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「お金を払ってゴミ拾い」の謎
もしあなたが、「私たちの庭のゴミを拾っていいから、3,000円くれない?」と言われたら、「いやだ」以前にかなり混乱するだろう。私ならとりあえず言い間違いを疑う。
しかし今オランダで、参加費25ユーロ(3,000円弱)の運河のプラスチックゴミを拾う観光ツアーが大人気を博し、複数の類似のプロジェクトもヨーロッパ中に拡大中なのだ。
同様の活動はもちろん無料のものが多いが、私たちがイメージする「清掃ボランティア」との違いは、参加者が地元の有志などではなく観光客がほとんどで、社会活動ではなく純粋に観光として、レクリエーションとして楽しんでいること。
清掃活動をレクリエーションたらしめる各社の工夫や文化的背景はなにか。日本における類似の活動や発展する可能性はどうだろうか。
観光として人気の「ごみ釣りツアー」(プラスチック・ホエール公式Facebookページより)
「プラスチック・ホエール」魅力と行程
先述のツアーを提供するのはオランダ・アムステルダムの運河発「プラスチック・ホエール」で、好評を受けて現在ロッテルダムでも実施中。旅行評価サイトtripadvisorでも5点満点中平均4.9ポイントという驚異の高評価を得ている。
それを可能にする社会的な背景は後でお話しするとして、その魅力的な行程をまず紹介したい。
全行程2時間半、一人あたり25ユーロの「ツアー」は、「プラスチック釣り」と呼ばれる。
参加者は同社オリジナルのキュートなボートに乗り、「スキッパー」と呼ばれる案内係から挨拶を受ける。地元に詳しいスキッパーから、地元民としてのおすすめや裏情報を含む充実した観光案内を受けながら運河をクルーズし、そうする間に運河のプラスチックゴミを手にしたアミで必死に回収する。
参加者が「必死に」なる理由は、2時間のボートツアーが終わり上陸した後、同時刻にツアーをした他のボートと回収したゴミの量を比べ、最も収穫の多かった(もしくは、『いいもの』を回収した)チームが表彰されるからだ。
そしてここがミソなのだが、回収されたプラスチックは、同社のツアーボートに生まれ変わる。ツアーの際に乗船していたボートは、まさに以前運河を漂うゴミだったのである。
そしてそのボートで拾ったプラスチックごみで多くのボートを作り、たくさんのボートで「漁」に出れば、さらにたくさんのプラスチックごみを回収できるという好循環が産まれる、というのが同社のロジックだ。
また同社は地元の家具会社との協働でオリジナル家具ブランドを立ち上げ、利用者が自分で拾ったプラスチックゴミで作った家具を注文できるサービスを始めている。2018年は15セットの家具を作成・販売したが、今後オフィス家具や照明などの大型家具にさらに力を入れていくらしい。
ゴミから作られたとは思えないスタイリッシュな家具(プラスチック・ホエール公式Facebookページより)
運河がきれいになるという充実感に加え、スキッパーからの他にはない観光案内、資源集め競争としてのゲーム的要素の楽しさ、さらにその集めたゴミがサステイナブルなボートや家具に生まれ変わるという生産性という、一粒で4度も5度もおいしい点が人気の秘密らしい。
特に学校の遠足や子連れ旅行に人気で、「楽しい上に、教育効果が高い」という声が目立つ。
同社のモットーは「問題を語るよりも解決したい。クールな製品を作り、より多くの人を巻き込めば、それだけ大きな変化を起こせる」。その言葉通り彼らは学校向け教育プログラムでも、問題の現状よりも「プラスチックごみがいかにクールなものを作れる素晴らしい材料であるか」を強調する。
ちなみに同社は音楽フェスなどで大量に廃棄されるペットボトルのキャップから高品質のスケートボードを作る別会社も立ち上げている。
楽しさとカッコよさで人を巻き込み、結果的に社会にとっていい変化を起こす。「エコ」も「金儲け」も得意で合理的なオランダならではの好事例と言えるだろう。
団結力を高め、拾ったゴミでオフィス家具も作れるので社員旅行におすすめだそうだ(プラスチック・ホエール公式Facebookページより)
急成長中のデンマーク「グリーン・カヤック」
ところ変わってデンマークから始まった同様の取り組みに、「グリーン・カヤック」がある。
こちらはどちらかといえば「お得感」で観光客を惹きつけているプロジェクトで、同名のNGOが2017年にコペンハーゲンとオーフスの二都市でで開始した。
運河のゴミを拾いその体験をSNSでシェアすることを条件に、初心者でも操縦できるカヤックと、安全なカヤッキングに必要なその他の装備、ゴミ拾いのための道具を無料で貸してもらえるというもの。
グリーン・カヤック(公式HPより)
旅先で無料でカヤックを体験できることに加え、優雅だがありがちな運河クルーズで見るものとはひと味違った運河の景色をじっくり見ることができ、運河やその先にある海をきれいにしたという充実感を味わえる上にSNS映えもばっちり。
開始早々人気を博し、設立からわずか2年で数千人が参加。現在までにアイルランド、ドイツ、ノルウェイ、スウェーデンなどに拡大し、今までに水路から回収したゴミは各国で合計21トン(2019年9月現在)というから、観光半分の人海戦術もあなどれない。
日本では「富士山清掃ツアー」などが有名
同様の主旨のツアーは実は日本国内にもいくつかあり、最も有名なものは旅行会社や新聞社が東京からのバスと清掃後のトークショーなどを含めて毎年企画する「富士山清掃ツアー」だろう。
他に1945年の空襲後から綿々と続く皇居周辺の清掃活動である「皇居勤労奉仕」もほぼ毎月開催されているし、アムステルダムのような「ごみ釣りクルーズ」すら都内で実施されている。
しかし観光客に絶大な人気を誇るか?と考えれば、ちょっと厳しい。参加者はどちらかといえばその場所を深く愛する人や、いつもその場所を使っている地元の住民が多いのではないだろうか。
「ゴミ拾い」が観光として成り立つヨーロッパのバケーション事情
というのは、「ゴミ拾い」が旅行の一行程として人気を博すには、オランダ人のエコ意識の高さに加え、私たちとは違う彼らの旅行スタイルが背景にあるからだ。
彼らは夏休みなら最低2週間、長い人なら6週間ほど取って、ゆっくりと「バカンス」を楽しむ。普通そんなに長く贅沢なホテルには泊まれないから、キッチン付きのコテージなどでいつもどおりの家事をしながら滞在し、その土地で楽しめるものを適当に楽しむ。それが清掃ツアーであっても楽しそうなら選択肢となり得るだろう。
一方私たち日本人はそんなに休みは取れないし、普段彼らとは段違いの「世のため人のため」精神を持ってよく働いているのだから、旅行中くらいは何もしないで羽を伸ばし、奉仕されたい。できるだけ効率的にキラキラな体験を詰め込みたい限られた旅行の時間を、「ゴミ拾い」に割きたい人はそう多くないだろう。
日本における「ゴミ拾いと旅行のコラボ」の可能性
ただ、日本人の旅のスタイルも今後変わっていくかもしれない。米旅行サイトExpediaの調査によると、ミレニアル以降の若い世代は、旅において贅沢したりお約束のスポットを観ることよりも、「地元民のような生活を体験すること」や「あまり多くの人が訪れないスポットに『秘宝』を見出すこと」を特に求めているという。
そもそも私たちロスジェネ以降の世代には、旅行で贅沢をするよりもそこでしかできない体験をすることを重視する人も多い。そこに環境のための清掃活動のつけ入る隙もあるだろう。
「プラスチック・ホエール」のように、観光案内やゲームと完全に一体化させて楽しい活動にしてしまうのもいいし(そういう意味では国内でゴミ拾いをスポーツとして楽しむムーブメントの普及に取り組む『一般社団法人ソーシャルスポーツイニシアチブ』の活動が今のところ最も近いかもしれない)、「グリーン・カヤック」のように参加者は無料で何かを利用できるとか、拾ってきたゴミの量に応じて何かが割引になるとか、お得感に訴えてもいい。
もちろん学校と連携した教育的な活動として最適なのは言うまでもないし、人気キャラとコラボした限定グッズを参加者に配布するとか、普段は見られない人気スポットのバックステージをゴミ拾いに参加した人だけちょっとだけ見せるような「特別感」もいいと思う。
特にその土地を気に入って何度も訪れているリピーターには訴求効果が大きそうだが、そういう意味で筆者が個人的に惹かれたのは、長崎県が「CHANGE FOR BLUE」プロジェクトの活動として行っている清掃アクティビティ。同プロジェクトは日本財団「海と日本プロジェクト」の一環であり、「オールジャパンとしてこれ以上海にごみを出さない」という社会全体の意識を高めるために立ち上げられたもの。
長崎県は県が擁する島の数が全国一位(971島)であるなど、歴史的に海に囲まれてきた県ならではの意識かもしれないが、「海洋ゴミの8割は街から流れてくるもの」という前提のもと、「海をきれいにするにはまず街から」と街中の清掃活動に力を入れている。
今年の初夏は「海ごみゼロウィーク」プロジェクト告知動画を放送し、ハウステンボスや五島市海岸など観光客に人気のスポットも含め県内各地で清掃活動を行うなど、幅広い活動を行った。ハウステンボスと五島列島にはまって東京から何十回も訪れた筆者としては、次に行った時に実施していたらぜひ参加したいと思った次第だ。
ハウステンボス・ジュラシックアイランドで行われた清掃活動(海と日本プロジェクトinながさき公式HPより)
清掃活動でも人気スポットやその周辺、できれば普段は一般人は入れない所でゴミ拾いをさせてくれるとか、清掃をした後に何か体験させてもらえるとか、「貴重な体験」と抱き合わせなら観光客の支持を得やすいのではないかと思うのだが、どうだろうか。それから「旅行者は清掃活動なんて興味がないだろう」と思わずに観光客にも告知してほしい。
現在世界の最も緊急な課題のひとつであるサーキュラーエコノミー構築の基本は、「ゴミから富を生み出す」こと。私たちが「エコはいったんお休み」にしてしまいがちな旅行の時間にこそ、大きなチャンスが転がっているのかもしれない。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)