤時間や長期休暇など限られた時間の中で深い学びを心がけないと生活が破綻してしまう。

その中で、論文と同じように内容要約に該当するアブストラクトが本や雑誌にもあれば、効率的にかつ効果的な学びが得られるのではないかと考えました」

学術論文の冒頭には、必ずアブストラクトという研究背景から結果、考察までを要約した文章が存在する。

論文をサーチする段階では、アブストラクトから概要を把握し、自身が読み進めるかを判断することが多い。

大学院生として機械工学の研究に取り組み、論文を読むことが当たり前だった大賀氏だから、“要約の重要性”に気がつけたのかもしれない。加えて、ビジネスパーソンとしての危機感と学生時代の習慣が交わったからこその発見だったとも言える。

さらに大賀氏は学びにおける要約の重要性を、レビューと比較しながら次のように続けた。

大賀「私は“要約=質の良い立ち読み”だと思っています。つまり、自身にフィットする本を探す上で、大変役に立つ行為です。しかしレビューだと、作者の主観ではなく、その本を読んだ人の価値観や感情が入ってしまいます。

もちろん、レビューにはレビューの良さがあって私も好きで読んでいます。しかし学びという視点から考えると、要約の方がより向いていると感じます」

これからの読書には、時代に即した変化が求められる

要約サービスは書籍があってこそ成立するが、緩やかに減少しているのが出版市場の状況だ。

公益社団法人 全国出版協会によると、2018年の国内における出版市場規模は、紙出版と電子出版を合わせ、およそ1兆5,400億円だった。これは2015年からの3年間と比較すると、緩やかに市場が低下した結果だ。

電子書籍は、2011年から毎年15〜35%の売上成長を見せるものの、その大部分を占めるのはコミックス。一方で紙書籍は、年々電子書籍にシェアを取られることも重なり、販売金額を下げていく。緩やかに縮小していく市場の現状に対し大賀氏は、「届ける方法にも改善できることがある」と切り出した。

大賀「前提として本の中にある知識は何年経っても毀損(きそん)せず、様々な形で受け継がれています。私が課題だと考えているのは、その知識を届けるツールが時代に合わせた変化をしきれていない点です。

例えば電子書籍。タブレット端末やスマートフォンがあればいつでも気軽に読書ができるというメリットがあります。しかしその一方で、読みにくいという面も…。Web媒体の記事は横書きが大半のため、スマートフォンで読むなら、読み慣れている横書きの方がより見やすくなるとも考えられます。

また、インターネットに接続されていることを活かしきれていない様にも感じます。それこそ、分からないキーワードをタップしたら動画などで説明してくれる機能があったら面白いと思いませんか。すぐに関連事項が表示されたら、周辺知識も含めて、より格段と学びが深まるのではないでしょうか。

このようにインターネットと繋がっていることの強みを活かす余地はあるように思います。その先の電子書籍は、もしかしたら紙の本以上にプレミアムなものになるかもしれません」

確かに、紙書籍のあり方をそのまま電子書籍でも受け入れていた。それが書籍としての当たり前だと考えていたからだ。

しかしこれから訪れる5G社会、IoTの発達を考慮すると、電子書籍が紙書籍とは違う軌跡を歩んでもきっとおかしくはないだろう。

要約が読書の入り口に。フライヤーが生み出す「知のエコシステム」

紙や電子といった媒体に合わせて読みやすい読書のあり方が登場すれば、もしかしたら読書市場全体が再び盛り上がるかもしれない。

しかし、本の要約が日常に定着すれば、「本離れ」という形で書籍販売や市場に影響を与える可能性があるのではないだろうか。

この問いを投げかけると、「要約というのは、あくまでも本やそのコミュニティーに興味を向けるための入り口なんです」と大賀氏は語った。

大賀「私たちのビジネスは出版業界との関係性が構築されたからこそ、成り立つサービスです。私たちの要約がきっかけで、その本に興味を持つ人が生まれます。それによって本屋へ足を運んだり、実際の書籍を購入したりする人が出てくるのです。

中には本に魅力を感じた人たちが、誰かに口コミをしたり、書店や書籍に関するイベントへ参加したりするケースもあります。要約という読書の知に触れることがきっかけとなり、知に関するエコシステムが誕生しているのです」

知への触れ合いから生まれる、コミュニケーションの輪。要約をきっかけに、知への探究心が刺激され、結果として知に関する循環へと入り込んでいるのだ。

こうした要約が生まれるには、出版社や著者の協力が欠かせないことも併せて教えてくれた。

大賀「私たちは40社を超える出版社の方と毎月ミーティングを開催し、新作本やおすすめの本をご紹介いただきます。

さらに、制作した要約は著者や出版社の方に確認してから出すことで、要約としての精度を担保しつつ、著者の方の思いがずれないように調整をしています。要約を提供する私たちには、その書籍の出版に携わった多くの人々に責任があります。

だからこそ、読者・出版社・著者の方が三方よしで満足してもらうためにも、さらには出版業界における共創社会を実現するためにも、これからも私たちがハブとなり、貢献していく使命があるのです」

「人との繋がり」「コミュニティ形成」本との出会いが人を豊かにする

本の共創社会を築いていく中で、これからどのような取り組みが求められてくるのだろうか。大賀氏はフライヤーが着手している取り組みも踏まえ次のように教えてくれた。

大賀「“ソーシャルリーディングプラットフォーム”の形成です。要約を読み、その本に対する感想や思いといった知識を共有する場を作ろうとしています」

既にTwitterやFacebookなどのSNSが発達している中で、なぜ読書に特化したプラットフォームが必要となるのだろうか。そう質問すると、次のような答えが返ってきた。

大賀「知を追求するようなサービスでは“ユーザーの承認欲求を満たす”という視点は除いた方が良いと考えます。

例えば、コメント数やいいねを競うようなサービスの中には、議論と称して批判的でかつ感情に左右されたコメントを投稿するユーザーが少なくありません。

知を追求するからこそ、感情や批判に左右されない、コメント数やいいねとは切り離して運用できるプラットフォームが求められるのです」

さらに「感情」を入れない議論ができることも重要だと大賀氏は語る。

大賀「感情が議論に入ってくると、建設的な議論の場が一転、変化してしまいます。だからこそ感情を切り離して知への議論ができる環境を作る必要があるのです」

「読書の多様性」から学ぶ複眼視点の意義

最後にこれからの読書において、大賀氏が考える大切なことを伺った。

大賀「時代の進歩に合わせ読書環境やツールは変化しますが、本が持つ価値は変わりません。一つのテーマに対して、一面的な理解で満足するのではなく、複数の視点から理解しようとする姿勢が大切です。

一方の視点からは正義に見えても、別の視点からは全く違う見解になるということは往々に起こりうることです。他の知識を組み合わせることによって、他の人とは違った切り口で対象を見ることができるのです。

一つの現象について複数の視点から見られるようになれば、色々な選択肢から意思決定ができるようになります。

人は様々な選択肢があることにより、自分に余裕が生まれて、人生をより豊かにする道を歩めるようになるものです。それも読書の多様性が与えてくれる価値だと思います」

取材・文:杉本愛
写真:西村克也